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1章 地獄の世界 2話

 そこは岩で出来た牢屋だった。前には鉄格子もある。


 昏倒(こんとう)するような状況が立て続けに起き、ジェイルは逼迫(ひっぱく)した表情が途切れずにいた。


 「そこのお前さん。ちょっといいか?」


 前方から、不と穏やかな男性の声が耳に入る。


 その声の方向に、注意深く目を向けて見ると、鉄格子の先に別の牢屋があった。


 すると、おっとりとした表情で白髪交じりの髪をしたシニアぐらいの男性が、(わら)の上であぐらをかいでいた。


 二度も殺されていたジェイルはまた殺されるのではないか? と警戒心を高めていた。


 だが、鉄格子の先の鉄格子を破ってくるとは考えにくい。ましてや、そこまでの気迫がある男性とは思えない。


 ジェイルはその場からは動かず、とにかく、そのシニアの男性に(いぶか)しい目を向けていた。


 「そう警戒するな若者よ。取り合えず自己紹介をするとしよう。私はバロック・ロワイア。なあに、ただの気まぐれな老いぼれだよ」


 バロックは(みずか)らを無害だと主張する。


 「……ジェイル・マキナだ」


 少し警戒しながらも、ジェイルは自分の名前を口にする。


 「ジェイル・マキナ⁉ ‥‥‥まあいい。それにしてもお前さん見ない顔だな。ここがどこだかわかるか?」


 一瞬驚いた素振りを見せたバロックに首を傾げるジェイル。


 「何だいきなり?」


 「その様子から見ると、どうやら地獄に来た新参者のようじゃな。」


 バロックの言葉に、ジェイルは口を開け()(ぜん)とした。


 自分が自宅で殺され見知らぬ大地に降り立った場所が地獄だと言う事をジェイルは受け入れられずにいた。


 (地獄? ここが地獄だって⁉)


 怪訝した表情になったジェイルは徐々に、自分の頭が混乱ではち切れそうになるような感覚が迫ってくる。


 「何が地獄だ! 俺は地獄に落ちるような過ちを犯した事は無いぞ!」


 気付けば、鉄格子を両手で握りしめ、身を乗り出すようにしてバロックに向け、(きょう)(かん)する。


 「そうか。と言う事は‥‥‥ジェイル。地獄に落ちるまで、何か覚えている事は無いか?」


 バロックは、まるで何かを確認するかのように、唐突にジェイルに質問をしてきた。


 急な質問に首を傾げるジェイル。


 ジェイルの記憶に新しいのは現世で額を銃で撃たれた事ぐらいしかない。


 それ以外、現世での鮮烈(せんれつ)な記憶は無く、思い悩むジェイル。


 「その様子からして何も覚えていないようだな。さて、さて、どうしたものか」


 バロックは独り言のように呟き、何かに悩んでいる様子だった。


 ジェイルはその言葉の意味が分からず、バロックに対して印象はますます奇妙なシニアの男性に見えてきた。


 「一人で何を言ってるんだ。そもそもここが地獄だなんて、そう簡単に信じられるか!」


 「信じないも何も、現にお前さんは斬首(ざんしゅ)された状態でここまで運ばれてきてから五カ月は経つ。そして地獄で殺される直前その目と心で感じたはずだ。現実と、この世界の様相(ようそう)の違いに」


 ジェイルは思わず、首に手を当てる。


 自分の衣服を良く見てみると、襟元(えりもと)にベッタリと血が付着していた。


 嫌な記憶が鮮明(せんめい)に脳裏を過る。


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