15.推し活の良さを体験してもらいます
エリーザ様が過去に刺繍をしたことがある、という話を聞いたお母様は「やったことあるものの方がよいわね」と言って刺繍道具をテーブルの上に置いた。
「基礎的なことはわかるかしら?」
「は、はい。何とかなくですが……」
「いいのよそれで! 感覚を大切に作ってみましょうか」
エリーザ様をただ見守るのは、視線が必要以上に集中して本人の負担になると思ったので、私も自分の刺繍道具を取り出した。
「まずは何を作るかだけれど……エリーザさん。お相手の方を思い浮かべて、何か特徴的なことはあるかしら」
「特徴的、ですか?」
「えぇ。例えばお相手の瞳の色に関連付けたものを刺繍してもいいし、お相手の方からいただいた贈り物でもいいの。……そうね、忘れられない思い出を形にする感じで」
お母様が何を縫うのかを決める道筋を示すと、少し考え込み始めたエリーザ様。
「……すみません、すぐに出なくて」
「あら。悩むとはそれだけ素敵な思い出があるということですもの。とても素晴らしいことだと思うわ。ねっ、イヴちゃん」
「はい。困ったのなら全部作れば良いだけの話なので」
「ぜ、ぜんぶ……」
思わず推し活している者の気持ちで素直に答えてしまった。だが、エリーザ様はこれに驚くものの、引かれる様子はなかったので安心した。
「……わかりましたわ。ひ、ひとまず。コスモスを縫ってみますわ」
「コスモス。可愛らしいお花よね。では頑張りましょう」
「わからないことがあったら、何でも聞いてくださいね」
お母様と二人、エリーザ様が縫い始めるのを見届けてから、私達もそれぞれ推し活をし始めるのだった。
(そろそろジョシュアに新しい眼帯を作らないといけないわ。以前と比べて、学園に通い始めてからは装着時間が延びているから)
もう何度も作っていることから、慣れた手付きで眼帯を作り始めた。
(今度は強度を上げないと。……多ければ多いほどありがたいってジョシュア直々に言われてるから)
成長すれば、当然頭の大きさにも変化がある。成長期真っ只中の時に、どれくらい必要か尋ねた時には「姉様の負担にならない程度でもらえたら嬉しいな。僕としては、たくさんもらえたらそれだけありがたいから」と返ってきた。
(そんなことを言われては、創作意欲が強まるばかりよね)
必要とされているのなら、作らない理由がない。我ながらオタクとは単純なものである。
「イヴェットさん。色を変える時はどうしたら良いのかしら?」
「あっ。それはですね……」
自分の作業をしながらも、エリーザ様から何か聞かれれば即座に反応をしていた。
エリーザ様は最初こそゆっくりだったものの、コツを掴み感覚を思い出すと凄く良いペースで縫いきった。
「で、できましたわ……!!」
「あら! おめでとう、エリーザさん」
「お疲れ様です。完成しましたね」
やりきったエリーザ様の顔には笑みが浮かんでいた。手元には力作であるコスモスの刺繍がキラキラと輝いているように見えた。
「綺麗なコスモスですね」
「……ありがとう、イヴェットさん」
自分がこれを作ったのだ、ということが少し信じがたいのか、エリーザ様はじっと刺繍を眺めていた。
すると、コスモスの思い出をゆっくりと話し始めた。
「……実は以前、殿下にコスモス畑へ連れていっていただいたことがあって」
「まぁ……!」
(それはつまりデートですかね!?)
エリーザ様は、コスモスの刺繍をそっと撫でた。
「わたくし、それが嬉しくて……後にも先にも、殿下に連れ出していただいたのはそのコスモス畑なのですが……一面のコスモスの中、微笑まれる殿下のお姿が今でも焼き付いているんです」
(……うん、恋する乙女だわ。良い、凄く良い)
大切な思い出として胸の中にしまい込むには、あまりにももったいないものだと感じた。
「形にする、ということがお話だけではあまりわからなかったのですが……こうしてみると、何だか凄く嬉しいといいますか、胸が踊る感覚があってーー」
「エリーザさん!!」
「は、はいっ!」
どうやら体験することは成功したようだ。それを感じたのはお母様も同じで、エリーザ様の感想を遮るように満面の笑みで名前を呼んだ。
「素晴らしいわ! エリーザさんの今の気持ち、それこそ形にして意味があるというもの。その感覚を一回目から掴めるだなんて、エリーザさんは凄く適性があるわ」
「わ、わたくしに適性が……?」
「えぇ。やらない方がもったいないくらい」
「も、もったいない……」
お母様は純粋に感じたことを投げ掛けているのだと思うのだが、その言葉はエリーザ様の心を大きく揺れ動かすほど重要な後押しだった。
じっと刺繍を眺めたエリーザ様は、しばらくするとポツリと本音らしき思いをこぼした。
「……もう一度、形にしてみたいですわ」
「「!!」」
その答えを聞いた瞬間、私はお母様と目を合わせて笑みを浮かべあった。
「歓迎するわ、エリーザさん!!」
「一緒に頑張りましょう……!」
「あ、えっ、よ、良いのですか……?」
それは暗に、お母様がまだまだ教えるという意味が含まれていた。それを感じ取ったエリーザ様には、困惑の表情が浮かんでいた。
「もちろんよ! このやり方の良さを伝えられる子が増えるのは、私にとっても嬉しいことだもの」
お母様の真っ直ぐな瞳から、他意がないことを感じ取った様子のエリーザ様は、唇をきゅっと噛み締めた。
そして緊張が消えるかのように笑みを浮かべると「お願いいたします」と頭を下げるのだった。
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