幕間 姉を待つ義弟
姉様にもらった眼帯は凄く丁寧に作られており、付け心地や使い心地は一つも文句がなかった。
鏡に映る眼帯をつける自分は嬉しそうに笑っていた。
姉様は不思議だ。姉様のおかげで、僕はどんどん鏡が好きになっていく。
瞳の違いを褒めて、見るたびにおびえるのではなく嬉しそうに見つめてくれたことも、この眼帯もくれたことも。全ては姉様のおかげで、僕は自分の瞳が嫌いじゃなくなっていった。
「…………姉様まだかな」
今日はお母様のお茶会について行く形で外出をしてしまった姉様。思えば、姉様がこんなにも長時間屋敷を離れるのは初めてだったと思う。
とにかく、今は姉様の帰りを楽しみにして自分のやるべきことを頑張ろう。
そう思えたのも午前中だけ。楽しみに待つ時間の範囲を越えている。やるべきことを終えてしまうと、ずっと窓の外の門を見てしまっていた。
「姉様、まだかな」
窓に張り付きながら、門の先まで見つめる。まだかまだかと思いながら、一点を見つめていた。
待つこと一時間、ようやく門の向こうに馬が見えた。
「……来た!」
その馬を見た瞬間、よく確認せずに部屋を飛び出す。
一人部屋で喜びながら、姉様とお母様の二人を迎えに行こうと玄関に足早に向かった。
二階の自室から玄関は少し遠く、僕が玄関に到着する頃には玄関に二人が入っているようだった。
「あ、トーマス」
視界にはトーマスだけが映る。
トーマスに先を越されてしまったが、特に気にせずに近付けば、そこに姉様とお母様はいなかった。
「……?」
玄関にいたのはトーマスと、見慣れない男性が一人。彼はトーマスに一つの手紙を渡していた。
(……夜会の招待状、とかかな?)
観察しても手紙の詳細はなんだかわからなかった。しばらく隠れてやり取りを見ながら、男性が帰るのを待った。
(トーマスが会釈をしてるってことは、対等な関係……)
その情報だけでもなんだかわからなかったので、そっとトーマスに近付くことにした。
「トーマス」
「おや、坊ちゃま」
「その手紙は?」
「フォルノンテ公爵からですね」
「フォルノンテ公爵って……お母様のご実家の?」
「左様です」
フォルノンテ公爵。
度々忘れるが、お母様のオフィーリア・ルイスは公爵家の血が流れているのだ。最近見た母の姿と言えば、ケーキを頑張って焼く姿。……うん。とても公爵令嬢及び侯爵夫人には見えない。
(……お母様も僕の瞳を怖がらなかった珍しい一人なんだよな)
それは最近のどこか不思議なお母様である前の話。
僕がルイス侯爵家に来た当時、正直公爵家出身の高位貴族になんて嫌われるとばかり思っていた。侯爵という高い地位の両親がそうだったから。
でもお母様は一切動じずに「これからもよろしくね」と微笑みかけてくれたのだ。
その時思ったのは、姉様に中身までそっくりな人だということ。
今では親子そろって色々としているが、それが僕を含め屋敷全体で微笑ましく見守っていることを本人たちは知らないだろう。
「珍しいね。フォルノンテ公爵家が主催で夜会でも開くの?」
「いえ。どうやら奥様はお嬢様と共に本日はフォルノンテ公爵邸に滞在されるとのことで」
「えっ」
まさかの帰ってこない事実に、衝撃を受けながら落ち込んでしまった。
「……急な話だね。二人はお茶会に行ったんじゃなかったの?」
「そのはずですが……どうやら、公爵家でどうしてもやりたいことがあるのだとか」
「どうしてもやりたいこと?」
「はい。それ以上は言われませんでしたね。中には書いてあるかもしれませんが」
「読みたい……!」
そのやりたいことが不確定すぎて、姉様がどうしているのか想像つかなかった。それに嫌な予感がした。明日にも帰ってこない気がしたのだ。
「旦那様宛ですのでーー」
「僕が持って行ってもいい?」
「もちろんにございます」
「ありがとう、トーマス」
フォルノンテ公爵からお父様宛の手紙なら、僕に封を開ける権利はない。ただ一秒でも早く読みたかったので、急ぎお父様の部屋へと向かった。
「失礼します。お父様」
「……ジョシュア。どうした?」
「フォルノンテ公爵からお父様宛にお手紙です」
「手紙……?」
「どうやらお母様と姉様がフォルノンテ公爵邸に滞在されるようで」
「…………」
相変わらず無表情なお父様だが、手紙を受け取るとすぐに開けてくれた。少し経ってから、そっとお父様に中身を尋ねた。
「……何て書いてありますか?」
「オフィーリアとイヴェットは本日公爵家に滞在する。理由としては、急用を片付けるためとのことだ」
「急用……」
そう聞いた瞬間、先日のドレス店のことを思い出した。
(それにしても泊まるだなんて急だな……お茶会で何かあったのかな。だとしたら言葉通り問題を片付けると仮定して…………それってかなり時間がかかるんじゃないかな? それなら明日はーー)
「……どうしよう、帰って来なかったら」
さすがに二日も姉様と離れるのは寂しい。
自分でも無意識に呟いていた。その瞬間、ガタンッ! と大きな音がした。驚いて顔を上げれば、どうやらお父様が机の上にあった本を落としたようだった。
「大丈夫ですか?」
「あ、あぁ。問題ない……」
整理でもしようとしたのだろうか。そう片付けると、手紙の内容を知れた僕はお礼を告げて書斎を後にするのだった。
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