28.推し様には見抜かれている気がします
翌朝、緊張した面持ちで馬車に乗り込んだ。
(……頑張るのよ)
ジョシュアを待つ時間はいつも通りほんのわずかなはずなのに、とても長く感じてしまった。
(まだ相手を前にしていないのに、今から緊張してどうするの! しっかりしなさいイヴェット!!)
ぐっと両手に力を入れると、どうにか自分を鼓舞した。開かれた馬車の扉を見れば、屋敷の玄関からジョシュアが出てくるのが見えた。
(来た……!!)
目の前に座られた瞬間、自分の鼓動が早まるのを感じた。
「ごめん姉様、待たせてしまって」
「い、いいのよ。気にしないで」
話さなければ気まずい空気になる。そう考えていたのだが、意外にもジョシュアは普段通りの雰囲気だった。
「姉様、寒くない?」
「え? えぇ。大丈夫よ」
「今日は少し冷える気がするから。待たせてしまったのは僕だけど、馬車の扉は閉めておいていいからね」
「……わかったわ」
変わらない態度。
それは考えずとも、ジョシュアが私の負担にならないように気遣ってくれているのがわかった。
(……緊張している場合じゃないわ。向き合うと決めたのだから)
そうしなければ、いつまで経っても私は答えを出せない。並々ならぬ思いを抱きながら、目線をジョシュアの瞳に向けた。
「ジョシュア」
「どうしたの、姉様」
「昨日のことよ」
「……うん」
落ち着いた様子のジョシュアに連動するように、私の気持ちも安定してきた。
「私はまだ答えが出ない……というよりもわからないの」
「そっか……」
「でもこれは、判断材料がないからよ」
「……判断、材料」
復唱に頷くと、私は息を吸った。
「……お」
「……お?」
ぐっと一息ためると、どうにか頑張ってお腹から押し出した。
「教えてほしいの……! どうして私に好意を抱くことになったのかを……!!」
「!!」
(……い、言えたわ!!)
思い切りすぎたせいで、目を閉じてしまった。せっかく瞳を見ることができたものの、さすがにこれを面と向かって言う勇気は私にはなかった。
何と返ってくるかわからない不安に包まれた時、ジョシュアのため息が聞こえた。
「ごめん姉様。僕は一番大切なことを伝えてなかったみたいだ。自分にあきれるよ」
「そ、そんな……」
「もちろん話させてほしい。ありがとう、僕に機会をくれて」
まさか感謝されるとは思わなかったので、緊張で絡まった心の糸が少しだけほどけた気がした。
「結論から言えば全部好きなんだけど」
「ぜ、ぜんぶ……!?」
「うん」
さらりと凄いことを言われてしまい、動揺が生まれた。
「その中でも特に好きなのは……僕を人として見てくれた所、かな」
「えっ?」
「姉様からしたらピンと来ないかもしれないけど、この瞳を怖がらなかったのは姉様が初めてだったんだよ」
「その瞳を……」
言われてみればそうだった。
ジョシュアのオッドアイは、彼が生まれた家では周囲からずっと恐れられてきたものだった。
「このルイス家で姉様が受け入れてくれたから、僕は今こうして笑えているんだ」
それは一種の推し活に過ぎない。そう思えてならなかった。
「それだけじゃない。こんなに素敵で、画期的なものまで作り続けてくれた」
(眼帯……)
これだって推し活なのだ。……もっと言えば、ただの自己満足でしかないというのに、ジョシュアはそれを嬉しそうに語ってくれる。
「知ってる? 姉様は僕の瞳を守るのと同時に、僕の心まで守ってくれた」
「心を……」
「あぁ。それが凄く嬉しくて、幸せで」
そう言うと、ジョシュアは眼帯を外した。
「……姉様は、絶対にこの瞳を怖がらない。この事実が、僕にとっては掛け替えのない支えなんだ」
(その瞳を……好む人は、私意外にも必ず現れる)
オッドアイを目の前に、私はまだ見ぬヒロインの姿を思い浮かべていた。
(ジョシュアが私を好いてくれる理由がわかった。……でもこれは、私がヒロインの本来の役目を奪ったことに過ぎないわ)
本来であればなかった眼帯。それを見つめながら、私の気持ちは複雑化しようとした。
「家族思いを通り越して家族を助けてくれる部分は、尊敬しているし大好きなんだ」
「助け……?」
「そうだよ。母様と父様を救ったのも姉様だからさ」
思い出されるのは、闇落ちを回避しようとした幼き日々だった。
「……正直な話をすれば、僕は子どもにはどうすることもできないと思っていたんだ。でも姉様は違った」
ふわりと笑みを深める様子は、本心を伝えている様子が伺えた。
「何があっても諦めず、がむしゃらに母様と父様に向き合っていた。普通じゃできないような、勇気ある行動を姉様はずっとし続けてる」
「私が……?」
「あぁ。そんな姉様が、最高にカッコ良くて、憧れで、尊敬できて……」
そこまで言うと、ジョシュアは私野手をそっと取った。
「……愛さずにはいられないんだ」
「!!」
熱のこもった視線は、ジョシュアの持つ私に対する好意が生半可なものではないことを裏付けさせた。
「姉様。僕は姉様が……イヴェット・ルイス、貴女が好きなんだ。どうかそれだけは知ってほしい」
「ジョシュア……」
私の奥底を見抜かれた気がした。もちろん前世の話は知らないので、具体的にというよりは直感だとは思う。
「姉様。いくらでも伝えるよ。僕は姉様の好きな所は数えきれないほどあるからね」
「えっ!」
「嘘じゃないよ? 試しに学園につくまで話そうか」
「そ、それは待って……!」
さすがに私の心が持たない。ただでさえ、今言われたことが処理しきれていないのだ。
「そう? ちょっと残念。でもいつでも聞いてね。何個でも、何度でも伝えられるから」
にこりと微笑むジョシュアの言葉は、最後まで気遣いと強い想いで包まれていたのだった。
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