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5章 偽りの栄光と繁栄 5話

 災害にでも襲われているようなジェイルは、その場で倒れないように、ふらつく身体のバランスを必死に取ろうとする。


 そして、少しするとニイナは落ち着きを取り戻した。


 「‥‥‥あいつとは大昔からの腐れ縁でね。この地図は、私とアランバで共同で持っていた物だった。私が地図をよこせとせがんでいると、あいつはふざけた事に無くしたと言ってきた。その理由も曖昧(あいまい)で何かを隠しているような態度だったよ」


 ニイナは不機嫌な表情のまま過去の話を語りだした。


 「にしてもあいつ、やっぱり嘘だったんだね! きいいー! (はらわた)が煮えくり返るよ!」


 落ち着いたかと思いきや、怒り狂ったようなヒステリックな態度で再び地団駄(じだんだ)を踏むニイナ。


 ()()したジェイルは揺れ動く家に耐えながら、よたよたした足を後ろに一歩引いた。


 「落ち着けよ、ニイナ姉さん。アランバにも何か事情があったんだろうよ」


 ジェイルはビクビクしながら、ニイナをこれ以上怒らせまい、と(なだ)めようとした。


 まるで高価な()(びん)を慎重に扱うように。ジェイルの冷や汗は止まらない。


 アランバが(てん)使()(かい)に居たのか、その疑問に付いて聞いてみようとしたが、地雷を踏みそうな予感がしてならなかったので聞かない事にしたジェイル。


 「まあいいさ。それより、こいつが気になるんだろ? あんたも飲んでみな」


 ニイナはようやく正気に戻ると、先程ジェイルが気にしていた赤い飲み物を呑むように勧めてきた。


 家が崩れるのではないか、と冷や冷やしていたジェイルもホッとし、ニイナの近くに置いてあるグラスまで歩きそれを手にし、タルのハンドルの蛇口を捻り、赤い液体を注いだ。


 近くで見ると、何故か不気味さを感じる液体。臭いを嗅いでみたが、不思議な事に無臭だったことに驚くジェイル。


 ジェイルは覚悟を決め、その赤い液体を一気に飲みほした。


 「なんだこれ! 滅茶苦茶美味いじゃねえか!」


 吐き気がする程、不味いと予想していたジェイルだったが、その予想と違い、(ほう)(じゅん)な香りが鼻腔を抜け、口に広がる優しい甘みと程よい酸味。飲み込んだ後の喉越しは見た目以上に爽やかだった。


 ワインと言うよりもぶどう酒に近い感じの飲み物。


 ジェイルはその美味さに、思わず身体をビクンと跳ねらせる。


 「そいつはカリュバーナって言ってね。(てん)使()(かい)の人間の飢えを満たす事が出来る(せき)(しゅ)だ」


 「飢えを満たす?」


 聞いたことも無い酒、飢えを満たすと言う言葉に首を傾げるジェイル。


 「ここは地獄と違い飢えるんだ。腹も減れば喉も乾く。それらを全て満たしてくれるのが、あたしが独自で作ったこのカリュバーナだよ」


 ニイナから説明を受けたジェイルは自分がここに来てから喉が渇いてたことに気付いた。それを思い出したジェイルは納得した。


 「(てん)使()(かい)の住民達は飢えを無くすために、神に(つか)える賢者達に、儀式が(ほどこ)される。けどその代わり、不必要な感情や心が消され、神の(かい)(らい)となるのさ」


 淡々と話すニイナの言葉を聞いたジェイルは、町の住民達の様子とニイナの言葉から(かんが)みて、ただの洗脳ではないか、と脳裏を過る


 そこでジェイルはニイナに(てん)使()(かい)に来てからの疑問を聞いてみる事にした。


 「実はさっき俺は井戸に落ちた所を二人の男に助けられたんだ。その時は人並みの感情は感じたが、助け終えてナイラ宮殿で儀式の説明をすると感情が抜け落ちた表情になったんだ」


 「(てん)使()(かい)の住民達は、人の窮地や死に直面する時には素の感情になるが、それ以外の感情は神に(しっ)(こく)される。要は人助けをする時にだけ、元の人間性を取り戻せるのさ」


 「なんだそりゃあ?」


 ニイナの説明に表情が青ざめていくジェイル。


 「神は(げき)(せん)という洗脳を扱える。その力を至る町にある宮殿にいる賢者たちにその(げき)(せん)の恩恵を与え、神の指示の下で(てん)使()(かい)の住民達を支配してるのさ」


 (てん)使()(かい)の見えない闇を垣間見た気がしたジェイル。


 天国とはかけ離れたイメージ。独裁国のような(てん)使()(かい)に顔を歪ませる。


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