39.推し活で愛の証明を(オフィーリア視点)
ユーグリット様に好きと伝える方法は、未熟な私には言葉と態度しか思い浮かばなかった。どうにか届けたくても限界を感じ始めていた。
(駄目だわ……ユーグリット様に話せるような気持ちを作る練習はしてきたけれど、語彙力は磨いてこなかった……!!)
それでも諦めたくないと強く願えば、天使が私を導いてくれた。
「押して駄目なら推してみてくださいお母様!! 必ず振り向かせられます……!」
それは私にとって変化を生んでくれた原点であり、暗闇から救ってくれた最高の言葉。
イヴちゃんがその言葉に込めた思いと意図を感じ取った私は、力強く頷いた。
「そう、そうよね、イヴちゃん! ……押して駄目なら推してみるべきよね……!!」
イヴちゃんと頷き合うと、私はすぐにユーグリット様の方を見た。
「ユーグリット様、行きましょう!」
「え?」
「私の部屋に!」
「オ、オフィーリア⁉」
「さぁ、早く!」
そうと決まれば今すぐに実行しなければ。
私はユーグリット様の隣に急いで移動し、ユーグリット様の手を取った。
「ジョシュア、私達も!」
「うん?」
子ども達二人はどこかへと駆けていった。きっと先に私の部屋に行ったのだろう。そう思うと、私もユーグリット様の手を引いて自室に向かって歩き出した。
鼓動の動きが早くなりながらも、繋いだ手は温かかった。
足早に向かいながら、私は自分の推し活を整理していた。
部屋に着き扉を開く。
そこには、私がユーグリット様の色で染めた空間が広がっていた。
「これは……?」
部屋の中に子ども二人はいなかったものの、私はユーグリット様を部屋の中に引き入れる。先程よりも距離が近いのにもかかわらず、不思議と緊張はしていなかった。
ただ届けたくて。
その切実な気持ちを胸に、グッズを並べた棚へと案内した。
「ユーグリット様。私は本当にユーグリット様を想ってまいりました。その想いを形にしてみたんです」
「形に……?」
「はい。ここに並んでいるぬいぐるみや刺繡入りのハンカチ、実は私が作っていて」
「これをオフィーリアが……?」
驚きながらも、まじまじと推しグッズを眺めてくれる。
「このぬいぐるみもオフィーリアが作ったのか……?」
「は、はい」
「凄いな……」
「どうぞ手に取ってみてください」
そう言うと、少し戸惑いながらもぬいぐるみに手を伸ばした。その瞬間、触れていた手も離れてしまう。
(あ……)
離れる手を寂しく思ってしまった。
ユーグリット様はそっとぬいぐるみを取ると、両手で優しく持ち上げた。
「狼?」
「あ……狼は私がユーグリット様に似ているものとして選んだもので」
「私が、狼」
「はい。私の中でユーグリット様は狼のように凛々しくて、非常にカッコいいところが似ていて。だから選んだのですが……」
「カ、カッコいい」
「ユ、ユーグリット様はカッコいいです」
大切なことは二度言う。そうする方がユーグリット様により伝わると思ったから。
ユーグリット様の顔をそっと見れば、頬が少し赤くなっていた。
「……刺繡もオフィーリアが」
「は、はい。まだ不出来ですが」
「これはもう売り物の完成度じゃないか……?」
(う、売り物……‼ ユーグリット様に褒められると嬉しすぎて顔が赤くなってしまうわ)
片手で頬に触れながら、どうにか熱を下げようとした。
「ラベンダー……」
「……」
(……ユーグリット様は覚えていないと思うけど)
ラベンダー。それは私の思い出の花だった。私がユーグリット様の推し色に青色ではなく紫色を選んだ理由もそこに詰まっていた。
(私がユーグリット様に初めてもらったお花……)
もう十年以上前の話になるが、あの時もらったラベンダーは栞にして今でも保管しているのだ。
「……ユーグリット様。ここにあるものは全て、ユーグリット様を想って作ったものです。……普通、嫌いならそんな事しないと思いませんか?」
「そう、だな……」
(……揺らいでいる!)
先程の言葉の時では見られなかった表情を、推しグッズを通して見ることができた。
推すことで愛の証明をーー。
イヴちゃんが導いてくれた方法は、かなりの力があったようだ。
(次はどうしましょう)
部屋を紫色で揃えている理由を話そうと思った瞬間、部屋の扉が開かれた。
「お母様、お父様!!」
「イヴちゃん、シュアちゃん」
振り向けば、二人が何かたくさんの紙を持って立っていた。
「お父様、お母様の推し活はそれだけではありませんよ!」
「お、おしかつ……?」
ユーグリット様からすれば初めて聞く言葉なので、困惑気味にイヴちゃんの言葉を聞き返していた。
「推し活、すなわち愛です。お母様の愛は、刺繡入りのハンカチや狼のぬいぐるみだけではないということです!」
そう言いながら、二人は私達の元へと駆けてきた。
(イヴちゃんとシュアちゃんは何を持ってきてーー)
そう推察するよりも先に、二人が手にしている紙がユーグリット様の手に渡る方が先だった。
「お父様これをご覧ください。嫌いな人をこんなにも素敵に、かっこよくなんて普通描きません!!」
「イ、イヴちゃん!! どうしてそれを……⁉」
イヴちゃんの自慢げな声よりも、私の驚いた声の方が部屋の中で大きく響いてしまった。
二人が持ってきたのは、私が描いたユーグリット様だった。しかしそれはフォルノンテ公爵邸に置いてきたはず。
(あ、あれはユーグリット様の練習台の代わりに描いたもので……本番には必要ないと思って置いてきたはずなのに!)
なんなら捨てようと思って処分したはずだった。
「申し訳ございません、お母様! 置いていくにはあまりにももったいなかったので。勝手に拝借してしまいました……!」
「イ、イヴちゃん! ひ、人のものを、勝手に持ってきちゃいけません……!」
まさか本人に見られるとは思ってもおらず、恥ずかしさのあまり、顔は隠しようのないほど赤くなっていたのだった。
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