2章 生者の血を求めて 1話
少し歩くと、岩の影から見知らぬ男が現れた。
「よう、調子はどうだ」
ジェイルはまたゴロツキか? と思い咄嗟に身構える。
「おい、おい、ただの挨拶だろ。それよりさっきの見てたぜ、まさかこの地獄に、お前みたいな理性を保てる奴が居たなんてな、驚きだぜ」
三角の黒い帽子を被り、腰に剣を備え、黒い髭を生やした中年の男が陽気に話しかけて来た。
「別にどうって事ない。俺には目的がある。快楽なんぞ欲しさに、殺すのも、殺されるのも、まっぴらだ」
ジェイルは訝しい目をその男に向け、攻撃されるのを避けるため一定の距離だけは念のため開けて置いた。
あの異常な快楽だけは避けたかった。
あんな物を感じ続ければ、いずれ人では無くなるのではないか? と言う懸念があるからだ。
「ほう。面白い事言うなお前。俺はガーウェン・ヴォンバットだ。お前は?」
そんなジェイルの警戒心を、まるで気にも留めない素振りのガーウェン。
「……ジェイル・マキナだ」
ジェイルは強張った表情で、三秒程、間を置き自分の名前を口にする。
名前を名乗ろうとするだけでも、妙な緊張感がジェイルの背筋に伝わってくる。
「んでジェイル。一体、何が目的なんだ? この地獄に何を求めている?」
ガーウェンは地獄で正気を保てるジェイルに興味を持ち始め、何か目的があるのか、探りを入れてくる。
「なんでそんな事、見ず知らずのお前に言わなきゃいけないんだ」
「なら、お前はその目的とやらを一人で成就、出来るのか?」
少し慌てるジェイルにガーウェンは不敵な笑みを浮かばせ追い打ちをかけてくる
「で、出来るかもしれないだろ!」
ジェイルは言い負かされるのが嫌だったせいか、つい見栄をはってしまった。実際にはプランと呼べる物は何一つない。
「ふん、ついさっき牢獄から出てきた貧弱な奴がよく言うぜ」
ガーウェンはちんけななりでも見ているかのようにジェイルを揶揄する。
「――何でそれを?」
牢獄から出てきた事を既知していたガーウェンに動揺するジェイル。
「何でだと? そんなの、お前を牢屋にぶち込んだのが、俺だからに決まってるからだ。もう少し正確に言えば、お前が首を跳ねられ死体を担いだ所からだがな」
ガーウェンの言葉に、ジェイルは思わず面を食らってしまう。そしてその男が何故このタイミングでここに居るのか? と思案するジェイル。
「礼でも言って欲しくて、顔を見せに来たのか?」
ジェイルはガーウェンの真意が分からず、適当な言葉を口にした。
「違うな。お前を牢屋まで担いでいったのはただの気まぐれでもあり仕事でもあると言っておこう」」
ガーウェンの言葉に、首を傾げるジェイル。
「まあ、仕事の点に付いては組織の一環で動いただけだ。首を跳ねられたお前があの場で息を吹き返しても、訳も分からず、また殺されるのが落ちだ。そしていずれは、痛みや死が快楽に変わると知ると、ただの快楽依存症に成り果て自ら進んで自傷行為や他者に傷つけられる事を嬉々(きき)として受け入れ、いずれは廃人になるからな」
淡々と話すガーウェンの言葉にジェイルは思わず生唾を呑み込み、恐怖する。
ガーウェンの言葉はバロックの言葉と比べても特に矛盾はしていないし、あんな快楽を受け続けていれば、神経が侵され、廃人になっても不思議ではない。
そこから回避するために救済措置である牢獄までジェイルの生首と遺体をガーウェンはわざわざ運んでくれた。
そんな事を考えていく内にジェイルはガーウェンに恩を感じ始め、先程よりも警戒心が緩んでいた。
「‥‥‥仕事のために、生首の俺をあんな所まで?」
「さっきも言ったろ。気まぐれでもありってな」
ニヤけた面持ちで答えるガーウェン。