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31.良い報せは諸刃の剣(ジョシュア視点)




 この家に僕の敵はいない。


 その一言は、単純だけどかなり強烈な安心感を与えた。


(……兄様はどこまで僕のこと見透かしてるんだ)


 公爵家の子息だからか、弟が好きすぎるからかはわからないが、ステュアート兄様の有能さは会う度に増している気がした。


 自分でも気が付かないことを、ステュアート兄様はわかっているようで、それが凄くが情けなかった。


(……本当はどうしたいか、わかっているはずなんだ)


 ベットの上で目に腕を当てる。昨日までは目を閉じれば真っ暗だった。色んなしがらみがあって、気持ちに迷いがあって、答えにたどり着きたいのに着けない、そんな感情。


「……雲が晴れた」


 そっと腕をどかせば、窓からは空が見えた。晴天までとは言わないが、雲が動いて日差しが差し込んでくるのがわかった。


 空を眺めていると、部屋がノックされた。


「はい」

「入るわね、シュアちゃん」

「母様。……今日は推し活の日では」

「あら。推し活がないと私は会いに来てはいけないのかしら?」

「そんなことは。……お掛けください」


 急ぎベットから飛び起きると、服装を整えて母様の待つソファーに移動した。向かい合って座るが、普段と変わらない笑顔を浮かべていた。


「……本日はどうされましたか?」

「可愛い息子とお茶をしに来たのよ」

「あ……そう、ですか」


 僕が警戒しすぎていただけで、母様は本当にお茶をしに来ただけだった。思わず脱力しながらいつも通りお茶をすると、去り際に母様は笑みを緩めた。


「ねぇシュアちゃん。私はシュアちゃんを応援しているわ」

「えっ……?」

「推し活ではないけれどね。私が恋愛結婚をして、幸せだったから……子ども達にもそうあってほしいと影ながら思っているの」

「母様……」


 その子ども達には貴方も含まれているのよ、と言いたげな眼差しを送られた。


「もちろん、意思は尊重するけれどね」

「……」

「だから変に考えすぎなくて良いの。迷って手放して後悔することだけはないようにね」

「……ありがとうございます」

「いいのよ。また推し活教えにくるわね」

「はい」


 そう言い残すと、母様は颯爽と去っていった。


 ステュアート兄様の言う通りだった。僕以上に、母様は僕のことをわかっておられた。わかっていたつもりだが、その事実が酷く嬉しかったようで、胸が温かくなっていた。




 約束の三日後、ステュアート兄様は笑顔でルイス家に現れた。そして早々に僕の部屋へと来たが、そこには父様の姿もあった。


「ステュアート兄様……それに父様」

「入っても大丈夫か?」

「もちろんです」


 突然の父の訪問に驚きながらも、二人と向かい合うように席に着いた。感情の読めない笑みを浮かべる兄様に比べて、父様はどこか重苦しい雰囲気を持っていた。


(……ステュアート兄様は隠しているつもりなんだろうけど、父様でバレバレだな)


 表情はそこまでいつもと変わらないのだが、父様のまとう空気が違っていた。その空気を破るように、兄様が口を開いた。


「良い報せを持ってくると約束したよね」

「はい」

「実質、良い報せではあるんだけど……この話は諸刃の剣だ。今ジョシュアが抱える悩みが解決される一方で、新しい悩みが生まれる可能性がある」

「新しい、悩み……」


 父様がぐっと手に力を入れるのがわかった。それほどまでに重大なことだとは察せられたが、兄様が深刻そうでないことが気になった。


「それでも、その話にステュアート兄様は価値があると思っているんですね」

「あぁ。僕は……ジョシュアにとって、良い方向に転ぶと思っているよ」

「……父様は」


 そう尋ねれば、ようやく目を合わせることができた。


「私は……どちらにせよ、ジョシュアはいずれ知るべきだと考えている」

「知るべき……」


 そうはっきりと言い渡された言葉は、父様の本心から告げられているのが眼差しから感じられた。


 あくまでも何についてかは教えてくれない二人だったが、受け取る以外の選択はないと見た。


「……教えてください。その知るべきことを」


 答えを出せば、父様はステュアート兄様にこくりと頷いた。


「ジョシュア。先日話した、君が気になっていることについての続きなんだ」

(……姉弟、のことか)


 父様の前で配慮ある言葉で紡いでくれる兄様には、頭が上がらない。


「……ジョシュア、最後の質問だ。君は自分の出生について知りたいと思うかい?」

「出生……」

「今まで通り、ルイス家の人間として過ごしていくのであれば、急いて知る必要はない」


 そこには、弟でいたいのであればという意味も含まれている気がした。


「……自分の出生、ですか。思えば考えたことがありませんでした」


 ジョシュア・ルイスという名前は、この家に来てからもらったもの。それまでは父様の弟ーー産みの親の元で暮らしていたのだ。


「ですが知りたい、と思います。いつかどこかで全く無関係の場所から耳にするよりも、家族であるお二方から聞きたいです」


 これは、自分の悩みを考慮しなくても本心だった。じっと二人を見つめれば、再び二人は頷きあって、僕を見つめた。


 そして、今度は父様が口を開いた。


「ジョシュア……実はジョシュアは弟の子どもではないんだ」




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