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32.報せの行方(ジョシュア視点)




 弟の子どもではない。


 それは、僕と姉様は従姉弟ですらないということを示していた。


「……僕は一体、何者なのですか」


 動揺することなく、単純な疑問として父様に聞き返した。


「ジョシュア。君は産みの母の不義によって生まれた子なんだ」

「……母の」

「あぁ。……だからルイス侯爵家の血は……流れてない」

「血が……」


 そう聞かされて、どこか腑に落ちた。


「……なるほど。だから僕の瞳は、どちらも父様に似ていないんですね」

「「!!」」


 生まれた時からあの家で過ごした時間が、化け物と呼ばれた日々があった。化け物と呼ばれた理由こそ、まさにこの瞳だった。


 僕は家族に、特に父に酷く嫌われていた。


 避けられ、会えば罵倒される度に、僕は鏡に問いかけていた。


 “どうしてこんな瞳になってしまったんだろう”と。


 左右非対称の瞳は、片方は母親譲りの色だったが、もう片方は父親と同じではなかったのだ。


(……今ならわかる。だから父様は僕を忌み嫌っていたんだな)


 母の不義でも捨てられずに育てられたのは、父が婿養子だったから。今考えれば、それがあの家での最大の幸運だったのかもしれない。


 そっと眼帯に触れていく。

 思い出すのはたくさん受けてきた罵倒よりも、姉様の宝石のような輝かしい言葉。


(……あぁ、やっぱり僕は姉様が大切だ)


 その想いを再確認しながら、目線を下げながら二人に向けて微笑んだ。


「凄く……納得しました」


 思ったよりも胸が傷付くことはなかった。


(あぁ、そうか……ステュアート兄様が言ってた良い報せになる可能性はこれだったのか)   


 どこまでこの人は僕のことを見透かしているんだろうと、もはや怖さを通り越して感心するほど、その言葉は大きな力を持っていた。


「ジョシュア」

「……はい」


 視線を上げれば、父様が複雑そうな顔をしていた。


「ジョシュア……血など関係ない。私にとって、このルイス侯爵家にとってジョシュアは家族だ」

「父様……」

「だが、この言葉を重荷にし過ぎないで欲しい。……ジョシュアが抱いた気持ちを否定するつもりは全くないからだ。これはきっと、オフィーリアも同じ思いだ」

「!!」


 その気持ちが一体何なのか、明言せずともわかった。


「……あ、ありがとうございます」


 嬉しさと恥ずかしさに頬を赤くしながら、ぺこりと頭を下げた。


(そ、そんなにわかりやすいのか? 僕って……!!)


 自分でさえも先程答えにたどり着いたと言うのに、両親もステュアート兄様も僕より先に答えをわかっていた。

 

(……もはやこれはお膳立てされているようなものじゃないか)


 ありがたい思いに胸を熱くさせると、父様に向けて頭を下げた。


「ありがとうございます、父様。……家族と仰っていただいて、凄く……凄く嬉しかったです。もちろん、重荷にするなと言う言葉も。……一つ一つが、僕の為を思っているものだと、すぐに伝わりました」

「ジョシュア……」

「僕はルイス侯爵家に来れて良かったです。……父様と、母様と、姉様と、エリシャと、ステュアート兄様と家族になれたことが、一生ものの宝です」

「「ジョシュア……!!」」


 父様に加えてステュアート兄様がシンクロして口を手で覆う。瞳だけで感動しているとすぐにわかった。


「ジョシュア! 困ったらいつでも、何でも言うんだぞ。ルイス侯爵家はジョシュアのものでもあるのだから。権力は使って良いのだから……」

「ありがとうございます、父様」

「僕もだよ。ジョシュア、どんなことであっても必ず助けるからね」


 そう二人に圧をかけられながらも、温かな言葉を贈ってもらえた。


 その後父様といくつか言葉を交わすと、残してきた仕事を片付けに退席された。ステュアート兄様と二人きりになると、改めてお礼を告げた。


「ありがとうございます、ステュアート兄様」

「僕は調べただけだよ。その上でユーグリット様に相談しただけだか」

「だけって……十分すぎるほどありがたいことをしていただきました」


 簡単そうに言うが、調べることだって時間のかかる作業だ。人を使ったとしても、動かした分だけ労力が働いている。“だけ”と収めるにはあまりにも、軽すぎることだった。


「ジョシュア……君にとっては、良い報せになったかな?」

「…………」


 報せを聞いた時、暗い気分にならなかったと言えば嘘になる。思い出したくない過去は頭を過るし、いらない言葉で胸の傷を呼び起こされた。


 けれども、それよりも圧倒的に重要で大切なことに気付けた。


 揺るぎない、唯一の想いに。


「はい、ステュアート兄様」

「それは良かった」


 どう笑っていたのかは自分では説明できないが、ここ最近で一番よく笑えたと思う気が付けば心は晴れやかになっていた。


(姉様……僕は貴女のことが好きです)


 たどり着いた答えを胸に、この想いを必ず届けると決めるのだった。











 今年もありがとうございました!

 三ヶ月半の連載をここまでお読みいただけたこと、読者の皆様に心より感謝申し上げます。


 次回更新は1月3日とさせていただきます。来年もよろしくお願いいたします。

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