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30.推し活をする理由は決まってます




 推し活をする理由なんて単純だ。

 それは、推しであるジョシュア様のことが大好きだったから。


 ただ、その好きはジョシュアが求める好意とは種類や形が違っていた。だから答えを簡単に出すことができずに、悩みに悩んでしまっていたのだ。


(それに……ジョシュアの隣に座るのは私ではなくヒロインだと思っていたから)


 いつか訪れるかもしれない強制力に、どこか怯えていた節もあった。だが、そんなことを考える必要はないのだ。何故なら私が今生きていることこそが、強制力に反した結果なのだから。


 自分に今一度問い掛けながら、帰りの馬車でジョシュアを待っていた。


(でも私は……)


 まだ残りつつある他の悩みの種が、私の思考を邪魔していた。


「姉様」

「あっ……来たのね。帰りましょう、ジョシュア」

「うん」


 ジョシュアが私の反対側へ座ると、早速馬車が出発した。


「姉様。行きは好きな場所についての話をさせてもらったと思うんだ」

「えぇ……」

「実はそれに加えて、もう一つ話したいことがあって」

「話したいこと……?」


 真剣な眼差しになったジョシュアに、私も気を引き締めて背筋を伸ばした。


「もし姉様がまだ答えを考える余地があるのだとしたら、この話を聞いてからもう一度考えてほしい」

「それほどまでに重要な話なのね」

「あぁ」


 力強くジョシュアは頷くと、私の瞳から視線を外さなかった。


「この話は、僕と姉様にある壁を少しでも壊せると思うんだ」



◆◆◆


〈ジョシュア視点〉


 母様に推し活を教わり始めてから習慣化した頃、姉様に本格的にアプローチをしようと決心した。


(姉様にとって僕はいつまでも弟……でも仕方ない。実際にそうなのだから。……それなら僕にその資格はあるのか?)


 そんな悩みが生まれ始めた。

 この悩みに関しては、誰にも相談できそうになかった。


(父様と母様からしたら、気味悪がられるもしれない。血縁関係が従兄弟と薄いとはいえ、姉弟のように育ってきたのだから)


 そんな現実的な問題を目の当たりにすると、僕は自分の気持ちには蓋をすべきなんじゃないかと考え始めるようになってしまった。


 だが、蓋を閉めることにならなかったのは、優秀すぎる相談役が現れたおかげだった。


「久しぶりだねジョシュア。半年振りかな? 君が学園に飛び級できるようにして以来だね」

「ステュアート兄様、どうしてルイス侯爵家に……!?」

「それはもちろん、可愛いエリシャに会いに来たのさ」

「そ、そうでしたか」


 二十歳になったステュアート兄様は、すっかり大人の男性として成長していた。見た目はとても麗しい貴公子なのだが、我が家の妹達を前にすると、驚く程に表情筋は緩んでしまう。


「というのは建前だよ。実はね、叔母様にジョシュアの様子を見てほしいと言われたんだ」

「母様が……」


 あの日以来、兄様は宣言通り僕の味方となってくれていた。


「両親にも言えない悩み事があると思っているみたいだよ。……僕自身もそうだと見た。ジョシュア、僕は何があっても君の力になるよ」

「…………」


 泣き出しそうなほど嬉しい言葉だったが、今抱える悩みを吐露してしまえば、軽蔑されるような気がしてならなかった。


「ジョシュア。大抵の物事は解決できるようにできているんだ。特に公爵家である僕に不可能はないといっても過言ではない。さぁ、話してごらん」

「兄様……」


 ステュアート兄様の優しい眼差しには、嘘など一つもないことを長年の付き合いでよくわかっている。だからこそ、僕は意を決して話すことにした。


「……僕は姉様が好きです」

「そうだね」

「……そうだね? あの、これは家族愛じゃなくてーー」

「知ってるよ。異性としての好意だろう」

「…………」


 あまりにも淡々と答えられたため、僕は驚きのあまり固まってしまった。


「まさか気が付かれないとでも思っていたのかい? ジョシュアがイヴに対して好意を抱いているのは今に始まったことじゃないのに」

「ま、ま、待ってください!! いつからそれをーー」

「出会った時から?」

「ーーっ!!」


 予想外の答えに、僕から返せる言葉はなかった。


「好意に自覚して行動するというのなら僕は止めないよ。むしろ応援する。何せジョシュアだからね。安心安全物件だ」

「……何故ですか。僕は弟です。その資格がないと思って」


 弟。

 いざ口にすると、嬉しいのに嬉しくない、そんな複雑な気持ちに見回れる。ぎゅっと口をつぐめば、ステュアート兄様はふわりと微笑んだ。


「なるほどそういうことか」

「え……」

「ジョシュア。君が感じている不安はよくわかった。その先の不安も僕には見えたよ」

「そ、その先の不安って……」


 突然すぎる言葉だったが、全て見透かされているような瞳は穏やかな笑みと共に眼差しを緩めた。


「ジョシュア、三日だけ時間をもらえるかい?」

「もちろんですけど……何故時間を」

「入学祝いがまだだっただろう? それを準備させてくれ」

「は、はい……」

 

 祝いなら飛び級の件で既にもらっているが、こういう場合受け取らないと後が怖いのがステュアート兄様なのだ。


「良い話ができると思うから、期待していて。それと、今言えることだけ言うと、僕はジョシュアの気持ちを尊重するよ。……これはきっと、叔母様達も同じなんじゃないかな」

「……」

「そう不安がらなくて良い。だって、僕でさえジョシュアの気持ちがわかってるんだ。より近くで見てきた二人は、もっとやくわかっているはずだよ」


 ステュアート兄様は、すっと立ち上がるとこちらに来て頭を優しく撫でてくれた。


「大丈夫。この家にジョシュアの敵はいない」


 その一言を残して、ステュアート兄様は去っていくのだった。



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