34.子どもなので悪いことをします!
姿を現したお父様は、お母様と目が合って固まってしまった。
「…………」
「…………」
二人の間に沈黙が流れる。お父様の表情筋は相変わらず動かず、何を考えているかはわからなかったが、お母様が緊張のあまりに固まっていることだけはわかった。
よく観察してみると、お父様は外出用の服に着替えており、これからどこかに出かける状態であるのが明らかだった。
(でも、それにしてはあまり整ってない気が……急いで準備をしたというか、何か焦っていたみたいな)
そう考えている間に、お父様の表情がほんの少し動いたのを私は見逃さなかった。
(…………これは、安堵?)
まるで安心したような表情の緩み方は、お母様の帰りを心配していた人にしか見えなかった。取り敢えず違ったとしても、私は緊張するお母様の代わりにお父様に声をかけた。
「……わぁ! お父様わざわざお出迎えしてくださったんですか?」
「あ……あぁ」
「ありがとうございます……! お母様、中に入りましょう。外は冷えますから」
「……えぇ」
ぎこちない二人の雰囲気を感じながらも、取り敢えずは屋敷の中に入ることに成功した。すると、入った瞬間に私はジョシュアの抱擁に迎えられた。
「姉様……!」
「ジョ、ジョシュア」
突然抱きしめられたので動揺してしまったが、その行動が寂しいものから来ているのを察すると、恥ずかしさよりも申し訳なさと可愛さで心が埋まってしまった。
「おかえり、ずっと待ってたんだよ」
「ただいま。ごめんね、一言伝えられればよかったのだけど、急なことも重なって」
「いいよ。帰って来てくれただけで満足だから」
そう微笑む天使と和やかな空気を作る一方、両親の方に視線を向ければ、相変わらず沈黙したまま二人で立っていた。
(どうしよう。……そうだ、お夕飯の話をーー)
お母様への助け舟を出そうとした瞬間、お母様は少し俯いていた顔を上げてお父様の目を真っすぐと見た。
「……ユーグリット様」
「…………あぁ」
「お話が、ございます」
「!!」
(お母様…………)
突然のお母様の申し出に、お父様の表情は今日一番動いていた。申し出をする声はどこか震えているようにも見えたが、眼差しは真剣そのものだった。
「それは……今でないと駄目なのか」
「!」
動揺しながらも返って来た言葉に、今度はお母様が目を見開く番だった。一瞬動じたお母様だったが、引き下がることはなかった。
「はい。今でないと駄目です」
「…………そう、か。わかった。場所は私の部屋で構わないか?」
「もちろんです……!」
勇気を出したお母様の申し出は受け入れられた。それに対する安堵の声が、私の胸まで響いた。早速二人が移動する中、トーマスは私とジョシュアに夕飯に関して尋ねた。
「お嬢様、お坊ちゃま。夕食はいかがいたしましょうか」
「お母様とお父様と一緒に食べるわ!」
「僕も」
「かしこまりました。では少し早いですが準備を進めますね」
「ありがとう、トーマス」
トーマスが厨房の方に向かうのを見ると、私はどうするか悩んだ。正直お母様への不安は募るばかりだった。恐らくお茶会の許可についての話だと思ったが、推しを前にしてお母様がしっかりと伝えられるか心配しかなかったのだ。
「どうする姉様?」
「え」
「お母様とお父様が気になるんでしょ? こっそり見に行く?」
ジョシュアの提案は凄く受け入れたいものだった。しかし、それをしていいのか理性と戦ってしまう。
「……駄目よそんなーー」
子どもみたいなこと。
そう言いかけた瞬間、私はステュアートお兄様の言葉を思い出した。
「……そうねジョシュア。たまには子どものような悪いことをしても怒られないわよ。見に行きましょう」
「意外。断られると思ったけど」
「これは最後まで見届けないと……でも、ジョシュアは無理に悪いことをしなくていいのよ? ジョシュアまで怒られるのは」
「ううん。悪いことなら一緒にしないと」
「ジョシュア……ありがとう。じゃあ早速行きましょう!」
こうして私とジョシュアはお母様とお父様のやり取りを覗き見ることにした。
「それにしてもお父様、どうして今話を聞きたくなかったのかしら……」
「あぁ。あれは単純に夕食を先にした方がいいっていう意味だったんじゃないの? もうそういう時間だったし」
「……なるほど」
ジョシュアの方がやはりお父様の感情を読み取るのが優れているように思うのだった。
お父様が私の部屋と言うので寝室かと思えば、まさかの書斎だった。書斎の扉をバレないように少しだけそっと開ける。ジョシュアと二人、隙間から中の光景を覗き始めた。
二人は既に座っており、向かい合う形で沈黙していた。
「……話、というのは」
「は、はい」
(頑張って、お母様…………!)
たかがお茶会の許可かもしれない。だけど、お母様からすればそのハードルはかなり高いものなのだ。深呼吸をするお母様が見える。心なしか、お父様まで緊張しているように見えた。
「……ずっとお伝えしたかったことにございます」
「!」
(…………ん?)
ずっとお伝えしたかったこと。この一言で、私は何か思い違いをしていたことに気が付いた。
「ユーグリット様。……私、オフィーリアはずっと……ずっと、ユーグリット様を…………お慕いしております。この気持ちは今も変わることなく、これから先も変わらないです。……どうかその想いを、お伝えしたくて」
「「「!!」」」
お母様は震えながらも、お父様へ想いを伝えきった。
お母様の告白は、部屋の外でこっそり聞いていた私とジョシュアまで驚くものだった。告白を受けたお父様に関しては、珍しく目を見開いていた。言葉を失ったお父様と、恥ずかしさから少し俯いてしまうお母様。未だ衝撃の余韻が消えない私とジョシュアの構図が出来上がった。
しばらくの間、沈黙が流れる。
ようやくお父様が動いたかと思えば、お父様も衝撃的な発言をこぼした。
「オフィーリアは……私のことが嫌いではなかったのか…………?」
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今までは一日二回更新を行ってきたのですが、明日より一日一回更新とさせていただきます。時刻は夕方を予定しております。
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