12.布教活動は成功です!
ジョシュアの布教を始めてから一ヶ月が経過した。不利な噂話を消すために動き回った甲斐があったことに加えて、ジョシュア自身にも心境の変化が生まれたのだった。
(まさか本当に友人を作るだなんて思いもしなかった……)
助言の一つとして伝えただけだったのだが、本人は深刻に受け止めたのか、今では数人だが学園生活を共に過ごせる友人がいる。
この出来事が、布教とタイミングよく重なりったことで、今ではもうジョシュアに対しての悪い噂は一昨日聞かなくなった。
「よかったわね、イヴェットさん」
「エリーザ様のお陰です。本当にありがとうございます」
「いいのよこれくらい。事実が知れ渡っただけですもの」
布教活動も一度区切りをつけ、今は以前のようにお昼休みはエリーザ様とのんびりと過ごしていた。
「でも……もう一つの噂は良くも悪くも進展がないみたいよ」
「恋慕しているご令嬢、ですよね」
「えぇ」
これに関しては悪い噂、というよりもただの事実なので沈静する方法がなかった。
「ジョシュアに……この一件は任せて欲しいと言われたので、これ以上は手出しはしないでおこうと思います」
「そうなのね。確かに恋愛は当事者の問題だわ」
納得するエリーザ様は、カップを手にとって食後の紅茶を口にした。
(正直、今のジョシュアなら大丈夫そう)
友人ができた辺りから、少しずつ元気を取り戻してきているように見えているので、以前ほど心配はしていなかった。
安堵しながら自分も紅茶を飲んだ。
「ところで……イヴェットさんはどなたかとご婚約なさらないの?」
「!! げほっ、げほっ」
「あら、大丈夫?」
思わぬ話題を振られたことで、紅茶が上手く処理されずにつっかえて咳を引き起こしてしまった。
「ごめんなさい。聞かれたくなかったお話かしら」
「い、いえ。こ、婚約者、ですか」
「えぇ……学園に入学する前から婚約する方もいる中で、イヴェットさんは一切婚約関連のお話を聞かないから少し気になって」
エリーザ様の気持ちはよくわかる。
普通、十五歳の貴族令嬢であれば婚約が決まっているか、そうでなくても候補等の話がある。
身分が高位になればなるほど、婚約者がいる率が上がるわけだが、私は侯爵令嬢という肩書きにもかかわらず、存在していない。
幼少期より王子殿下と婚約しているエリーザ様からすれば、不思議に思えることだろう。
「私は両親が恋愛結婚なので、今無理に婚約者を探さなくても良いという方針なんです」
「ルイス侯爵夫妻よね。社交界では一番有名なおしどり夫婦。……なるほどね、そのお二方の考えなら理解できるわ」
今でも恋愛結婚は多くはないので、エリーザ様からすれば珍しいものだと思う。
ルイス侯爵家自体が落ち目でもないので、政略結婚は必要ではないと父ユーグリットから言われている。
これはジョシュアも、そして恐らくエリシャも同じはずだ。
「それなら恋愛結婚を推奨されている、という捉え方でいいのかしら?」
「そう、ですね」
明言されたことはないが、お母様もお父様も結果的に恋愛結婚をして幸せになっている。どちらかというとお母様の方が、恋愛結婚を望む雰囲気を醸し出しているのだが、決して声には出さない。
(自身の考えを押し付けすぎない、そんなお母様なのよね)
濃い時間を共に過ごしてきたからか、言葉を交わさなくてもお互いに理解できることがあった。
「それなら、どなたか気になるお相手はいるのかしら?」
「気になる、お相手……」
「えぇ」
そうエリーザ様に言われるものの、考えたこともなかったのでよくわからなかった。
(気になる相手。……それってつまり好きな人ってことだけど……好きな人、か。いるけど、その好きは推しだからであって、推しはあくまでも推しだし、なんなら弟だし……)
好きな人、というよりも婚約する相手と考えを変えていけば答えは決まっていた。
「いない、ですね。……そもそも知り合う機会がないので」
「……どこか耳が痛い話だわ」
「ふふっ、ごめんなさい」
私の性格と現状を知っているエリーザ様は、困ったように微笑んだ。
ただ、現状学園でのしっかりとした友人といえば、エリーザ様とアンネとビリーだけだった。
「個人的には急ぐことでもないと思っているので、のんびりと考えようかと」
「そうね。恋愛結婚なら焦る意味はなさそうね」
それよりも気になることとやるべきことがあるため、しばらくの間はジョシュア関係に意識が向くだろうと一人考えた。
「エリーザ様はいかがですか」
「わたくし?」
「はい。良ければエリーザ様の恋愛話ならぬ婚約関連のお話をお聞きしたいなと」
私の話はこれ以上掘り下げても何も出てこないので、以前より気になっていた王子殿下との恋愛を話の流れから尋ねることにした。
「可もなく不可もなく、かしら。わたくしの方は完璧な政略的な婚約だから、あまり恋愛感情は関係なくて」
(……声色が固くなった)
エリーザ様の癖がわかるほどになっていた私は、彼女の声がどこか事務的で感情が薄れたものになると、そこには何か思いが隠れているという法則を勝手に導き出していた。
「特に話すことは」
「……ない、ですか?」
相談、という言葉は口にせずに、あくまでもエリーザ様が話しやすい雰囲気を作った。
穏やかに微笑みながらエリーザ様を見つめれば、それに気が付いた彼女が目を少し見開いた。
そして、少しの間沈黙した後にゆっくりと口を開いたのだった。
「………………ある、のだけど」
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