幕間 はたかれた伯爵夫人
ぶたれた。この私が。
夫は私の友人を見送ると、私の向かいに座った。
「キャロライン。君がルイス侯爵夫人に、定価よりもはるかに高い値段でドレスを売りつけたと抗議があった。これは事実か」
鋭い視線で問う夫。その抗議がオフィーリアのものであることはすぐにわかった。
(オフィーリア……! 私がどれだけ貴女に尽くしたと思っているの‼)
怒りがこみあげてくるものの、今は夫に弁明する方が先だと判断して首を大きく横に振る。
「違いますわ……! 私とオフィーリアが二十年以上の仲だということをあなたも知っていらっしゃるでしょう? 親しい友人にそのような非道なことを……!」
「……では何故、この抗議がきたんだ」
悲壮感を醸し出しながら、夫に同情的に訴え始める。
「それは……実は、ドレス店を紹介したのは私です。それは間違いありません。ですがまさか、彼らがオフィーリアに失礼なことをしていただなんて……そんなこと、思いもしなかったのです」
「……君はあくまでも手を下していないと」
「下すはずがありません……! 私はただ、オフィーリアに厚意で紹介をしただけなのです……私とオフィーリアの仲ですよ? どうしてそんな酷いことができるでしょうか」
必死に夫に弁明すれば彼は、はあっつとため息をついた。
「キャロラインの言い分はわかった……ルイス侯爵家にはそう返答しておこう」
「あなた……!」
自分の言い分が通じた。そう思って、喜びの声を上げる。
「だがな、今事態は非常に深刻なんだ。社交界では君に疑いの目がむくだろう。そうすれば、キャロラインも私の評価も下がることだろうな」
「そんな……!!」
「それはなんとしても阻止しなくてはならない。だから、噂が大きくなる前に火消しをしてほしい」
「それはもちろんですわ……!」
元々オフィーリア関係で、誤解を解こうとしていたのだ。これに関しては完全に好都合と言える。
「一週間後にちょうど大きな夜会がある。ありがたいことに招待されてな」
「そうなんですね。ちなみにどちらが主催の……?」
「……フォルノンテ公爵家だ」
「!」
フォルノンテ公爵家。それはオフィーリアの実家だった。
(でも……ユーグリット様と結婚してからは、社交界にはほとんど顔を出さないオフィーリアよ。それに、フォルノンテ公爵家とも仲がいいとは聞いたことがない。オフィーリアから聞いたことないもの。……まぁ、大丈夫ね)
それよりも、フォルノンテ公爵家が主催となればあのシルビア様が取り仕切るということだ。そうなれば、世代を問わずに多くの人が参加をすることになるだろう。これはまたとない、最高の火消しの場だ。
「喜んで参加いたします」
「……わかった」
夫は頷くと、立ち上がった。
「では一週間後、フォルノンテ公爵家に向かうから準備をいておいてくれ。詳細が記載された招待状は後で渡す」
「はい」
その言葉を最後に、彼は部屋を出ていった。
「……痛っ」
頬を抑えながら鏡を見る。叩かれた右頬は、見事に赤くなっていた。
「……言い分を理解したなら謝罪くらいしなさいよね」
夫への不満を漏らしながら、侍女を呼んで後片付けと手当をさせることにした。
(それにしてもフォルノンテ公爵主催のパーティーだなんて……!)
実はまだ一度も呼ばれたことのない、憧れのパーティーだった。残念なことに、シルビア様とは年齢が少し離れている為、お近づきになる機会はなかった。
一時期オフィーリアを利用して近づこうとも思ったが、オフィーリアは全く使い物にならなかった。
(まぁ、結果的に私に運が回ってきたのよ……!)
にいっと笑みを浮かべながら、当日に着ていくドレスを考え始めるのだった。
◆◆◆
〈デリーナ伯爵視点〉
「……本当に、全てフォルノンテ公爵の言う通りだったな」
手紙に記されていたのは、フォルノンテ公爵家ご出身のオフィーリア・ルイス様への侮辱に関する抗議だった。
初めは妻がそのように非道なことをしたと信じられなかった。しかし、いくつかの証拠を見せられて揺らいでしまった。
(キャロラインがあの店に出入りしていたのは知っていたが……まさかルイス侯爵夫人を陥れるためだったのか?)
疑心暗鬼にとらわれる中キャロラインを問いただせば、返って来たのは予想通りの言葉だったのだ。
(……ルイス侯爵夫人は縁を切ったという主張だ。それなのにキャロラインはそんなことを一言も言わなかった)
キャロラインと店の繋がりに関する証拠は不十分でも、正直誰が悪いかは目に見えてわかっていた。
(一介の伯爵家を……わざわざフォルノンテ公爵家およびルイス侯爵家が相手にして潰す理由などない)
ましてや今まで家同士の関わりは無いに等しかったのだから。
(はぁ……どう後処理をすべきか)
頭を悩ませながらも、今後のことに目を向けて動きだすのだった。
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