4章 異常者 10話
そんな事を話していると、ふとジェイルの左にいるゾディアとランスが何やら話をしている声が聞こえてきた。
「そう言えば俺達、何であの大樹で吊るされないで、こんな辺鄙な樹木の枝で吊るされてるんだろうな? しかも生かしたまま吊るすなんて」
ランスは遠くを見つめながらぼやいていた。
「大樹に吊るさなかったのは、あそこが定員オーバーだったんだろう。それと生かしたまま吊るしている理由は大樹でなきゃ首から吊るせない、奴らなりの信念があるんじゃないか。あんなイカレタ儀式をしている連中なんだ。それなりのこだわりがあるんだろうよ」
ゾディアは恍惚な表情で覇気が無い声で語る。
他の快楽戦士達もランスやゾディアのように快楽に耐えすぎて倦怠感を感じ始めていた。
「なあ、俺達このままじゃ、何とかの地の帝王の生贄になるんだよな?」
ランスは浮かない表情でゾディアに顔を向ける。
「そうだろうな。多分このままじゃヨシュアみたいに串刺しにされるだろうな」
ランスと違いゾディアはどこか楽観的な態度だった。
「俺達の運命もここまでなのかな?」
ランスの表情はますます不安を増していった。
「まあ、考えても見ろよ。廃人化になるって事はこの先、何も考えずに暮らしていけるんだぞ。おまけに快楽しか感じない生活が待ってるなんて、むしろ幸福じゃないか」
ゾディアはにんまりと笑いながら、まるで自分の夢でも語るかのような口ぶりだった。
「それもそうだな! アハハハハッ!」
ランスはその言葉を鵜呑みにし、目をキラキラに輝かせて幸せそうに笑っていた。
苦笑いも出来ないコントを聞かせられ、ジェイルは気が重くなり、重いため息を吐いた。
「で、実際どうするんだ。このまま落ちても自分の剣で串刺しになるぞ」
気怠そうに横にいるガーウェンに話しかけるジェイル。
切っ先が向いている剣に向け落ちれば頭頂部から刺さり刀身が肛門から突き出るのではないか、と言う懸念がある。そうなれば抜くのはまず無理だろう。
「あそこに剣を置いたのは俺らが落ちた時に死を実感させ、落とす事を防ぐための抑止力として置いたんだ。いくら快楽を感じられると言っても、結局の所、死と言う恐怖は拭えない。奴らなりに考えてるが、死ねば黒き命の霧で蘇生される」
ガーウェンの言うように、頭頂部から肛門にまで突き刺さる殺傷力なら簡単に死ねて、安全地帯に黒き(ブラック)命の(オブ)霧で移動できるはず。
しかし、ロープを切る方法はない。
誰もが絶望的な状況の中、ガーウェンだけは不敵な笑みを浮かべていた。
「だが忘れたかジェイル? 俺とお前にはダークファントムがある事を」
脱出の糸口を掴んでいたガーウェンは頬を緩ませながらジェイルにそう言った。
「それもそうだな。でもどうやって?」
それを聞いたジェイルは傷がつけられるものが無くロープを切る手段も無くいまいち気が乗らなかった。
ジェイルは試しに激しく身体を揺さぶってみるが、樹木の枝は折れもしなければ、びくともしない。
枝の強度にイラついていくジェイル。
「幸いにも両手は動かせる。そして俺には‥‥‥これがある。まあ見てろ」
そう言ってガーウェンが懐から探るように取り出したのはパーラインが使用していたナイフだった。
「それ、私が持っていた最後のナイフじゃない!」
それを見たパーラインは目を大きく開き仰天していた。
「さっき小舟で移動している時に拝借しておいた」
侘び入れることなく平然とナイフをチラつかせてくるガーウェン。
「やっぱりあんた変態ね! この! このっ!」
少しでも仕返しがしたかったパーラインは、片手で捲れているスカートを抑えて、もう片方の手でガーウェンを殴ろう、と拳を振り回すが、届く事は叶わず、ただ怒る事しか出来なかった。どこか可愛らしくも思える事が癇に障るジェイルだった。