19.理解できない言葉(ジョシュア視点)
眼帯をしている理由は、長年自分が気にしていた左右非対称の瞳の色を隠すためだった。
気味が悪い、そう言われ続けた瞳を。
だからこの色について知っているのは、今も昔も家族だけだ。……そのはずなのに。
目の前の令嬢は、自分も知っているとそう断言した。それを愛せると、気に触ることも加えて。
その言葉はあまりにも予想外で、僕の心を不快で染めた。不快なんて表現じゃ収まりきらないくらい、理解ができない負の感情に襲われた。
そしてその感情が怒りへと変わると、自分でも想像がつかないほどの形相でリスター嬢を睨み付けた。
「……何故、貴様がそれを知っている」
「えっ」
この令嬢は、どれだけおめでたい頭をしているんだろう。僕が抱くはずの当然の疑問や想いに、大きな戸惑いを見せていた。
それは裏を返せば、先程の言葉が通じると、喜ばれると信じて疑わなかったとも取れるのだ。
(……あり得ない)
戸惑うリスター嬢は、首を振りながら声を漏らし始めた。
「ど、どうして……? これが決め台詞なのに……これでジョシュア様は微笑んでくれるはずなのにっ……!!」
ようやく返ってきた言葉は、一つも拾えるものはなかった。終始意味がわからず、僕はその癇癪とも言える態度を見下ろす他なかった。
そして、僕が納得できる質問への答えはもらえないと判断すると、これ以上ないほど冷たい眼差しで見下ろした。
「何を言っているかわからないが、僕が貴様に微笑むことは永遠にない。……二度と関わらないでくれ」
「!!」
容赦なく言葉を投げつける。自分が示した拒絶は勘違いできるものではなかったようで、リスター嬢はわなわなと震えていた。
「……私の望むジョシュア様じゃないのなら、こっちから願い下げよっ!!」
そう吐き捨てると、リスター嬢は勢いよく走り去っていった。
一切謝罪がない、という事実を残して。
(……どこかで見られたのか。迂闊だったな)
眼帯にそっと触れながら、言葉の真偽を考えていた。
そう少し立ち尽くしていると、心配したサイラスとマルクが影から姿を現した。
「いやー、強烈な子だったね。大丈夫?」
「ありがとうマルク。……僕なら問題ないよ」
何だか人とまともな会話をした感覚がないためか、どっと疲れてしまった。
「どうしたらああいう思考になるんだろうね。不思議で仕方ないよ」
「……僕も理解できない」
「でも考えてみれば、おかしな行動はずっとしてたよね。ジョシュアのこと、ずっとつけてたし」
「そうなのか……?」
「あれ? 知らなかったの?」
マルクの発言に、僕は背筋を凍らせた。
「つけていたって、一体いつ……?」
「あぁ、安心して。学園の中だけだよ」
「それなら俺も見たことがあるな」
「サイラスもか……!?」
まさかそこまで執着されていたとは思わず、改めて拒絶できたことに安堵するのだった。
「あれだけ無礼なことをされたのだから、家を通した抗議でもするかい? 証人なら俺とサイラスがするよ」
「いや、これ以上は直接的に関わりたくない。ただ、二人に頼みたいのは今日あった出来事を包み隠さず広めて欲しいくらいだ。……僕に不利にならないように」
相思相愛だなんて、ありもしない噂を流した令嬢だ。今回の拒絶も、僕を悪者に仕立て上げる可能性は十分にあり得る。
「なるほどね。それなら任せて。あの子よりは、確実に拡散力が高いと思うから」
「助かるよ。後でお礼をさせてくれ」
「気にしないでよ。面白いものを見せてもらったお礼みたいなものだからさ。……それなら早速広めてこようかな。こういうのは時間が命でしょ」
「あぁ、頼むよ」
「いってきまーす」
マルクは、元気よく中庭を飛び出した。
「マルクの情報力は各方面から信頼されてる。噂といえど、ほとんど事実として広まるだろうな」
「それはありがたい……」
(やはり後できちんとお礼をしよう)
そう決めた所で、、サイラスは先程まで人の気配を感じていたと話した。
「恐らく一人だと思うんだが……追うか?」
「ついさっき離れたってことかな」
「あぁ。マルクが飛び出す直前くらいだな」
「そっか……いや、追わなくて良いよ。願うことなら、その人にも見たことをどうか噂として広めて欲しいから」
「そうか。確かに一番嬉しい状況だな」
「うん」
マルクの拡散力に加えて、証人が増えたとなれば、ますます事実として伝わることだろう。
「では俺はマルクを手伝ってくるとする」
「良いのか?」
「もちろん。マルクの論で言うのなら、興味深いものを見せてもらったからな。……ちょっとした社会勉強にもなった」
「ははは……ありがとう、サイラス」
「あぁ、ではまた」
サイラスを見送ると、僕も休憩できる場所を探しに動いた。
(社会勉強、か……サイラスらしいな)
実はまだ婚約者のいないサイラスだからこそ、女性関係の勉強になったという意味だろう。
(そう言えば……あっ)
話を聞いていたサイラスとマルクになら、眼帯の話も聞こえたはずだ。
それなのに、彼らは一切触れなかった。
(……出会った時もそうだったが、本当に優しいな)
仲が深められているのかどうか、僕にはわからない部分もあった。
ただ、力になってくれる二人の姿は信じるに値するものだと思う。
(……いつか、近い内にこの目について話せたらいいな)
一人そう思いを抱きながら、再び歩き始めるのだった。
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