18.勘違いを潰して(ジョシュア視点)
母様の言葉通り、姉様の褒め言葉を最大限勘違いにして受け取って胸を満たすことにした。
そのおかげもあって、推し活へのやる気が増していき、その日は夜まで手を動かし続けていた。
褒めてもらえたからこそ、姉様に自分のことを弟以外の目線で見て欲しい。
この欲が膨れ上がると同時に、僕はいよいよ自分の問題を片付ける為に動き出すことにするのだった。
(……これ以上は度が過ぎる)
それは、毎日のように迫って来ていたリスター子爵令嬢の存在。彼女は少し目を離した隙に、更なる害悪へと変化を遂げた。
僕が友人を作ってからは突撃頻度は落ちたものの、一人でいるとすかさず物理的に突っ込んで来るのは相変わらずだった。
友人という名の壁ができた事から、少し放置することにした。というのも、その時期に推し活というものを身に付け始めたので、正直頭の中から消え去っていたこともあった。
推し活の始まりと重なって、一週間ほど接触してこない時間が続いたので、心変わりしたかと思っていたが、そんな甘い話はなかった。
(僕がリスター嬢を好き? ……ふざけてる!)
ありもしない噂が広がり始めたのだ。怒りを抑える中、優秀な友人が掴んだ情報では、リスター嬢が意図的に流したというものだった。
しかし、あくまでこれは噂。
証拠というものはないため、抗議しようにも家の権力を使おうにもできなかった。
(……こうなってしまえば、直接勘違いを止める他ない。放置は僕の判断ミスだ)
そう決意すると、僕は姉様の助言を思い出しながら動くことにしたのだった。
そしてある日の昼休み。
僕は友人二人と共に、中庭の人気のない場所へと来ていた。
「すまない。サイラス、マルク、付き合わせてしまって」
「何を言うジョシュア。立会人兼見届け人となれば、俺達が適任だ。遠慮をするな」
低く力強い声で返す男の名がサイラス・ロレット。ロレット侯爵家は、騎士家であり、サイラスも日々鍛練をこなしている。
「そうそう。それに、今から起こる出来事は俺達がきっちり噂を広め返すから安心してよ」
朗らかに笑う明るい少年の名前が、マルク・ティルム。ティルム伯爵家は伯爵家の中でも歴史が長く、頭一つ抜き出た存在感を放っている。
元々はサイラスとマルクが二人で行動していたのだが、マルクが情報通だという話を聞いて関係を作れればと思って僕が声をかけたのが始まりだった。
仲良くなれるだなんて思っておらず、何故か二人から気に入られたので、今は三人で仲良く過ごす結果となっている。
「それじゃあ行ってくる」
「気を付けてねジョシュア」
「あぁ、武運を祈る」
二人はこっそりと柱の影へと隠れた。
今日は、わざとリスター嬢の誘いを受けた。それは、勘違いせずに逃げ場を作らずに答えを伝えるため。
(……勘違いしたもの勝ち。確かにリスター嬢にはそれが当てはまるな)
皮肉にも彼女の方が、その考えを何枚も上手の状態で使っていると言える。
(だけどあれは確信犯だ。わかっていて話を反らされるのだから)
それならば、現実を突き付けるまでのこと。この思い一つで、木の下でリスター嬢を少しの間待っていた。
「ジョシュア様っ……!!」
すると、リスター嬢は嬉しそうな表情でやって来た。
(……誘っておきながら人を待たせるとは)
内心であきれながら、無言で彼女を見つめた。
「お待たせしてしまいましたか?」
「…………いえ」
「それなら良かった……!」
何も良くない。彼女から香る甘ったるい匂いが、僕の気分をさらに下げた。
「お昼はもう食べられたかと思ったのですが……その、実は今日、手作りクッキーを作ってきたのです!」
「…………」
そう言うと、リスター嬢はバスケットの中からクッキーを取り出した。
「もしよかったら食べてみてください。ジョシュア様を想って、精一杯作りましたのでーー」
「悪いが受け取れない」
「えっ」
もらってもらえるのが当たり前のように、こちらに向けて伸ばされた手はピタリと静止した。
「ど、毒など入っておりませんよ?」
「毒の有無じゃない。君に興味がないから受け取れない」
「…………そ、そうですよね! まだお互いに何も知らないですしーー」
「いや。知りたいとも思わない」
「っ!」
どうにか話を自分の良いように持っていこうとするリスター嬢。その逃げ道を、一つ一つ丁寧に塞いでいく。
「ハッキリ言わせてくれ。迷惑なんだ」
「め、めいわく……」
「あぁ。常識はずれの行動は、迷惑以外何者でもない。そこから好意や興味を持てと言う方が無理な話。正直に言えば、僕は嫌悪しか抱いてない」
「!!」
妥協などせず、優しい言葉も使ってはいけない。勘違いさせるような言葉を一切使わずに、冷たく言い放つことが必要だと考えた。
ただ、気味の悪いことにリスター嬢の心はまだ折れていなかった。
「……ジョシュア様。もしかしてご心配なされているの?」
「……何の話だ」
「だから敢えて冷たく離しているんでしょう? 私、何も気にしません。むしろそれごと愛しますよ」
「だから、何の話だと」
突然、訳のわからない主張を始めたリスター嬢。
「私、全部愛せます! ジョシュア様が侯爵家の血でない養子であっても、瞳が左右違ったとしても!!」
「!!」
僕はその言葉を聞いて、目を見開いた。
言葉がでなくなる、それくらいの衝撃を受けてしまった。
それなのに、何故かリスター嬢は嬉しそうに微笑んでいる。理解不能な状況で、僕の心は荒れ始めた。
「……何故、貴様がそれを知っている」
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