5章 偽りの栄光と繁栄 7話
「ふんっ、器の小さい男だねえ。まだ条件の半分も言ってないんだよ」
またまた不機嫌になるニイナ。
「もっと一般的な条件な男で頼む」
「仕方ないねえ。なら、あたしに好意を寄せる男。これなら文句ないだろ?」
先程よりましな要求にホッとしたジェイルだったが、ニイナの事を好きになる異性と考えただけでも、骨折りしそうな感じがしてならないと思った。
だが、どれだけげんなりするような要求でも、ジェイルにとってはこれ以上にないチャンス。
だからこそ踏破以外、道はないのだ。
「その条件ならなんとかなりそうだな。でも、天使界の住民達は感情が消されているんだろ。どうやって相手の気を引くんだ?」
的を得たジェイルの質問に対し、ニイナは不敵な笑みを浮かべる。
「イヒヒヒッ、それなら問題ないよ」
ニイナは不気味に笑いながら、別のテーブルに向かい、置かれている小瓶を手に取る。
「こいつは、相手の感情や心を一時的に呼び起こす、感心噴出さ。そいつを飲ませるか身体の一部にかけさえすれば、その効力が出る」
つまり感心噴出の効力が出てる間に、その男性にニイナの魅力を伝え説得し、ここまで連れてこいと言う事だ。やはり無茶難題だ。
「分かったよ。やってみる」
ジェイルは自分で言っていて、本当にニイナの魅力を伝えられるか不安で仕方なかった。
何せ、今でもニイナの魅力など微塵も感じないのだから。
「やってみるんじゃない。やるんだ。‥‥‥いいね」
顔を近付け威圧してくるニイナにジェイルはこわばった表情で小刻みに何度も頷く。
「それからナイラにいる兵士達には気をつけるんだよ。やつら天使界の神に仕える者達には儀式が受けられてない、つまり激洗の影響を受けてないから行動が自由だ。そして地獄の人間は独特の異臭を放つから自我を持っている兵士達に嗅ぎつけられたら一巻の終わりだよ」
ニイナは淡々と話しながらテーブルに置かれているスプレーボトルを取ると、話し終える頃にはジェイルに向けそのスプレーを噴出する。
「うわっ、ぷっ、おほっ、何すんだ⁉」
独特のアンモニア臭に思わずむせ返るジェイル。
「あんたの地獄臭を消してやったのさ。私から見たらあんたの方が匂うからね」
ニイナの説明に眉を顰めながら納得するジェイル。
「なあ、ニイナ姉さんは自分で行かないのか? その方が自分の好みの男を見つけられるんじゃないか?」
落ち着きを取り戻しながらジェイルは出来る事なら外に出たくない、と思いニイナに自分で行くように促すように聞いてみる。
「あたしはこれでもお尋ね者なんだよ。転々と住処を変える程ね。兵士達だけでなく住民達にも見つからない自信はあるが、これは取引だ。あんたが責任もってやるしかないんだよ」
これだけ危ない薬品を揃えてたらそりゃお尋ね者になるだろう、と納得したジェイル。ましてや正論を言われてしまったら、ジェイルは渋々、納得するしかなかった。
「‥‥‥分かったよ」
「分かればいいんだよ。ほら、さっさと行きな!」
ニイナがそう言うと、感心噴出を手渡され、半ば強引に押され家から追い出されるように出てきたジェイル。
「まったくとんでもない奴だな」
ジェイルは、ぼそりと呟くように言うと家のドアが勢いよく開き、中から椅子が飛んできて、ジェイルの後頭部に直撃した。
「いたっ!」
「聞こえてるよ!」
家の中からニイナの金切り声が聞こえてくると、ドアは勢いよく閉まった。
「イテテテッ」
その場で蹲り、後頭部を両手で押さえつけながら、痛みを耐えていた。
心の中で、傍若無人な女め、とぼやいていたジェイルだが、重大な事に気付いた。
「……なんで痛みを感じるんだ」
後頭部から伝わるのは快楽ではなく痛みだった。
何故だ? 何故なんだ? と困惑しながら独り言のように呟くジェイル。。
痛みが徐々に引き始めるとジェイルの脳裏にある憶測が生まれる。
もしやここは、地獄ではなく天使界だから快楽ではなく痛みを感じるのではないか、と言うシンプルな憶測だった。
これまでのニイナの話と今までの状況を鑑みても天使界での人間の五感や身体機能は現世の人間の身体に近いのかもしれない。
本来なら取り戻せた真っ当な身体に歓喜するはずのジェイルだったが、この時ばかりは地獄の人間の身体の方が都合が良かった事に気付き、思わずげんなりとした表情になる。
天使界で死ねば地獄に逆戻りとなりブルンデの所に辿り着けない。
イルメン島と同様に一度騒ぎを起こせば警戒され増々天使界には居づらくなるだろう。
殺されるような騒動を起こせば尚更だ。
むくりと立ち上がり、身を引き締めニイナの運命の相手を探そう、と歩み出したジェイルだった。
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五章 偽りの栄光と繁栄はここ終わりです。
次回も引き続き書いていきますので、是非ご一読してみてください。