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5章 偽りの栄光と繁栄 3話

 西洋風の世界観を感じさせる(のき)()みを歩きながら、ジェイルは先程の大穴から落ちていた時に見たビジョンを思い出す。誰かがジェイルの前に座り、何かを話していたが、(もや)のような物でその重要な場面が遮断されているような感覚だった。


 誰かも、何かも思い出せぬまま、ジェイルは晴れない気持ちで辺りを見回してみる。


 しばらく歩いていると喉が渇いてきた。地獄では、どれだけ動いても、喉も乾かず、食欲も()く事もなかったが、(てん)使()(かい)に来て初めての事である。


 しかし、ジェイルはその事を深く気にせず、ただ喉が渇いて来たな、と言う軽い認識だけだった。


 それから十分後、ジェイルの前に、今にでも崩れ落ちそうな古い木造の家があった。家と言うよりも、広い牧場の(ひら)()のような外装。


 他の家の雰囲気と違い、何かあるのではないか? と漠然(ばくぜん)と思ったジェイルは、思い切ってその家に足を運んでみた。


 試しにノックをしてみるが、なんの反応も無かった。人がいる気配が余り感じられない。


 意を決して扉を開けてみると、家の中から薬品の独特な異臭が漂う。


 窓が無く家の至る所にある(すき)()から漏れ出る光を頼りに一歩ずつ歩いていくジェイル。


 辺りを見てみると、様々な薬品が置かれている。


 テーブルの上でピーカーの中に紫色のした液体がアルコールランプで煮たてられていたり、十分なペースを置かれた場所で、壺のような大きな土鍋に緑色の液体が入ってあり、その中に魚や一頭丸ごとの豚を漬け込み、(たき)()に火がつけられグツグツと煮込んでいたりと、普通の家ではありえない光景が広がっていた。


 更に壁にはワニやトラなどの様々な動物の毛皮が至る所に貼りつけられていた。


 思わず()(がい)がそのまま貼り付けにされているのか? と思ったジェイルは目を丸くさせ息を飲み込む。


 どことなくアランバの工房に似ている気がする。


 歩く度にギシギシと鳴る家のきしむ音。


 見掛け通り少しでも騒いだら崩れ落ちそうな家。慎重に奥に進んで行くジェイル。


 しかし、奥は更に暗く、何があるのか殆ど()(にん)できない状況だった。


 「ノックもしないで入って来るなんて、ずいぶん教育がなってない坊やだね」


 突如、家全体から不気味な女の野太い声がしてきた。


 ジェイルは何事だ、と思い辺りをキョロキョロと見る。


 そして、冷や汗をかきながら、警戒した表情で正面に向き直した。


 ――その時


 「ここだよ」


 「うわっ!」


 ジェイルの背後から顔を近付け、ぼそりと呟き掛けてきた謎の女。


 突然の事にジェイルは身を飛び跳ね驚いていた。


 「イヒヒヒヒッ、坊や、人の家に入る時は、家の主の許可を取るもんだよ。それとも、不法侵入という大義名分であんたをこの場でミンチにしてやろうか?」


 二メートル近くはある長身で肉付きのよい女性。黒いドレスに身を包み肌は青く、ツインテールの縦ロールの髪で、頬にはトカゲの刺青(いれずみ)が彫られていた。


 ジェイルは背筋から悪寒を走らせながら、その女の大きな顔面から目が離せず、狼狽(ろうばい)してしまう。


 「フンッ、冗談さ。そう怯えなくていいよ。久しぶりの客人だ。丁重にもてなしてやるよ」


 長身の女はジェイルを横切っていく。


 あれだけの体格で、これだけきしむ床板を、足音ひとつ立てずに歩く長身の女にジェイルは驚いていた。


 長身の女性が暗く見えない奥に進んで行き姿が消えた。そして数秒後、部屋全体に断続的に灯りが灯された。


 頭蓋骨をモチーフにした(しょく)(だい)が部屋の至る所の壁に取り付けられている。


 長身の女性はフカフカの大きなソファーに座っていた。その前には紫色のシートを被せた大きなテーブルがある。


 独特で悪臭を漂わせるような雰囲気にジェイルは言葉が出てこない。



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