悪役令嬢にすらなれない私が死ぬ前に、婚約者への愛の贈り物を。
アンハッピーを書きたくて。
「フィリア・クランベル侯爵令嬢。貴女との婚約を破棄させてもらう」
貴方のその言葉を待っていたの。きっと言ってくれるその日を宣告をされたあの日から。
震える足を、前に出して最愛の貴方へ最後のクエッションを問う。
「失礼ですがライル王太子殿下。理由をお聞きしてもよろしいですか?...ミラン・ライトール伯爵令嬢、殿下に寄り添っているけれど、何様のつもりかしら?」
私の最愛の婚約者の背後に隠れるように寄り添う娘は、私の嫌みにも怯むことなく、あろうことか殿下の指に自分の手を絡めながら私を見て口を開いた。
「申し訳ありません。フィリア様。私はライル様を愛しています。フィリア様よりも、ずっと、ずっとお慕いしております!」
「ミラン!…ありがとう。嬉しいよ」
私よりも殿下を愛している、ね。良かったわ。婚約者に啖呵をきれる娘で、本当に良かった。これで、私は終われる。
「フィリア、君に落ち度はない。だが、君は私のことを愛していないだろう。私とミランが二人でいても、嫉妬もしなかった。私は、自分を愛してくれる相手を望みたい」
(愛していました。私は、痛いくらい貴方を愛していました)
「邪魔者は、私ね。いいでしょう。婚約は破棄して下さい」
寄り添う二人を前にして綺麗なカーテシーをした後、フィリアはふわりと頬笑みを浮かべた。
それは、ライルもミランも思わず見惚れる美しい笑顔だった。
「ライル王太子殿下、ミラン様。お幸せに」
その一言を残し、フィリア・クランベル侯爵令嬢は部屋を後にした。
それから、ライルはフィリアとの婚約破棄の手続きや公務など忙しく動いていたため、婚約破棄を伝えた日から3日後にフィリアから届いた手紙に目を通すことはなかった。破談の慰謝料請求の件だと思い、後回しにしていた。しかしながら最愛のミランに対しては時間を見つけては会いに行っていた。
王太子妃になるため、城で必死に勉強をしているミランとますます愛を深めていった。
そして、フィリアの手紙を思い出し、読んでみようかと手を伸ばした時に、その知らせは届いた。
フィリア・クランベル侯爵令嬢が息を引き取った。
✳️✳️✳️
フィリア・クランベル侯爵令嬢は、生まれつき人より魔力を保持していた。その為、身体が魔力に対して成人まで身体が持たないと言われていた。
16歳まで生きられないなら、我が娘に好きなことをさせよう。限られた時間を大事にしていきたいと、望みや願いは叶えるとクランベル侯爵夫妻決めていた。
フィリアもまた、自分が長く生きられないことを知っていたが、愛してくれる両親と使用人に囲まれ、不自由なく暮らしていた。
だが、10歳の時に王宮のお茶会で見つけた夜のような黒髪をした美しい夕焼け色の瞳の王子様を欲しいと思ってしまった。
ーあの方とお話したい。あの瞳を見ていたいわ。
娘の王子を見つめるクランベル夫妻はすぐさま国王に婚約を打診した。勿論期間限定であることも含めて。
国王はクランベル侯爵の真摯な願いを叶えて婚約を結んだが、ライルにはフィリアの病気を一切伏せておくことにした。フィリアに対して同情を抱いて欲しくなかったからだ。
ライル王子との顔合わせの日、フィリアの願いは叶った。
「フィリア嬢、これからよろしく。君と婚約したこと、とても嬉しい」
(嘘つき)
「ライル王太子殿下。私も同じ気持ちです。これからよろしくお願いいたしますね」
その日から、フィリアは城で王太子妃としての勉強をしつつ、その他の令嬢との交流にも勤しんだ。自分が亡き後にライル王子には幸せになって欲しかった。少し寂しく感じたが、死者は生きている人の助けにはなれない。ライル王子を支える相手を自分で見つけたかった。
けれど、夜、ベッドに入ると涙が流れる日も多かった。死への恐怖や、大好きな人と歩んで行けない自分を悔しく思うと涙が止まらなかった。
そんな時、ミラン・ライトール伯爵令嬢と出会った。
ある日、お茶会中、吐き気が抑えられないフィリアに手を差し伸べてくれたのがミランだった。
「あら、フィリア様は先程から黙りこんだまま。どうされました?」
「このお菓子、私のおすすめです。フィリア様もおひとついかが?沢山召し上がって下さいね」
