4章 異常者 1話
船の上で揺られながら、冷たい風を浴びていると徐々にジェイルの不安も解けて来た。相変わらず薄暗い天候に嫌気がさしてきたジェイルは暖かい日にあたりたいと思うようになってきた。
そんな事を思っているといつの間にか、見えなくなっていたリンダルトの港湾をぼんやりと見つめていたジェイルの耳に、何やら騒々しい声が甲板の横から聞こえて来た。
「おいランス、どうする? どっちから行く?」
「やっぱりここはジャンケンだろ。抜け駆けは許さねえぞゾディア」
矮躯で小太りな中年の男ゾディアと、痩躯の若い男ランスがなにやら海面に向かいながらニヤニヤしていた。その二人は海面を見て何かに興味を抱き、互いに譲らない、と張り合っている。
一体何に興味を持って張り合っているのか? その原因が気になりジェイルは海面を覗いてみる。
すると、体長七メートルはある巨大な鮫がセントオーシャン号の横にピッタリと付きながら泳いでいた。
全てのヒレは鋭い鋭利な刃物のような光沢を放っていた。
一目で危険と認識できる鮫にジェイルは思わず生唾を呑み込む。
「なんだよ。兄ちゃんもか? でも駄目だぜ。あれは俺たちが先に目を付けたんだからな」
高いテンションのゾディアにジェイルは「何もしない」と苦笑いで答え距離を置く。
食べるために釣るのだろうか? とジェイルは想像していながら見ているとゾディアとランスが闘魂な面持ちでジャンケンをし始めた。
(何をそんなに必死になっているんだ? あれだけ巨大な鮫を釣り上げたいなら二人がかりで釣った方が効率的なはずだろ)
ジェイルは心配そうに見ていると、ジャンケンの決着がついた。どうやらゾディアが勝ったらしい。
「くそ! 負けちまった!」
「ハハハッ、残念だったな! でもああゆうのは、俺みたいな太っちょの方を好むに決まってたがな」
なんの話をしているのかさっぱり分からないはずなのに、何故かジェイルの直観が危険な事をしようとしているのではないか、と肌を通して伝わってくる。
そして、その刹那。
「ヒャッホー!」
――ドボンッ!
ゾディアは嬉々として鮫のいる海に飛び込んだ。
ジェイルは驚愕し、急いで甲板を走り、手すりを両手で掴み海面を覗く。
顔だけを浮かび上がらせ必死に犬掻きをするゾディアの背後からゆっくりと巨大な鮫が近づいてくる。
ゾディアがキョロキョロと鮫を探していると、次の瞬間、巨大な鮫は速度を上げ、胸ビレでゾディアの背中をぶつけて来た。
ぶつけただけのはずなのに、海面が赤い血で染まり始めた。あの鮫のヒレは、れっきとした刃物だったのだ。
「ああぁー!」
ゾディアは大声でよがり声を上げると海面からゾディアのと思われる下半身が浮かび上がって来た。
巨大な鮫はゾディアの下半身と上半身を切り分けるために切断したのだ。さらに巨大な鮫は旋回し、正面からゾディアに突っ込み胸ビレで斬りかかる。
ゾディアの上半身と下半身は纏めて切断され、計四等分に切断された。まるで餌を食べやすいように切り分けているような感じにも思える。
ゾディアは既に絶命していた。
そして、また旋回し、巨大な鮫は荒々しい波音を立てながらゾディアの身体を大口でかぶりついた。
巨大な鮫が咀嚼する度に赤い血がポンプみたいにドバッ、ドバッと浮かび上がってくる。
ジェイルはその光景に青ざめてしまい言葉が出なかった。
「‥‥‥いいなあ」
しかし、ジェイルの隣にいるランスは、羨望な眼差しを向け人差し指を加えて眺めていた。
快楽を感じたいがために、あらゆる手段を用いて、身を投げ出すゾディアとランスだった。
「そんな奴ら放っとけ、それよりジェイルこっちに来い。さっきの話でまだ気になる事がある」
呆れながら甲板を歩いて来たガーウェンはジェイルの背後から付いて来い、と声を掛ける。
ジェイルは気持ちを切り替えよう、と深呼吸しガーウェンの後ろを歩く。
着いた先は船尾の近くの甲板だった。
そこでガーウェンは辺りに誰もいないか確認すると何かに思い悩むような表情をし始める。