50.夫婦の証明(オフィーリア視点)
フォルノンテ公爵邸に到着した。
そのまま会場の入り口に向かう間、ユーグリット様はずっと手を離さないでいてくれた。
もちろん、エスコートであることはわかってる。ただ今日に関しては、エスコートという言葉だけでは表現しきれない、温かい気持ちも重なっている気がした。
(……不思議。ユーグリット様と一緒だからかしら。全然怖くないわ)
むしろ隣に立てていることへの喜びを、永遠に感じ続けていた。ただ、怖さと緊張は別物で。会場に入った瞬間から戦いが始まるのだと思うと、内心は全く穏やかではなかった。
「……オフィーリア」
入り口の扉前に待機すると、ユーグリット様がこちらを見つめながら微笑んだ。
「はい、ユーグリット様」
「今日は誰よりも、オフィーリアが一番輝いている」
「……まだ会場に入ってませんよ?」
「見なくともわかるさ」
断言するユーグリット様の言葉が嬉しくて、思わず頬が緩んでしまう。
「ふふっ。それなら私が負けるとしたらユーグリット様にでしょうか?」
「……オフィーリアの勝ちだと思うんだが」
「あら。ユーグリット様は少しも負けておりませんよ? 私からすれば目が眩むほど発光なさっていますから」
「い、いや。オフィーリア。君の方が前が見えなくなるくらい、圧倒的な輝きが……」
ユーグリット様はそこまで言うと、ふっと笑った。
「……それなら、二人でいれば絶対に誰にも負けないな」
「ユーグリット様」
「だから安心してほしい」
「……ユーグリット様のおかげで、緊張が消えました。ふふ、ありがとうございます」
端から見ればおかしなやり取りかもしれないが、私にとってはこれ以上ないほど緊張をほどいてくれる、必要な会話だった。
廊下の奥にある時計から、約束の時間を示す音が響いた。
「……時間ですね」
「あぁ。行こう、オフィーリア」
「えぇ」
そうお互い微笑み合うと、ユーグリット様の手に改めて自分の手を重ねてから扉を開くのだった。
扉を開けた向こう側には多くの参加者がいた。彼らの視線を一身に集めるものの、特段気にすることなくユーグリット様と進み続けた。
顔を上げた先には、お兄様とお義姉様。そして、驚いた表情のキャロライン。
(……参加したのね)
キャロラインの存在を確認しながらも、自分から仕掛ける必要はないと判断してすぐに目線を逸らした。
そしてそのまま主催者であるお兄様とお義姉様に、ユーグリット様と挨拶を交わす。
「ご招待いただきありがとうございます、お義姉様。遅れてしまい申し訳ありません」
「いいのよ。来てくれるだけでありがたいのだから。……それにしても、今日はいつも以上に素敵なドレスね」
穏やかな笑みを浮かべるお義姉様。お兄様もどこか嬉しそうだ。
「ありがとうございますお義姉様。実はユーグリット様と対になっているんです」
「あら本当ね。……凄く似合っているわ」
「オフィーリア、本当に綺麗だ。ユーグリットもよく似合っている」
お義姉に加えてお兄様まで褒めてくれる。少し恥ずかしそうに会釈をするユーグリット様。照れながらも喜んでいる姿を感じられる。
「是非パーティーを楽しんで……と送り出したい所なのだけど。引き留めてごめんなさいねオフィーリア。一つ尋ねても良いかしら?」
「はい」
「……ルイス侯爵夫妻は不仲だという話を耳にしたのだけど。そうなの?」
一体誰がそんなことを言い出したのか。
それはちらりと視線を移せば明白だった。
「いえーー」
「おかしな話ですね。私はこんなにもオフィーリアを愛してるのに」
(ユーグリット様……!)
お義姉様の問いかけに答えようとすれば、ユーグリット様が優しく私を引き寄せた。そして会場内に響き渡るほど大きな声で、不仲を否定した。
会場内は一気に騒然とし、各所で疑問の声が上がり始めた。耳を澄ませて出来る限り反応を聞く。
「え……それならキャロライン様のお話は?」
「主張として成立しないわよね……」
「ルイス侯爵夫妻は仲が良かったんだな」
「えぇ、お二人とも幸せそうね」
完全に聞き取ることはできなかったが、会場内はキャロラインに対する疑いの声と私達夫妻に対する新鮮な反応で溢れていた。
私はユーグリット様の答えに驚いたものの、満面の笑みを浮かべて同意した。
「私もですわ。ユーグリット様のことをこんなにもお慕いしているのに不仲だなんて。断固として否定させていただきます」
そう言いきると、ユーグリット様と二人微笑み合った。
「そうよね。私の思い違いでなくて良かったわ。確認できて安心したわ。聞きたいことはそれだけだから、後はパーティーを楽しんで」
「はい、ありがとうございますお義姉様」
これが真実で、キャロラインの主張には多くの綻びがあるのだということを、会場内の参加者に向けて伝えられたと思う。
一つ目的を達成できたと思い、ユーグリット様が差し出してくれた手を取ろうとした瞬間だった。
「……そんなこと、許されないわ」
ずっと黙り込んでいたキャロラインは、こちらを恐ろしい形相で睨み付けていた。
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