「先程から黙りこんでいますが、未来の王妃様は、臣民になる私達と絆を結ぶべきですわよ」
体調が悪いフィリアが反論できないことをいいことに、王子を射止められなかった令嬢達の攻撃は止まなかった。吐き気を抑えつつ、このまま席を辞そうかと思案していた時に、ミラン伯爵令嬢は動いた。
「フィリア様。わたくし、暑さに参ってしまったのか、気分が悪くて仕方ありませんの。フィリア様も顔色が悪く見えますわ。二人で休ませて頂きましょう」
そう声をあげ、近くの執事に休める部屋を頼んだミラン伯爵令嬢を見て、フィリアは国母になれる人物に足るかどうかは判断できないが、光るものがあると感じた。
「あの方たちは、フィリア様に嫉妬している暇があるなら、婚活なさればよろしいのに。本当におバカさんです。もっと早く動きたかったのですが、申し訳ありません。フィリア様。お気分は大丈夫ですか?」
令嬢に対して悪態をつきながらもフィリアの身体を気づかうミランに心が温かくなった。人を思いやる気持ちは素晴らしい。この方にライル様を任せよう、と決めたフィリアだった。部屋で体調がよくなってきたフィリアは早速切り出した。
「ミラン様、ありがとうございます。気分は良くなりましたわ。どうやって席を辞そうかと困っていましたの。お礼に、今度ライル様と三人でお茶しませんか?」
「え!そんな、恐れ多いです。それに私がお邪魔です。お二人でゆっくり過ごして下さい」
慌てて断るミランにフィリアは首を横にふった。
「私も殿下も真っ直ぐなあなたとお友達になりたいの。お願い。いらして?」
フィリアの必死な願いに、ミランは頷いた。そもそも、高位貴族の誘いを断ることはできない。
「ありがとうございます。わかりました。私の方こそ、お招き頂き、とても嬉しいです」
そして、お茶会の日、フィリアは体調不良で行かなかった。せっかく城まで来てくれたミラン伯爵令嬢の相手をライルに任せた。あとは、全てが上手くいくと信じて――…。
これで、ライル様は大丈夫。私からの贈り物はしっかり届けることができたわ。二人とも、この国を盛り立てて行ってね。でも、もし……。もし、婚約破棄した後、私からの手紙をを読んだ後、ライル様とミラン様が私を訪ねて下さったら、とても嬉しいわ。その時は、二人におめでとうと、お別れを伝えるわ。
最後に、こんな愛し方でごめんなさい。私もライル様をお慕いしていました。ミラン様。私から、ライル様を奪っていくから、あなたに意地悪をすれば良かったわ。でも、私は私の愛する方を支える方に感謝しかありません。ライル様をよろしくお願いいたします。あなたとなら親友になれたかもしれません。
私は私のやりたいことができて幸せでした。
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手紙を読んだ後、ライルは長椅子に深く腰掛け、うつ向いたまま動けなかった。ミランとの出会い、愛を深めていった日々は、フィリアの考えたことだった。自分が死んだ後、王太子妃の座を巡って争いが起きないように、「王太子自身が婚約破棄をしてまで選んだ最愛の相手」は、フィリアの贈り物だった。
ミランが現れるまで、フィリアを愛していると思っていた。
ミランが現れて、本当の愛を知った。
だが。
だが。
こんなに深い愛を私は知らない。
「会いにいかなくては」
もう、全てが遅い。彼女は逝ってしまった。ささやかな願いも叶わずにー…
指折り数えていたのだろうか。私とミランが来てくれる日を。でも、私達は行かなかった。私が、手紙を読まなかったばかりに。彼女は一人ぼっちで最期の時を迎えてしまった。
どのくらい時間が経ったのか。控えめなノックの後に扉が開くとライルの最愛は怒りながら入ってきた。
「ライル様?一緒にお茶をする約束だったのに、来ないから、呼びに来ましたのよ。…どうかなさったの??」
彼女の用意した私の最愛。最高の贈り物を用意してくれてありがとう。でも君は手紙を残したらダメだったんだ。
私が感謝をすると思ったかい?それは、間違いだ。もしこの手紙を君が生きている間に読んだなら、君の元へ飛んでいったのに。
ひどいじゃないか。
君の深い愛で、全てが色褪せてしまったよ。
これから、私は君に会いに行く。
エンディングはご想像にお任せします。
ライル王子とミランがどうなったかリクエストがあれば書きます。