幕間 義弟と従兄のお兄様
フォルノンテ公爵家にいるご子息、ステュアート様。
姉様からすれば彼は従兄のお兄様で繋がりもある親しい人だろう。だけど僕からすれば、十分警戒対象だった。
(……やけに姉様と距離が近い)
従兄なのだから、距離が近くて当たり前かもしれない。それでも嫌だと思ってしまった。その上直感的に、彼の気持ちがわかってしまった。
(……公子様は姉様のことが好きだ、絶対)
愛らしい者を見る眼差しは、僕にとって良いものではなかった。なぜなら、姉様を取られる気がしたから。
(それだけは……嫌だ)
ぎゅっと手に力を入れていれば、公子様は御手洗いの場所を尋ねてきた。
姉様と二人きりにさせるのが嫌で、僕が案内することを申し出た。理由付けは適当にしたが、案外本当のことを言ったと思っている。
「こちらです」
「ありがとう、ジョシュア」
「……」
まだ出会って少しも経っていないのに、名前を呼ばれることに違和感を覚えてしまった。
御手洗いの方へ歩き出す。案内役なので、横に並ぶことはせずに先導したが、何から話すべきかわからなかった。
「そんなに急がなくていいよ?」
「あ……すみません」
無意識のうちに早歩きになっていたようで、公子様は優しい声色で足を緩めるように言った。
「……公子様はどうして今日ここに?」
「公子様…………あぁ。イヴにいつでも来ていいと誘われていたからね。父様と母様が行くなら一緒に、と思って」
「そう、ですか」
もしかしたらこれからも公子様は頻繁に屋敷に来るかもしれないと思うと、正直やめてほしかった。どんどん不安が募っていく中、公子様の一人語りが始まった。
「いつもイヴに来てもらっていたから。実はルイス侯爵家に来るのは初めてなんだ。でも今日は来れて良かった」
(姉様に会えたから、か)
反応はせずに一人暗い顔になっていると、御手洗いに無事到着した。
「ここです、公子様。お待ちしておりますので、ごゆっくりどうぞ」
「……いいのかい?」
「? はい」
公子様からされた返事の意味が分からず首を傾げそうになったが、頷くだけに留めた。
(……それにしても、公子様かっこいいな)
顔だけを考えれば、血縁的に美形になるのは間違いない。もちろん顔だけでなく、フォルノンテ公爵家の生まれからも、色々と優れているのは想像するまでもないだろう。
(姉様は公子様のようなお顔が好きなのかな)
公子様を待つ中、一人考えては落ち込み続けていた。一人の時間はすぐに終わり、公子様は「お待たせ」と微笑んで出てきた。
後は姉様達の待つ応接室に戻るだけ。そう思って歩き出せば、公子様は耳を疑うようなことを告げた。
「ジョシュアはイヴのことが大好きなんだね」
「……」
そんなことを口に出されるとは思わなかったので、怪訝な顔で振り返る。
「イヴは可愛いからね、凄く良くわかるよ」
「……公子様もお好きでしょう」
どういう意味か。そう尋ねることもできた。だが、好きかどうかという話をする時点で何を伝えたいかは明白だった。
「うん、イヴのことは大好きだね」
「……」
わかっていた答えでも、少しだけ動揺してしまう。何と返すのが有効か考えている間に、公子様は笑顔で続けた。
「凄く可愛い妹だよ」
「……え?」
言葉の意図を読み取ろうとしている間に、公子様は距離を詰めてきた。そしてゆっくりしゃがみ込む。
「ジョシュア。僕はね、君のことも大好きなんだ」
「⁉」
「あはは、凄い驚いてるね」
「な、何を言って」
「僕にとってはジョシュアも可愛い弟だよ。だからずっと会ってみたくて、仲良くなりたかったんだけど……やけに警戒されているから」
公子様の発言には何も理解できずにただ困惑をしていた。
「せっかく従兄弟なのに……公子様、は寂しいな」
「……でも僕は養子で」
「関係ないよ。君はジョシュア・ルイスだろう? 養子だろうがジョシュアは僕の従兄弟なんだ。もっと気楽に接して欲しいな。……そうだな、本当の兄のように慕ってくれるとこれ以上ないほど嬉しいんだけど。距離を縮めるのは少しずつでいいだろうし」
後半何故か早口になってしまった公子様の言葉を全て聞き取ることはできなかったものの、彼が自分に敵意を向けていない……むしろ好意を向けていることがわかった。
「さっき今日は来れて良かったと言っただろう? イヴに会うのはもちろん、ずっとジョシュアに会ってみたかったんだ」
「僕に……?」
「うん。僕には残念なことに兄弟がいないから」
「あ……」
「だから弟ってきっと、こんなに可愛いんだろうぁって。後姿を見ながら思っていたんだ」
公子様という人がわかるわけではないのだが、にこにこと笑顔を浮かべながら話してくれる姿には、段々と警戒心が薄れていった。
「だからもしよかったら、なんどけど……名前で呼んでくれると嬉しいな」
「あ……」
公子様。そう呼んでいたことが、失礼なのだということに気が付いた。
(た、確か姉様は……)
先程馬車で迎えた時、姉様がなんと呼んでいたか思い出す。そしてぐっと意を決すると、公子様の目を見つめて告げた。
「ス、ステュアート、お兄様」
「!」
少し歯切れの悪い呼び方になってしまったものの、自分なりに頑張って呼んだつもりだった。
「……ジョシュア」
「は、はい」
「困ったことがあったらすぐに頼ってね。僕が何でも解決するから」
「あ、ありがとうございます……」
公子様――ステュアートお兄様の笑顔はこれ以上ないほどに輝いていたのだった。
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