2章 生者の血を求めて 6話
「それからジェイル。僕を叱ってくれてありがとう。この世界にまだ善良な人がいると思えただけでも、君と会えた事は僥倖だったよ」
去って行こうとするジェイルの背後からヨシュアが笑顔でそう言うが、ジェイルは後ろめたい気持ちになっていく。
何を言っていいのか思いつかず、ジェイルは、俯きながらそのまま無言で去っていった。
そして、十分程歩いていると、ぼんやりと赤い煙突が見えて来た。そこからはモクモクと黒い煙が上がっていた。
そして、近くでゴロツキ達が暴れ回り咆哮する声が聞こえてくる。
このままではまた狙われる、と思ったジェイルは急いで赤い煙突の家へと走っていく。
石積みの小さい家に着くとそこから嗅いだことのない異臭がし始める。動物の死骸と溶かした金属が合わさったかのような未知の匂い。そんな匂いにジェイルは顔を歪ませながら、扉の前に立ち二回ノックをした。
コン、コン。
しかし、一分経っても一向に扉が開く気配がなかった。もしかしたら留守なのか、と考えていたジェイルだが、この地獄で家に居れば安全と言う保障は無い。忍び込んでも住居侵入罪と言う法なんてものは無い無法地帯。
そんな事がジェイルの脳裏を過ると、もしかしたら中では悲惨な現状になっているのかもしれない。そう思うと扉を開けてしまう衝動に駆られるジェイル。
そして、意を決し、ジェイルはドアノブを握りしめ、アランバの安否を確認しよう、とドアノブを回す。
鍵は掛かっておらず、中に入ると、先程の異臭と黒い煙が家の中で充満していた。
いくら何でも酷すぎる、と思い、ドアを開けたままにし、更に窓を探して歩き出すジェイル。黒い煙のせいで視界が悪すぎる。臭いも外で嗅いだものとは比べ物にならない程だ。手で臭いや煙を払いのけるように進んでいくと、小窓を何とか見つけ窓を勢いよく開けた。
ドアと小窓から黒い煙が流れ出ていく。そして徐々に視界が良くなりジェイルは辺りを見回してみると、西洋風の剣や銃が壁に綺麗に飾れられていた。
更に四十個程の手榴弾がテーブルの上に乱雑に置かれている。顔を顰めながらそれらを眺めるジェイル。壁際には、ボロボロの机もある。
しかし、一番奇妙だったのが、武器を作るためかは分からないが、人が二人は入れそうな大きな土鍋がある事だった。灰色のした液体が、ぐつぐつと泡を立てているのが覗える。
異臭の原因はどうやらその土鍋のようだ。
そこでジェイルは剣に興味を持ち始め壁に飾られている一本の剣を手にしてみよう、とゆっくりとそこに近づく。
一歩、また一歩と近づいていくと、ドカッ、と何か足にぶつかった。足元まで視界に入らなかったジェイルは、その足元に目を向けて見ると、ボサボサの髪が伸びきり血まみれの白衣を着た中年の男性が意識を失い、俯せに寝転がっていた。
それを見てギョっと驚いたジェイルは、すぐに助けるためその中年の男性の肩を揺さぶり大声で声を掛ける。
「大丈夫か! おい、しっかりしろ!」
「―—うっ、うーん」
ジェイルの必死な呼びかけに、なんとか意識を取り戻した中年の男性は、唸り声を上げ上半身をゆっくりと起こす。
「―—なんじゃ! また来おったんかお主らは!」
ジェイルを見るなり、突然あわてる中年の男性。ジェイルは、初対面のはずの中年の男性の反応に戸惑う。
「ちょっと待ってくれ! 俺は怪しい奴じゃない!」
自分が誰かと勘違いされているのではないか? と推測したジェイルは取り合えず中年の男性を落ち着かせよう、と両手を軽く上げ、自分が無害だと言う事を主張する事にした。
‥‥‥しかし
「今すぐ出ていくんじゃ! これ以上、わしの製作を脅かす横暴は断じて許さんぞ!」
まるで聞く耳を持たない中年の男性は、ポケットからスプレー缶を取り出し、それをジェイルに向けスプレーを勢いよく吹き掛けて来た。
「うわあああ! うえっ! おえ!」
まるで馬糞を何日も熟成させたような激臭がジェイルの鼻を突いて来た。その匂いに耐えきれずその場で倒れ、のたうち回る。
「どうじゃ参ったか! この野蛮な悪党め! うえっ! おえっ! おえっ!」
激臭すぎたスプレーの匂いは、スプレーを使った中年の男性にまで影響を与えていた。自業自得である。