08.人の恋路は邪魔しません、恋路なら。
リスター子爵令嬢は、それはそれは強気な行動を取る方だった。
「悪いけど、何度誘われても一緒には食べれない」
「ジョシュア様! 私相手に気など遣わないでくださいっ」
「……遣ってないよ」
(これはなかなか話が通じなさそうな子の予感……)
恋は盲目、とはいえどリスター子爵令嬢にとってはジョシュアの嫌悪感が伝わっていなさそうだった。
それどころか、いつか想いは通じると信じて疑っていなさそうな立ち振舞いは、なかなか対処の難しいものだと思った。
(まさかこんな言い寄られ方をしてるとは思わなかったわ……ジョシュア、私には何も話してくれないから)
心配かけまいという考えはわかる。ただ、困っているのなら頼ってほしいと姉ながらに思うのだった。
「僕は自分の昼食があるから」
「そうなんですね! では交換をしますか?」
「……………」
いや、どうしてそうなる。
リスター子爵令嬢は、思わずそうつっこみたくなるような回答ばかりをしていた。
(……これはさすがに気の毒だわ)
人の恋路を邪魔するようなことはしてはいけない。それは原則として理解している。ただ、目の前の光景はあまりにもジョシュアが不憫に思えてしまったため、その助けに入ることにした。
(うーん……ずっと見てたということを悟られるのはよくないわよね。あくまでも通行人Aみたいな動きで通りすぎて、あら? みたいな感じがいいはず)
幸い、そこそこ他の生徒がジョシュアとリスター子爵令嬢の隣を気まずそうな顔で通りすぎていたため、私もまずはそれに紛れようと決めた。
(改めて考えると、人の目を気にしないでアタックしているのは凄いわ。色んな意味で)
心の中で苦笑いしながら歩き始めて、ジョシュアの斜め前へと近付いた。ジョシュア自体は私側にいるリスター嬢と目線を合わせないように、思い切り反対を見ていた。
「さっ、行きましょうジョシュア様!」
「……」
「……あら、ジョシュア」
下手に演技感を出さないように、出来る限り通りすがった感を全力で出していた。
名前を呼べば、ばっとこちらを向いて目が合う。少し驚いた眼差しに、何も知らないような顔で返す。
「姉様……」
「えっ!?」
ジョシュアの声に驚いたリスター嬢からも視線を受け取る。
「ごきげんよう。そちらのご令嬢はお知り合いなのかしら」
「いえ、ただのクラスメートです」
「そうなの?」
初めて知るような、でもわざとらしくならない微笑みを浮かべる。
リスター嬢は姉の登場に驚いたのか、目を凝視させていた。
「そうです。……姉様、昼食に向かいましょう。お待たせしてすみません」
「……えぇ」
それが助けを求める言葉だとわかるとすくに頷いた。ただ、意外なことにリスター嬢は何も発さなかった。
(牽制か、好意的な挨拶をするかと思っていたのだけど……)
リスター嬢の反応には何か違和感を抱いた。しかし、ジョシュアが手を差し出したので、流れ的にその場を去るしかなかった。
リスター嬢が子爵家の者である以上、私からむやみに話しかけるのは誤解を生みかねないので、話しかけられないのがもどかしかった。
ジョシュアに手を引かれながらその場を立ち去るものの、ジョシュアの表情にはどこか疲労が見えていた。
「……お疲れ様、ジョシュア」
「あ……うん。変なところ見せちゃってごめん」
「謝ることではないでしょう。それよりも。もし困っているのなら、話を聞かせてね」
「……ありがとう」
あくまでも自分でどうにかしたい、という思いがジョシュアの中では強くあるように見えた。ならば相談を強制するのは悪手なので、遠回しに自分なりの気遣いを伝えた。
「こういうことが初めてだったから、どう躱せば良いかわからなくて。はっきりと断ってるつもりでも、どうしてか伝わらないんだよね」
(うん、それは外から見てもよくわかった)
困惑しながらため息をつくジョシュアだが、すぐに苦笑いを浮かべてこちらを見つめた。
「だけどまだ数回とかだから。今度はもう少し強く言ってみるよ」
「……無理しない程度に頑張って」
「うん、ありがとう。姉様はこれからアプリコット様と昼食だよね?」
「えぇ」
「それなら僕はここで。また放課後にね」
「うん。しっかりとご飯食べるのよ?」
「わかってるよ」
そう言うとジョシュアは足早に去っていった。
(……頼ってはもらえないのね)
わかっていたことだったか、いざ目の当たりにすると少し寂しいものがあった。
ただ、ジョシュアが決めたことならば尊重するべきなので、静かにその後ろ姿を見送るのだった。
しばらくして、エリーザ様と合流する。
「お待たせしてごめんなさい、イヴェットさん」
「いえ! 用事は済みましたか?」
「えぇ、待っていてくれてありがとう」
いつも通り昼食を取ることにしたのだが、自然と話題は先程見た光景の話になっていた。
「私も先程リスター嬢を見かけてね。個人的に噂通りの方である気がして」
「他にも何か噂が?」
「えぇ。何でもとても貴族のご令嬢とは思えない程、礼儀作法がなってないんだとか」
「あぁ……」
「思い当たる節があるみたいね」
苦笑いをする私に、エリーザ様もどこか困り眉で微笑んだ。
「エリーザ様が噂通りだと感じられた理由は何ですか?」
「先程おそらくイヴェットさん達が立ち去った後のリスター嬢を見かけたのだけど、普通ならあり得ないことを言っていたのよ」
「あり得ないこと?」
首を少し傾げながら反応すれば、エリーザ様はこくりと頷いた。
「えぇ。曰く“どうしてジョシュア様に姉がいるのよ!”と」
「!!」
「恐らく彼女、貴族としての基本的な他家の知識も身に付いていらっしゃらないんじゃないかしら」
エリーザ様を介して聞こえた言葉には、違和感に重なるものを感じるのだった。
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