40.返したい想い(ユーグリット視点)
嫌われている。
この考えは自分の勘違いだったのかもしれないーー。
そう思えるほどオフィーリアの想いが、言葉だけでなく目に見える形として自分の胸に響いていた。
狼のぬいぐるみを手に取る。
あまりにも精巧な作りで、オフィーリアが手作りしたことを驚いてしまうほどの出来栄えだった。
狼を私に見立てて作ったというオフィーリアだが、その理由がカッコいい姿が似ていると言われた時は恥ずかしくて、でも純粋に嬉しくなってしまった。
(ラベンダー……)
それは私がオフィーリアを想って初めて渡した花だった。
花を選ぶのは初めてで、どんな基準で選べばいいかわからなかった。それでもなんとか直感的にオフィーリアにラベンダーが似合うと思ったこと、そして何よりも自分の思いを込めていた。
(あの時は……オフィーリアと幸せを築きたい、そう思っていて)
ラベンダーの刺繡を前に、結婚前の感情を思い出していた。
(……その気持ちは今もーー)
美しく刺繍されたラベンダーは、不思議とあの日オフィーリアにあげたラベンダーそのものに見えてしまった。じっとハンカチを見つめていれば、オフィーリアはゆっくりと私の方を見上げた。
「……ユーグリット様。ここにあるものは全て、ユーグリット様を想って作ったものです。……普通、嫌いならそんな事しないと思いませんか?」
「そう、だな……」
その言葉は至極真っ当な意見で、大きく納得できるものだった。
(嫌いなら、確かにこんなに凝ったものは作らないだろう)
一つ一つ丁寧に作られたぬいぐるみやハンカチからは、嫌悪感というものは一切なく、むしろ温かな想いを少しずつ感じ取っていた。自分の中で固まっていた負の感情が、その温かな想いのおかげで少しずつ薄まっていっていた。
(オフィーリアの想いが本当なら私は……)
気が付けば手に力が入っていた。彼女の真剣な想いに答えなくては。そう思って口を開いたその時、部屋の扉が開かれてイヴェットとジョシュアが紙を持ってやって来た。
「お父様、お母様の推し活はそれだけではありませんよ!」
「お、おしかつ……?」
イヴェットのいう言葉はわからなかったものの、二人は私に紙を渡してくれる。
それは、とても繊細に描かれた肖像画だった。
(これまた上手い……)
イヴェットは絵を渡してから説明をしてくれたのだが、感覚的にその絵はオフィーリアが描いたものだとわかった。
イヴェットとオフィーリアが二人何か話している間に、思わず絵に見入ってしまった。
(これは恐らく全部私、だよな?)
あまりにも美麗に描かれているので、一瞬誰を描いているか戸惑ってしまうほどだった。一枚一枚じっくりと見ていく。
(……オフィーリアの言う通りだ。嫌う人間に、ここまで労力を割く理由はない。この行動原理は嫌いよりもむしろーー)
そこまで考えに至って、顔に熱を感じ始めてしまった。オフィーリアの言葉が本当なら、私は嬉しくて、嬉しくて仕方ないから。鼓動が段々と早まるのを感じていた。
「も、申し訳ございませんお母様。まさかそこまでお嫌だったとは」
「あ、あれは、その。私の頭の中みたいなものだから……!」
二人の明るいやり取りはわからなかったものの、見ているだけなのに何故か微笑ましく思ってしまった。特にオフィーリアが顔を真っ赤にしながらも娘のイヴェットを窘める姿が、強く印象的に映った。
(……親子、だな)
視線を絵に戻して、ジョシュアからもらった絵も見始める。オフィーリア本人は恥ずかしがっていたが、ここまで来たら見ないでいた方が何か誤解を生んでしまうと判断して手を動かした。
「……!」
最後の一枚。
そこに絵は描かれてなかった。真っ白な紙かと思えば、下の方に小さく文字が記されている。
『お父様、頑張ってください』
『お父様ならできます! だからどうか弱気にならないでください。お父様はもっと自信を持ってください。応援しております』
それは間違いなくジョシュアとイヴェットが書いたメッセージだった。反射的にジョシュアの方を見れば、こくりと頷いていた。
(……ありがとう)
二人の小さな手によって背中が押される。それはとてつもない威力があった。思わず表情が崩れたところで、ジョシュアがイヴェットのドレスの裾を引いた。
「姉様」
「! 行きましょう、ジョシュア」
「あ、イ、イヴちゃん! まだ話は終わってーー」
「ごめんなさいお母様。後で聞きますので!」
「イヴちゃん……!」
そう言い残すと、イヴェットはジョシュアの手を引いて部屋から退出していった。オフィーリアはその後姿に手を伸ばしながら、困惑の表情を浮かべていた。
(……そんな姿も、全部好きなんだ)
困惑するオフィーリアの手にそっと触れた。
「!!」
「オフィーリア」
「ユ、ユーグリット様」
しっかりと向き合うと、オフィーリアの瞳をじっと見つめた。
「オフィーリア。君の想いを疑ってすまない」
「え、えぇと」
「オフィーリアの言う通りだ。嫌いな人間に、こんな時間は割かないし、こんなに手の込んだものは作らないだろう」
「……はい」
オフィーリアがゆっくりと頷いてくれる。
「……すまない。私が考え過ぎるあまり、君の想いを一つも汲み取れなくて」
「そ、それは。私に非がございますので」
「いや。私も伝えるべきだったんだ」
「え?」
そっと一歩足を踏み出して、オフィーリアに近付いた。
「オフィーリアが毎日朝書斎に来てくれるのを心待ちにしていたことも、オフィーリアの優しい字を見るのが楽しみだったことも、君が毎年くれる贈り物は心底嬉しかったことも……全て伝えるべきだった」
「ユ、ユーグリット様⁉」
それはずっと、伝えてこなかった心の奥底にあった本当の想い。
「それは、まるで…………っ」
オフィーリアの声は少し震えていた。彼女がその先で何を言いたかったのか、未熟ながらにもわかった。触れた手を優しく引いて、彼女の腰にもう片方の腕を回した。
「オフィーリア。私は……いや、私もオフィーリアのことを誰よりも愛してる。この想いは君と出会ってから今日まで、一度も変わったことがないんだ」
「そんなことって」
「オフィーリアからすれば、ありえないのかもしれない。驚くのも無理ないと思う。だから今度は私が、オフィーリアに伝わるまで何度でも言う」
「ユーグリット様……」
「オフィーリア。昔も今も、オフィーリアしか見ていなかったんだ。これから先も、それは変わらない」
そっとオフィーリアの手を離し、髪に触れた。
「オフィーリア。私はオフィーリアのことを心から愛してる。この想いは誰にも負けない。……もちろん、君にも」
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