20.幸せを願うことも推し活です
今日もエリーザ様とお昼ご飯を食べ終えると、図書室に用事があるという彼女と分かれて私は一人教室に戻るのだった。
(いつもと違う場所で食べると、何だか特別感があって楽しいものね)
晴天ということもあって、一階のスペースはほとんど満席だった。教室に戻るか悩み始めた矢先、エリーザ様が知る人ぞ知る場所があると、二階のテラス席へと案内してもらったのだった。
(こっちの中庭方面は、教室から遠いこともあって人気がないと仰ってたけど本当だったわ)
静かな廊下を一人歩いていれば、誰かの声が聞こえ始めた。
(他に人はいなかったはずだけど……?)
気になって声の方向に進めば、それは吹き抜けになっている一階の方から聞こえる様子だった。
(下の階……? ってことは小さな中庭よね)
壁越からそっと覗けば、そこには弟の姿があった。
「ジョシュア……それにリスター嬢?」
(こんな人気のないところで何を……?)
驚くべきことに、何故か二人が中庭にいた。その上対面していたのだ。
(いつもは嫌々逃げるジョシュアを追いかける構図だったけど……何があったのかしら)
不安そうに覗き込めば、何か頭の片隅に引っ掛かる違和感を覚えた。
(中庭でジョシュアと対面する……これって…………イベント!?)
それは『宝石に誓いを』でジョシュア様ルートを選択すると現れるイベントだった。
(確かヒロインが、偶然人気のない中庭にいるジョシュア様を見つけて、二人でお昼を食べるやつよねこれ!?)
序盤も序盤、警戒心の強いジョシュア様の心にそっと近付くことで、名前を覚えてもらう上に親しくなる、というイベントだった。
(どうしてそのイベントがリスター嬢に……? ヒロインじゃないはずなのに)
疑問しか浮かばない状況に、私の頭は混乱し始めた。
(もしかして……強制力? それとも本来死ぬべきだった私がいることで生んだバグ? ……あぁ、わからないわ)
正解の見つからない迷路に迷い込んだ気持ちになる。どんなに考えても、納得する答えは見つかりそうになかった。
(…………これがもしイベントに類似した現実なら、ジョシュアとリスター嬢が共に歩む道があるということ?)
あまり純粋に喜べるものではなかった。何故だかはわからないが、胸の中に不快感と不安が巻き起こる。
嫌がられるような間柄で、リスター嬢はあまり良いアタックをしたようには思えなかった。
(でも……それも随分前の話)
もしも、自分の知らない内に知らないところで、二人の仲が進展するようなことがあったのだとすれば。
今日二人で会っていることにも、イベントのようなことが発生していることにも、何もおかしなことはないのだ。
(……私が生きていたことでバグが起こって、リスター嬢がヒロインになっている可能性はゼロではないわ)
どこかモヤモヤする気持ちに包まれると、それ以上イベントを直視できるような気持ちではなくなった。そして足早に教室へと戻るのだった。
まだ教室にエリーザ様はおらず、私は一人隅っこで考え込むことになった。
(考えてみよう。私の知るジョシュアが、どうしてリスター嬢と対峙することを選んだのか)
ゲームのジョシュア様ではなく、弟であるジョシュアの行動理由を思考することにした。
(…………中庭で二人なんて状況、普通に考えたら恋愛に関連すると思う)
だけど、あの二人はとても親しいようには思えなかった。それどころか私は、困るジョシュアに対処法を教えたほどなのだ。
(……対処法。そうだ、対処法!)
あの時確か、一度誘いを受けてから断るといいと助言をしたことを思い出した。
(でもそれでイベントのような事が起きるかしら?)
あまりにも偶然すぎる。
その上、起きたイベントが助言によって生まれたなど私にとって都合良すぎる解釈だろう。
(…………駄目だ。考えても答えがでない)
当事者でないのだから当たり前なのだが、どうしても納得できる結論にたどり着きたかった。
複雑な感情で不安定な気持ちに追い討ちをかけただけの、あまりにも悲しすぎる時間になったことに気が付いた。
(こ、こんな時こそグッズを見て落ち着くのよ!!)
もはや自棄になりながら、バックの中から持ち歩いている小さなぬいぐるみを取り出すのだった。
(可愛い。自画自賛だけど、やっぱり可愛いっ)
取り出したのはくまの手作りぬいぐるみであった。大きさはもちろん持ち運べる程度の小ささで、ジョシュア様のイメージカラーである青がとても映えるものになっていた。
(昔から作り続けているけど、やっぱり今が一番上手だと思う)
昔は昔で味のあるくまだったが、今は正直売り物にしてよいくらいのクオリティだと感じている。
(……推し様が……ジョシュアが幸せなら、それで良いのよ)
原点に立ち返ると、ジョシュアが選んだ道を尊重しようという気持ちが強くなった。
「まぁ、さすがイヴェットさんね」
「!!」
突然声をかけられたかと思って振り向けば、そこには目を輝かせながらくまのぬいぐるみを見るエリーザ様が立っていたのだった。
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