2章 生者の血を求めて 8話
「あんたには分からないだろうけどな。殺してきた人間が同じ世界に居るのと、居ないのじゃ天と地ほどの差があるんだよ。俺はな、生前は切実に、誠実に生きてきたつもりだ。幸せな日常を取り戻すために一生懸命やってきたんだ。そんな俺の気持ちを踏みにじったあいつだけは許せねえんだよ」
語気を強めるジェイルに、アランバは深いため息を吐き俯く。開いた小窓やドアからも寂しい風の音が聞こえてくる。
「詰まる所、それがお前さんの今を生きる目的。糧なのだな」
理解したアランバは目を瞑り、どうしたらいいものかと思案していた。そして、ゆっくりと目を開けると、家の隅に置いてある机に向かった。
引き出しを開け、そこからくたびれた黄ばんだ白い布を取り出し、その布を手にしたまま、ジェイルの所に持ってきたアランバ。
ジェイルは一体何だ? と首を傾げていた。そしてアランバはその布をジェイルに渡そうと手を伸ばす。
「これは天使界にいるブルンデと言う神聖の鯨の場所の地図だ。その鯨に生者の血は無くとも生者の血に付いての詳細が書かれている。お前自身の目で確かめに行け。本当に必要な物なのか見極めてこい」
いきなり聞いたことも無いアランバの話に困惑するジェイル。
「待て待て、一体何の話をしてるんだ?」
当然のように説明を求めるジェイルにアランバは詳しく説明をしようと口を開く。
まず、天使界と言うのは俗に言う天国であり、地獄とは真逆で、穏やかで争いが一切ない世界だと言う。そして、その天使界の神聖の生物と呼称されているブルンデと言う鯨がいて、その鯨のどこかに生者の血の情報があると言う。
そして、天使界の行く道を知っているのはリンダルトに居る総督らしい。そしてこの地図はそのブルンデの場所が記された地図だと言う。
「何であんたがそんな事知ってるんだ?」
「それは言えない。それを言えば、お前さんはますますわしに生者の血に付いて問い詰めてくるだろう」
「やっぱりあんた、生者の血に付いて知ってるんだな?」
アランバは深くため息を吐き捨てる。
「言っておくが、生者の血は、幽界の地にとっては毒その物だ。死者を蘇らせ、死者を抹消するなど、人の理から逸脱する代物だ。悪人であろうと善人であろうと人の心を持つ者が手にして良いはずがない」
アランバは生者の血を恐れていた。だがジェイルの言葉は少しではあるがアランバの心に届いたようだ。だからこそアランバの言える範囲まで教えてくれた。
「けど、人間の本質も変わらない。どれだけ時が経とうと欲望のためならどんな犠牲でも払う。たとえそれが人の心であっても。そうだろ?」
塞ぎ込んだジェイルの言葉を鼻で笑うアランバ。
「それと約束しろ。仮に生者の血の秘密を知ったとしても誰にも教えるな。いいな?」
アランバは、険しい表情をジェイルに向ける。
「……分かった」
眉を細めジェイルは軽く頷く。そして天使界の場所を知っている総督を探すためアランバの家を出ようとした……が。
「ちょっと待ってろ。お前さんにいい物をやろう」
アランバは何かを思い出したかのように目を大きく開き、剣が飾られている壁にまで、小走りで向かって行く。