10.思い知らされた現実(ジョシュア視点)
婚約者を作る。
その言葉は、ボソリと呟かれた。まるで無意識のように、けれども本心のように。
「…………」
「うーん……」
姉様の方に目線を向けるのは怖かったものの、そっと様子を伺えば、本人は気にすることなく解決策を考え続けていた。
(婚約者…………)
言いたいことはよくわかる。
婚約者がいれば、そもそも変に異性は近付いてこない、最高の抑止力だ。
この年齢になれば、婚約者がいることは何もおかしくないことだから。家を継ぐものなら尚更、候補くらい目処はついているものだろう。
ただ、僕自身の婚約も姉様と同様縁談の話は少しも寄せ付けていなかった。
(姉様のいう婚約は……その相手は、間違いなく自分以外の女性を指しているんだろうな)
それが目に見えてわかるからこそ、胸が苦しくなった。
(迷惑をかける以前に、女性としてあの場面は見て欲しくなかった)
単純に、断わりきれない時点で情けないと思ってしまう。それを姉様にまで感じられてしまえば、いよいよ辛くて苦しい。
今日廊下であの少女に捕まってしまったことを後悔するものの、今さら振り返っても遅いのだと冷静になる。
(……とにかく、追い払わないといけないな)
まずは、厄介すぎる少女と決別する方法を考える方が先だ。そう思えば、今度は姉様はしっかりとこちらを見て提案してくれた。
「考えてみたのだけれど……一度だけお誘いを受けてみる、とか?」
「誘いを?」
(それって……婚約者を彼女に……?)
嫌な不安と恐怖が浮かぶ一方で、姉様は悪気なしでこくりと頷いた。
「えぇ。今の所、断り続けているでしょう? だからリスター嬢の中でジョシュアを誘うことに成功しない限り、思考が埋め尽くされているのかと思って。お誘いを一度受けた上でなら、真剣に話を聞いてくださるんじゃないかしら?」
「真剣に話を……」
変に緊張しながら、姉様の言葉をなぞってしまう。
「そうよ。その方が自分にとって不都合な言葉も少しは耳に届くんじゃないかしら。……あっ。もちろん目を見て話してあげて。貴女に言ってるんだと伝わるようにね」
「……なるほど」
提示された案には納得できる要素が多かった。確かに、僕は今までまともに話を聞かずに断り続けていた節がある。
(早速、明日姉様の方法を試そう)
少しでも早く、今の悪い状況から抜け出したかった。
(でも……よくあの場面を一度見ただけで、的確に情報を読み取ったな)
ふと疑問に思うと、これに関しては直接姉様に答えを尋ねた。
「……本人には届かないというものね」
「え?」
「噂話よ。実はジョシュアがあるご令嬢に猛烈に恋慕されてると、噂を聞いたの」
「!」
そんな噂、初めて聞いた。
「この噂に関しては、酷く悪い噂ではないと思うから問題ないとけど、ルイス家の名前に傷が付くような噂がもし耳にはいったら、すぐに火消しをしましょう」
「……わかった」
まさか今日ではなく、もっと前から姉様に伝わっていただなんて。
できることなら、本人に知られる前に片付けるまでが理想だった僕からすれば、噂が流れていたことは衝撃的だった。
「それで……その、ジョシュア。特に自分に関連する噂話は自身では気が付けないことが多いと思うのね」
「……うん」
「だから、一人でもそういう話を共有できる人を作っておくとよいと思うわ」
「わかった」
「えっ」
「?」
「う、ううん。なんでもないわ。頑張りましょう」
今回の失態の原因は、姉様の言う通り情報網がまるでなかったことだった。一人の方が気楽で、誰かと無意味に共にいる理由がないと思っていたが故に、友人は作ろうとしなかった。
ただ、こうなれば話は別だ。
もらった助言通り、僕は情報網を作ることに決めるのだった。
馬車が屋敷に到着すると、僕達はそのままそれぞれ自室へと向かった。
姉様から色々と教えてもらって、助けてもらった。凄くありがたいことなのだが、同時に悔しくて悲しくなった。
(どこまでいっても、僕は弟か……)
“婚約者”という姉から放たれた言葉が忘れられず、胸の奥をえぐるまでいた。わかっていたことだが、まるで意識されてないどころか眼中にもないことが思い知らされた。
ポスッとベッドに横になる。
天井を見上げながら暗い感情に包まれた。
(……色々と原因はある)
正直僕の想定では、今頃誰かにアプローチされるのではなく、自分が姉様にアプローチしている筈だったのだ。
その計画は泡のように一瞬で崩れ去り、今では意味のない問題が生まれてしまった。
(もっと、意識してもらえるように動かないと……)
そう思うものの、今日の様子を見てふと思った。
姉様に現状“好き”だと伝えても、家族の好きだとしか思われないのではないかと。
「……どうすればいいんだ」
目を閉じて考えるものの、何も浮かばないのが現実だった。
その時、扉がノックされた。
バッと体を起こしながら返事をする。
(姉様……?)
そんな期待とは裏腹に、今会いたくないという気持ちもあった。
「あら、シュアちゃん休んでいたの? 邪魔してたらごめんなさいね」
「……母様」
ふわりと微笑む母の姿に、どこか安堵する自分がいるのだった。
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