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03.お金は推しのために使うべし! 前

 私は取り急ぎ自室に戻って、来客用の格好に着替えた。そして再び急ぎ足でお母様の部屋へと戻った。


「……お母様、これは?」

「イヴちゃん! 見て、どれも素敵だと思わない?」

「ルイス夫人、そちらもお似合いにございます!」

「ふふっ」


 部屋の中には大量に並べられたドレスと、それをお母様に勧める女性がいた。やり取りを少し黙って見てわかったことがある。


(浪費の原因、こいつか!!)


 それは女性がなんでもかんでもお母様に押し売りをしていたのである。


「ルイス夫人! そちらもまぁよくお似合いですよ!」

「そうかしら!」

「…………」


 やり取りと並んでいる大量のドレスを見て違和感を抱いた。


(あれ……? この世界で上流階級は仕立て屋を呼んで一から作らせるんじゃないの?)


 それはかつてプレイした乙女ゲーム『宝石に誓いを』で得た知識だった。そこに出てくる公爵令嬢達は既製品は決して着ずに、要望を仕立て屋に告げるやり方だったのだ。だからこそ、母が既に作られているドレスを見ているのには違和感があった。


(……考え過ぎかな。仕立てを頼んだ結果、今日持ってきたのかもしれないし)


 それにしても部屋の中にあるドレスの量が多すぎて、とても仕立てたものとは思えなかったのである。


「奥様。こちらの薄い青いドレスなどいかがでしょうか?」

「まぁ素敵」

「こちら、奥様のために持って参りました」

「そうなの? 着てみても良いのかしら」

「もちろんですよ!」


 上手く誘導していく姿はもはや販売員にしか見えなかった。ただ言葉の端々から感じたのは、女性は仕立て屋ではなさそうということだった。


(はぁ……………)


 私は母の乗せられやすい所を目の当たりにしてため息をついた。頭を手で抑えながら思考を加速させた。このまま黙って全てを購入させてはいけない。それでは以前のお母様のままなのだ。お母様とした“振り向かせる”という約束を遂行するためには、お母様を根本から変えなくてはならないのだ。そう強い意志を抱きながら、最善策を必死に考え抜いた。


(……うん。取り敢えず、この販売員を追い出そう)


 そう結論付けると、私はお母様に子どもらしく話しかけた。


「とても素敵な青いドレスですね、お母様!」

「ありがとう、イヴちゃん」

「私もお母様のような素敵なドレス、着たいです……」

「!」


 照れ臭そうに言ってみれば、お母様の耳にしっかりと届いていた。


「もちろんよ……! ねぇ、貴女。娘に合うドレスを持ってきてもらえるかしら?」

「も、もちろんです、夫人!! 少し時間がかかりますが、お待ちくださいっ!!」

「よろしく頼むわ」


 光の速さで商人は部屋を後にした。娘にもドレスを売り付けて儲かると思ったのだろう。一度お店に戻るようだった。


 商人がいなくなってもまだ、お母様は新しいドレスを眺めていた。そのドレスと母の間をさえぎるように、お母様の前に移動した。


「イヴちゃん……?」

「お母様。とても素晴らしいドレスばかりですね」

「そうでしょう?」

「はい。ですが……失礼ながら、先週もご購入されていましたよね?」

「え? ……そうね」


 それがどうした、という顔で答えるお母様にどうか私の言葉が届くようにと願いながら発した。


「その購入されたドレス、全てに袖は通されましたか?」

「えぇと……半分くらい、かしら?」

「何度ほどでしょう」

「全て一度だけどーー」

「なんってもったいない!!」


 お母様の言葉をさえぎりながら、私は熱意を込めた声で反応した。


「も、もったいない……?」

「そうです! いいですか、お母様。今お母様はご自分に大量のお金をかけていらっしゃいますね?」

「もちろんよ」

「それだけではいけません!」

「えっ」

「推し活は、推しに貢ぐことを言うのです!!」

「み、貢ぐ……?」

ポカンとするお母様を置いて、先程置いていった黒板を引っ張って持ってきた。もちろん椅子にも手を伸ばせば、今度はお母様が手伝ってくれた。


「ありがとうございます」

「じゅ、授業の続きよね」

「その通りです」


 察しの良いお母様は、自分用の椅子もさっと持ってこられて、私と対面するように座った。

 そして私は改めてお母様に、貢ぐとは何かについて語り始めるのだった。


「貢ぐとは何か。それは言葉通り、推しにお金を使うことでございます」

「ユーグリット様に、お金を……」

「はい。確かに自分磨きは大切です。ですがお母様の場合、それは十分というほど行いました。これ以上は必要ないかと」

「そう、なのかしら」

「そもそもお母様には自分磨きが不必要なくらい、お美しいですから」

「や、やだイヴちゃん……」


 これはお世辞などではない。母オフィーリアの美貌は確かなもので、黙って大人しくしていれば儚く女神のように麗しい。簡単に言えば美女である。父もまた美形で、二人揃って並ぶと美男美女と迫力が凄い。


 そんな両親を持ったイヴェットも、ありがたいことに非常に可愛らしい顔立ちをしているのだ。血が少し遠いからか私達と似ていないが、ジョシュアの顔は精巧な作品といえるほど顔が整い過ぎている。


「ですので。これからは貢ぐ方に集中しましょう」

「……それはどうすればいいの?」


 お母様の問いに私は心を鬼にするのだった。 



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