27.推し活をしていただけなのに
上手く乗りきった。そう思った矢先、私では到底処理し切れない言葉が飛んできた。
「…………え?」
最推し。ではなく、最愛。
(…………それってどういう)
混乱する中、目の前には真っ直ぐと私を見つめるジョシュアがいた。
(……ふざけてるわけじゃないし、そもそもジョシュアはそういうことする子じゃない)
そうわかっているのに、今言われた言葉が何の意味を持っているのかわからず、ひたすら困惑してしまう。
(最愛……さいあい……サイアイ……最愛!?)
最推し。これはまだわかる。馴染みある言葉だから。だがそれに比べて最愛は、自分とは縁遠いものだった。
(それは……家族として、弟として……そういう意味なのかしら? ……いえ、そうよね。そういうことだわ)
なんだ、そんなことなら。
答えにたどり着いて安堵の息を吐いた瞬間、それは取り下げられてしまう。
「姉様、好きだよ。誰にもこの想いは負けない。……どうか僕を弟じゃなくて、異性として見てほしい」
「!!」
その瞬間、一気に頬に熱が浮かび上がる。思いもよらない告白に、私は本気で固まってしまった。
これはあの告白なのだ。私の知る、好意を抱く相手に想いを伝える。お母様も推し活の末にお父様にした、あの告白だ。
そうしか思考できなくなってしまった。
私のありとあらゆる逃げ道は潰され、本格的に向き合わざるを得ない形になったのだった。
「……ごめんね。困らせてしまうのはわかってるんだ。だけど、どうしても伝えたかった。僕は推しで終わりたくないから」
「ジョシュア……」
まだ何も返していないにもかかわらず、ジョシュアは申し訳なさそうな表情を浮かべる。
「それを……知ってほしくて」
ジョシュアによって紡がれる言葉から、告白が幻覚でないことは嫌でも理解できた。でもどうしてそういう結論になったのか、私には全くわからなくて。
「…………ごめんなさい」
「!」
気が付けば、そう声に出していた。
「本当に……何一つ予想外で……とてもすぐにお返事できるような状態じゃなくて」
断ることもできた。何故と聞き返すこともできた。
だけど、今の私にはそんな余裕は一切無かったのだ。
考えていたのは、どの言葉がジョシュアを傷付けないかということだけだった。どんな答えを出すにせよ、今唐突にジョシュアに配慮した言葉を用意することは難しかった。
「……時間をいただけないかしら」
恐る恐る戸惑いながら今の気持ちを話せば、ジョシュアは意外にも柔らかな笑みを浮かべていた。
「もちろんだよ。僕はいつまでも待つから。姉様の答えがわかったら……その時は教えてほしい。どんな答えでも、僕は受け入れるから」
そう言い切るジョシュアは、言葉通り覚悟が決まっている様子だった。
「……ありがとう」
他にかけるべき言葉があるかもしれない。だけど、今の私にはそれしか言えなかった。それさえもわかったような微笑みをジョシュアから向けられた。
とてもこれ以上花畑を見れるような空気ではなかったため、馬車に乗り込み帰路に着いた。
その日初めて、沈黙のみの帰り道となった。
屋敷に着くと「今日はありがとう」という言葉だけを交わし、複雑な心境で自室へと戻るのだった。
部屋の扉を閉めると、その場で座り込んでしまった。不安と困惑に押し潰されてしまうような感覚に、どうしていいかわからなくなった。
「……どういうことなの?」
一体、いつから、何が起こって、どうしてこうなったのか。
今の私には何一つ解明できそうになかった。
(ジョシュアが結ばれるのはヒロイン……そうでなかったとしても、私だけは関係ないと思っていたのに)
何年も姉という立場で見守ってきた身としては、どうしてもジョシュアの告白が受け取りきれない部分があった。
(それに……推し、なのよ?)
弟であり推しであるジョシュア。
自分がヒロインの席に座ることになるだなんて、今世は考えたこともなかった。
「あぁぁぁ…………どうしよう……」
ため息混じりの声を出すと、両手で顔を覆う。ぎゅっと目をつぶると、暗闇の中で思考を整理し始めた。
(闇落ちを防ぐことだけが目標だったのに…………告白だなんて想定外よ……)
まるでゲームのシナリオとは関係のない展開に、一つだけ理解できたことがあった。
(……今のところ、この世界に強制力という概念はないみたい。あったらこんなことは起こらないわ)
この事実だけは純粋に喜べた。強制力がないのなら、ジョシュアが闇落ちするようなことはないから。
ゆっくりと立ち上がると、推しグッズが詰まった棚へと近付いた。
(もう六年以上も推し活をしてきたのね……)
前世の時間と合わせれば、より膨大な時間となる推し活。私にとって掛け替えのない、宝物のような時間。それを示すグッズ達を見ても、答えが見つからなかった。
「……ただ、推し活をした、それだけなのに」
ジョシュアに好意を抱かれる理由を考えてみてもまるでわからなかった。ぐるぐると悩む中でも、単純なことに気が付く。
すると、一つくまのぬいぐるみを取り出して、そのぬいぐるみに向かって問いかけた。
「…………そりゃ、ジョシュアの気持ちはジョシュアにしかわからないわよね」
自問自答ではあるものの、私はくまのぬいぐるみの頭を動かした。くまがこくりと頷く。
「私……明日聞いてみるわ。好意の理由を」
くまのぬいぐるみをまた頷かせた。
(……ジョシュアが真剣なのだから、私も真剣に向き合わないと)