22.公式からの発表です
帰りの馬車、いつになく緊張した心情でジョシュアを待つことになった。
(……なんだか記者会見を待っているような気分だわ)
表現として適切かはわからないものの、私の頭の中は依然として“公式待機”の四文字が大きく存在していた。
「焦らず、動じず、ただ待つだけ……」
独り言のようにボソリと呟きながら、目を閉じて落ち着こうと心がけた。
ふうっと小さく息を吐いたところで、馬車の扉が開かれるのだった。
「姉様。ごめんね、待たせてしまって」
「お疲れ様ジョシュア。気にしないで、先生も話したいことがたくさんあったのでしょうから」
何気ない会話を交わしているが、本人の登場で緊張感が高まっていた。動じないよう心がけた結果、いつもよりも固い笑みを浮かべることになった。
「そう言ってもらえるのはありがたいな」
「えぇ」
頷きながら、どうにか笑顔を柔らかくしようと調整する。なるべくボロを出さないように、動作も交えて工夫をした。
ジョシュアが乗ったことで馬車が出発すると、早速彼は話し始めた。
「今日、リスター男爵令嬢と決別してきたんだ」
「……そうなの?」
(決別……)
その言葉は、イベントが発生しなかった可能性を示していた。
「うん。前に姉様が“一度誘いを受けてから断るといい”と助言をくれたでしょ。その通りに試してみたんだ」
「助言通りに……」
自分の言葉を参考にしてくれることが嬉しい反面、そのせいでイベントまがいのことを引き起こしたことに、自業自得のような気がして苦い気持ちになった。
(あんなに焦って動揺する羽目になったのは、私の言葉が発端なのね……)
複雑な感情になるものの、それを一切顔に出さないよう努めた。
「結果、成功したよ」
「成功したの!」
「うん。本当にありがとう。姉様のおかげだよ」
「私は何も……」
まだジョシュアの恋路を見届けなくてよいという事実が、何よりも嬉しいものだった。
(や、やっぱり、まだ純粋な状態での推し活をしたいもの。だってまだ学園に入学したばかりなのよ? それくらいは許してほしいわ製作者様!)
現実化した今、あまり製作者への言葉は意味がないかもしれないが、内心で叫ばずにはいられなかった。
「それで……リスター嬢はもうジョシュアに近付かない様子なの?」
「あぁ、近付かないと断言できる。少しもなびかない僕に興味を無くしてくれたみたいだったし、何なら嫌ってくれたと思うよ」
一体何をしたのジョシュア。
そう尋ねようと思ってぐっと呑み込んだ。
(本人から話さない限り、根掘り葉掘り聞いては駄目よ。品がないわ)
そう言い聞かせていれば、ジョシュアは何か察した様子で続けた。
「勘違いする余地を与えなかっただけだよ。好意はない、迷惑だと懇切丁寧に伝えたんだ」
「…………そ、そう」
(な、なんて清々しい笑顔……)
ただ、何か違和感を抱いた。
決別して喜ばしいはずなのに、どこか本心を隠しているような気がした。
「それは……おめでとう?」
「あははっ、どうして疑問系なの」
ジョシュアの雰囲気に何と返すべきかわからずに、首をかしげるように伝えれば、今度こそ心から笑うのだった。
「な、何て言えば良いかわからなかったのよ。でも祝うのも違うわよね。……お疲れ様
、ジョシュア」
「祝っても良いと思うけど。僕にとっては目の上のたんこぶが取れたからさ」
「それもそうね」
リスター嬢が、最近動きが過激になってありもしない噂を流していることは私も耳にしていた。
恐らくこの様子だと、ジョシュアにも届いていたことだろう。
「……でも、大丈夫なの? リスター嬢のことだから、今度はジョシュアのことを悪く言いふらすんじゃ」
「大丈夫。そうなると思って、先手を打ってるから。……来週には事実が広まってるんじゃないかな?」
「じ、事実……?」
噂ではなくて事実と言い切るジョシュアを不思議そうに見つめれば、ニヤリと笑みを深めた。
「友人が今日の現場を見届けてくれたんだ。彼は顔が広くてね。見たことをそのまま伝えてると言ってたよ」
「素晴らしいご友人ね」
(あの場にいたのね……見えなかった)
友人がいるのが見えれば、イベントだと勘違いすることはなかっただろう。自分にため息を付いたものの、そこには安堵も含まれていた。
「……今度、紹介するね」
「! もちろんよ!!」
まさかジョシュアからそう言ってもらえるとは思わなかったので、大きく反応してしまった。
「ご、ごめんなさい。品がなかったわ」
「そんなことないけど」
恥ずかしそうに謝罪すれば、ジョシュアはどこか嬉しそうに笑みを浮かべながらそれを否定した。
「じゃあ今度に」
「えぇ」
そう約束を交わすと、私はまだ見ぬジョシュアの友人を想像し始めた。ゲームでは存在しなかったジョシュアの友人。一体どんな人なのか気になるものだ。
「……さっき、祝っても良いって話したよね」
「そうね。ジョシュアがそう言うのなら、祝うべきものだと思うわ」
「……それなら、祝ってほしいな」
「えっ」
キョトンとしながらジョシュアを見れば、ジョシュアは私の方を真っ直ぐ見つめた。
「どこか二人で出掛けようよ」
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