5章 偽りの栄光と繁栄 2話
ともかく今はガーウェンと合流する事を優先するジェイル。
「‥‥‥そうか」
中年の男性の淡々とした言葉に、俯き陰鬱な表情を浮かばせるジェイル。
これではっきりと、ガーウェンとはぐれてしまった、と認識したジェイルはどうしたらいいのか頭を悩ませていた。
「そうだ兄ちゃん。このナイラの町の先にある、ナイラ宮殿に行ってみな。そこでなら衣食住が与えられる儀式をしてもらえる」
親切に説明してくれる中年の男性の言葉にジェイルは首を傾げた。衣食住を与えられる儀式とは?
「儀式ってなんだ?」
意味が分からず、ジェイルは思った事を聞いてみた。儀式と言われると少し気が滅入る気はするが。
「まあ、一言で言うとバプテスマのような儀式だ。水に浸かり賢者様達の加護を受け、天使界の恩恵、衣食住を与えてもらえるんだ。他の町でも加護は受けられるが、今ナイラに居るならここの宮殿で儀式を受けた方がいい」
朗らかな表情で説明してくれる若い男性だったが、説明し終えると、二人の中年の男性と若い男性は、急に生気が抜け落ちたような瞳をし、先程までのような熱意で助け、親切にしてくれたような活力が微塵も感じられなくなった。道を歩く天使界の人間と殆ど変わらなくなった。
ぼーと前だけを見つめながら横に振り向き、別れの言葉も告げる事無く去って行く。
「おい! どうしたんだ一体⁉」
ジェイルの呼び止めにも応じる事なく脱力したような姿勢で、無言で歩いて行ってしまう中年の男性と若い男性。
突然の事に困惑するジェイル。天使界には何か見えない闇があるのではないか? と想像してしまう。
そう考えていたジェイルはこのままナイラ宮殿に行くのはまずいのではないか、と思った。
しかし、ジェイルの中である疑問が浮かび上がる。
衣食住を与えられるのが目的ではなく、生者の血の詳細を知る為に、天使界にいるブルンデと言うクジラを探すためここまで来たはずだ、と。
本来の目的を思い出したジェイルはアランバからブルンデのいる場所を示した地図を懐から取り出し広げた。
しかし、その地図には何も記されていない。島や町が描かれているものかと思ったそれは、ただの白紙だった。
「くそっ!」
頭に来たジェイルはその場で手にしていた地図を地面に叩きつけた。
騙されたのか、と思ったジェイルは虚しさが込み上げていき、大きくため息を吐いた。
しかし、五秒程その地図をばんやり眺めていると、妙な印がその地図から浮かび上がって来た。
首を傾げながら、地面に叩きつけた地図を拾い上げ、食い入るように見てみるジェイル。
すると、そこには中央に米粒サイズの大きさで黒い人型のオブジェのような物が地図の表面ギリギリから足を離れ、浮いていた。
そして、地図の右端には鯨のような形をした赤いオブジェも同じように浮遊していている。立体的に記された地図。
どういう仕掛けなのだ? と思い地図をあらゆる角度から見てみるが、ジェイルには理解できなかった。
地図を見て困惑してきたジェイルは一度、深呼吸をして気持ちを落ち着かせた。
落ち着いたジェイルは試しに地図を広げながら数歩、歩いてみた。
すると、黒い人型のオブジェも一緒に浮遊しながら足だけを動かし、若干移動した。
ジェイルはその場で足を止め、記された黒い人型のオブジェがジェイルで、赤い鯨の形をしたオブジェがブルンデではないか? と推測する。
しかし、それ以外は道や島などが一切、記されていない。これでは距離も測れない。
判断材料がもう少し欲しかったジェイルは人に聞いてみるのが一番、効率がいい、と思い辺りで聞きやすそうな人はいないか、と観察してみた。
だが、先程の去っていった中年の男性達と同じように、生気が抜け落ちたような瞳をしている人ばかりだった。
それにブルンデに関する話を誰にでもするのは軽率だ、と思い始めるジェイル。
ジェイルは、どうしたらいいものか? と思いながらも、とにかく町を歩いてみる事にした。