27.いらない奇跡と子どもの私
婚約の裏側を聞いてからは、上手く笑顔を保っていられたかはわからない。
伯父様から話を聞き終えたところで、しっかりとお礼を伝えてからステュアートお兄様と共に退出した。
(……じょ、状況を整理しないと)
考え込みながら、お母様の部屋に戻ろうと歩き始めた。
伯父様の話では、お父様から先にフォルノンテ公爵令嬢であるお母様に婚約を申し込んだ。その時、お母様から婚約を申し込むようお願いされたお祖父様は、断る理由もなく承諾したのだ。
――二人は相思相愛だと思い込んで。
だから伯父様も二人は上手くいっていると信じて疑わない上に、お父様を信頼し続けている。けれどもお母様は申し込まれたことを知らない。それ故に、負い目を感じているのだ。
いらない奇跡。
お父様が婚約を申し込んだ時期がずれていれば。お母様がお祖父さまにわがままを言う日々がずれていれば。
お互いが婚約を申し込んだという事実を知ることができたのではないか。そうすればまた、二人の関係は変わっていたかもしれない。
(でも待って。状況が奇跡的に噛み合ってしまっただけで、まだお父様の想いはわからない気がする)
こんなことを言ってはいけないが、伯父様のいう「どうやら心底惚れていたようでな」という言葉はあくまでも、伯父様の推測に過ぎないから。
(でも確かに、お母様からお願いされたタイミングで婚約を切実に申し込まれれば、好意があるのだろうと思ってしまうだろう)
そもそも“分不相応ではありますが”という言葉は、お父様自身のことを指しているのか、それとも侯爵家という身分のことを指しているのか……。明言はされていなかった。
(それに、婚約の申し込みならお父様のお父様……お祖父さまがした可能性もある。……あぁ、わからないわ)
新しい情報を手にしたというのに、沼にはまってしまった感覚。どう思考を巡らしても納得のいく答えにならなかった。
(…………はぁぁぁ。結局お父様の想いはわからずじまいなのね)
心の中で大きくため息をつくと、ステュアートお兄様は「イヴ。叔母様の部屋はこっちだよ」と言って手を引いてくれた。考え込み過ぎたせいで前が見えておらず、このまま進めば壁にぶつかりそうになっていた。
「あ……ありがとうございます、ステュアートお兄様」
「凄く難しい顔をしているね」
「……すみません、黙り込んでしまって」
「いいんだよ。ただ気になっただけ。こんなに小さな頭で何をそんなに悩んでいるのだろうって」
どこか心配そうに頭を撫でてくれたステュアートお兄様は、中腰になって私の目線に高さを合わせてくれた。
「イヴ。難しく考えている時は、事実だけを見ればいいと思うよ」
「事実、ですか?」
「うん。例えば、叔母様の結婚は一方的な婚約ではなかった。そして叔父様からも打診は来ていたね」
「来ていました」
ステュアートお兄様は、一つずつ丁寧に紐解いてくれた。
「つまり、少なくとも叔父様は嫌で結婚してはいない。自分の意思で婚約を望んだ可能性が高いのなら、叔母様は負い目に感じる必要はないということだね」
「必要ないですね」
「あとわからないのが叔父様の気持ち、という訳だけど」
「……わかりません」
結局、伯父様の話を聞いてもわからなかった。これ以上どうすればいいか悩んでいたのだ。
「こういうのは本人に聞くのが一番手っ取り早いんだけどね。それができたら苦労しないし、あまりに直球的に聞くと、本心を聞き出せなくなる」
「あ……」
「だから少し遠回りをして聞き出すのがちょうどいいんだけど……そうだなぁ。ここはイヴが子どもらしく怒ってみるのもいいんじゃないかな?」
「私が怒る?」
子どもらしく怒る。その意図が一度聞いただけでは理解できなかった。
「喧嘩したんだよね。それなら、どうしてお母様を泣かせるのと追及するのも一つの手だよ。それであわよくば聞き出す、みたいにね」
「…………それなら、聞き出せますかね?」
お父様の気持ちはお父様にしかわからない。それならやはり、本人に聞く他ないのだ。だからこそ、ステュアートお兄様の提案は試してみる価値が十分にあった。
「うん、聞き出せると思うよ。ちなみにこれ、百発百中なんだ」
「え……まさかステュアートお兄様が試したことが?」
「ううん。お母様がお父様にね。失敗したことないから、いけると思うよ」
「さすがシルビア様……!」
公爵夫人を務めるシルビア様は凄く逞しいお方。そのシルビア様のやり方なら、私がやっても大きく失敗することはなさそうだ。
「こんな提案をしたけど……イヴ。僕が言いたいのはね、君はもっと歳相応の振る舞いをしてもいいということだよ。イヴはまだ九歳だろう? それなのに大人のように解決策を目指さなくてもいいんだよ」
「大人の解決策……」
「そう。たまには九歳の子どもらしい姿を最大限に活用して、わがままを言っても許されると思うよ」
ステュアートお兄様の言葉は私に深く突き刺さった。
そうだ。私はずっと、お父様とお母様の関係をどう解決すべきか悩んでいた。二人への配慮を考え、難しく嚙み合った状況をどうすべきかまで、色々と考え込んでいた。
でもそうだ。
私はまだ子ども。
九歳の子どもなのだ。
「ステュアートお兄様」
「うん」
「……私、子どもの特権使ってみたいと思います」
「今まで使わなかった分、存分に使うといいよ。イヴはよく頑張っていると思うから」
解決の糸口をもらえたことで、私はやる気に満ち溢れていた。ステュアートお兄様は、微笑みながら背中を押してくれたのだった。
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