52.虚実をめぐる主張(オフィーリア視点)
これまで聞いたこともないユーグリット様の冷たく突き刺すような声には、キャロラインへの怒りが込められているように感じられた。
「な、何を言って――」
「オフィーリアのためを思った助言? そんな言葉をデリーナ伯爵夫人は一度でもオフィーリアにかけたことがあるのか」
「あ、当たり前です!」
ユーグリット様は声色を一切変えることなく、キャロラインに圧をかけ続けた。
「それなら具体的なものを教えてくれ。数が多すぎて覚えていないというのは言い訳にならない。それは結局オフィーリアに対して無関心だと言っているようなものだからな」
「そ、それは」
キャロラインの逃げ道を消しながら、私以上に的確に詰めていくユーグリット様。そっと見上げれば、キャロラインをこれでもかと言うほど睨みつけていた。
「十年以上も共に過ごしてきたんだ。さぞかしデリーナ伯爵夫人は有益な助言をしてくれたんだろう?」
「も、もちろんです。夫婦仲で悩むオフィーリアにお伝えしましたわ」
「何を?」
「それは…………」
言葉に詰まるキャロライン。
それでもわからないで済ませられる空気ではなくなったため、彼女は必死に考えていた。
その様子を静かに見下ろすユーグリット様。
私は、まだどうにか逃げようとするキャロラインに怒りしか浮かばなかった。そして、その苛立ちはいよいよ制御できずに言葉として漏れてしまった。
「答えられないでしょうね」
「オ、オフィー」
「何を言ったかなんて、覚えてないでしょう? ただひたすら、私が不利になるような言葉を投げかけて楽しんでいたのですから」
「ご、誤解よ、オフィーリア!」
どの口が言うのか。
はっと自嘲気味に笑えば、私はそのまま助言を再現し始めた。
「無理にでも積極的に会いに行くことも、手紙を多く送り続けるのも、大量の贈り物を送り付けるのも……全て非常識なことよ」
「あ、当たり前じゃない」
「当たり前。貴女がその非常識を私に伝えたのだけれど」
「だから誤解だと――」
キャロラインが弁明しようとするも、ユーグリット様はそれを許さなかった。
「一度や二度なら〝誤解〟という言葉で済むだろう。だがデリーナ伯爵夫人は十年以上、オフィーリアに非常識を植え付け続けた。助言と称して」
「そんなことは!」
「あるだろう、心当たりがいくつも。それさえも無自覚というのであれば、これ以上言及はしない。意味がないからな」
キャロラインの表情はどんどん苦しそうなものになっていった。
「最初デリーナ伯爵夫人は言ったな。私達夫妻が十年以上社交界に姿を現さなかったのは、仲が良好ではなくオフィーリアがずっとそれで悩んでいたからと」
「事実ではありませんか!」
「それが本当なら、随分夫人の助言は無意味なものが多いということになるな」
「なっ!!」
ユーグリット様は冷ややかな声色を変えることなく続ける。
「本当に夫人が意味のある助言をしていたのなら、十年以上もオフィーリアが悩み苦しむことはなかっただろう。それでも苦しんでいたのは……死を考えるほど苦しんだのは、夫人がそうなるように仕向けたとしか私は思えない」
「それは、ルイス侯爵の憶測に過ぎないでしょう……⁉」
憶測。その言葉だけで片付られはしない。
「果たしてそうだろうか。状況的な証拠は十分に揃っていると言える。社交界に姿を現さなかったオフィーリアであり、不仲であったと主張して私達の関りが薄いとするのなら。追い詰められるのは夫人しかいない」
「い、言いがかりです!!」
「夫人目線での主張を組み立てればそうなる。筋の通った主張にな」
ユーグリット様の説得力のある言葉に、キャロラインはすぐに反応はできなかった。
「状況証拠なんて……ただの言いがかりに過ぎませんわ!!」
ようやく絞り出した声こそ言い訳そのものであり、キャロラインの主張こそ言いがかりに等しいほど説得力が皆無だった。
「酷いわ、オフィーリアもルイス侯爵様も……! 私をそんなに悪者に仕立て上げたいの⁉」
「仕立て上げる……筋道立てて主張した結果、多くの人にそう映るのなら、仕立て上げるとは言わないわ。正当な評価と言うのよ」
「なっ!」
都合よく自分が被害者になろうとするキャロラインに、現実を突きつける。
「残念なことに、私が貴方を悪者だと断定できる証拠は持っていないわ。悪意を明確に証明する方法なんてないから」
「それなら――」
「けれども。キャロラインが嘘を語って自分の保身を作り上げていたという事実なら証明できる」
「な、何を言って」
「散々語っていたけれど。私達はそもそも親友でもなく、友人でさえないでしょう」
「!!」
証拠、証拠と連呼するのなら、お望み通り揺るぎない事実を示そう。そう思考を変化させると、今度はユーグリット様に代わって私が詰めていくことにした。
「だってそうでしょう? 親友と豪語するのなら、どうして私は貴女をお茶会に招待しなかったのかしら」
「そ、それは! 仲違いをしてしまったから!」
「いいえ。縁を切ったからよ。私は確かに、あの日のお茶会でそう宣言した。これは揺るぎない事実。それなのに貴女は、その縁切りを都合よくなかったことにした。今も昔も変わらず親友だと表現して印象操作をしようとした。きっと、多くの人にもそう弁明して回ったんじゃないかしら?」
どうやら図星のようで、キャロラインの表情がみるみる赤くなっていく。招待客の中には思い当たる節がある人もいるみたいで、周囲の声も段々と大きくなっていった。
言葉の節々からでるキャロラインの嘘。
少なくともそれを証明することはできるため、私はもう一つ事実を述べた。
「さらに言えば、貴女が私に悪徳商売をし続けたのも事実。関与の話を抜いても、この事実は変わらない。友人であれば、私が抗議を入れた時点ですぐに謝罪するのが筋なのに、貴女はそれさえせずに噂の火消しを優先した。その行動には、一つも誠意が見えないわ」
「それは!」
「私が抗議を入れてから今日のパーティーまで、時間はたくさんあった。それなのに、デリーナ伯爵家からもキャロラインからも、返事が来ることはなかった。それは私の抗議をなかったことにするつもりだったからでしょう?」
「――っ!」
ぎゅっと、キャロラインが手を握り締めるのがわかった。そして私は、ただ冷静にキャロラインを見つめる。
「これが事実だけれど……まだ反論があるのかしら?」