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13.推しの生誕祭です! お祝い編

 

 穏やかな空気の中、扉の向こうからお母様の声が聞こえた。


「イヴちゃん、シュアちゃん! ごめんなさい扉を開けてもらえる?」


 そうだ、お母様はケーキを持っているので両手がふさがっているのだ。急いで二人で扉に向かい開けると、そこには顔をほんのり赤くさせたお母様が立っていた。


「お、お母様? どうかなさいましたか?」


 扉を開けると、顔の赤いお母様が立っていた。


「まさか走られたんですか? 大丈夫ですよ。まだ日にちが変わるまでには……あと五分ですね急ぎましょう」

「い、急がないと!!」


 ケーキ両手に小走りで机に向かうお母様。その後ろを、子ども二人で追った。


「慌ただしいね」

「そういうものなのよ」


 何せ、あと五分もすれば推しの誕生日になるので。


「えぇと、花はここにおいて。ケーキは真正面。飲み物は隣で……どうかしら、イヴちゃん!」

「とてもお綺麗です!!」

「凄いな……」


 お母様の両脇に二人並ぶと、三人でケーキを眺めた。そして十二時ちょうどを迎えた。


「はっ……!」

「お母様どうぞ、お祝い事を」

「ユ、ユーグリット様!! 三十四歳のお誕生日おめでとうございます……!! 生まれてきてくださり本当にありがとうございます!!」

「「おめでとうございます」」


 私達の熱量はお母様ほどではなく静かなものだったが、心はこもっていた。


「……イヴちゃん」

「はい」

「幸せね。こうやってお祝いできるのは……」

「!」


 ケーキから視線を外さずに、でも笑みをこぼしたお母様。


「お母様。また来年もお祝いしましょう。来年はもっと素敵なケーキが作れると思いますよ」

「!」


 私としては何も考えないで思ったことを口に出しただけだったので、驚いた表情でこちらを向くお母様に目をぱちくりとさせてしまった。


「そうね……来年も。……来年も一緒にお祝いしてくれる?」

「もちろんですよ」

「シュアちゃんは?」

「参加します」

「……ふふっ。凄く嬉しい」


 お母様はこの上ない幸せそうに微笑みを深めた。私が単純なのかもしれないが、それが嘘偽りない心の底からの笑顔に思えてしまった。


「……あ。イヴちゃん。お祝いした後は自分達で食べて良いのよね?」

「もちろんです」

「味に自信はないのだけど……二人とも食べる?」

「そのつもりで食器借りてきました。三人分」

「シュアちゃん……!」


 余程お腹が空いていたのか、食べる気満々の姿を見せていた。早速三人で和やかにケーキを食べ始めたところで、私は気になることをお母様に聞いた。 


「そう言えばお母様……扉を開けたとき顔が赤かったですけど、何かありました?」

「あぁ、赤かったですね」

「あっ…………」

(もしかして、聞かれたくないことだったかな)


 お母様は食べる手をピタリと止めてしまった。しかし、不機嫌になることなくむしろ恥ずかしそうに教えてくれた。


「じ、実はね……厨房でユーグリット様にお会いしたの……」

「ええっ!?」

「へぇ」


 予想もしなかった展開に、私は驚きのあまり立ち上がってしまった。


「お、お母様。お会いしてどうされたのですか?」

「ケ、ケーキを見られてしまったの。それは何かと聞かれたから、ユーグリット様の為に作ったケーキと答えてしまったのだけど……今思えば答えるのもご迷惑だったかしら」

「答えるくらいは問題ないでしょう。会話ですから」

「で、でもシュアちゃん! 相手が望んでなければ迷惑よ!?」

「いや、話しかけられていますから……」


 冷静なジョシュアの返しにも、お母様は顔を赤くして頬を手で覆いながら話続けた。


「で、でもねイヴちゃん。ご迷惑にならないこと。私これを真面目に考えて、ケーキは自分で食べると断言して視界に入らないよう急いで部屋に向かったの……!」

「さ、さすがですお母様!」


 考えもしなかった遭遇に、私も酷く動揺しながら返答していた。それでも疑問に思ったことは自然と言葉にする。


「……ですがよろしかったのですか? せっかくお父様と話せる機会だったのに」


 不安げにそう尋ねれば、返ってきた反応は思いもよらないものだった。


「は、話せなかったの……」

「え?」

「ユーグリット様が輝きすぎて、美しすぎて……緊張してしまって話せなかったの!!」

「「…………」」


 顔をさらに真っ赤にさせたお母様は、ぎゅっと目をつぶりながらそう語った。驚く私と対照的に、ジョシュアは理解できそうにないという表情だった。


「それにね、何だかその神々しさを前にした瞬間、私なんかが話すのは到底恐れ多いと思ってしまって……! ユーグリット様はほら、神様でしょう? 視界に入るのも分不相応だと感じて急いで離れたの」

「…………」

(……お母様が立派なオタクになってる!!)


 私が口を押さえながらその衝撃を受けている隣で、理解を諦めたジョシュアはケーキを食べることを再開していた。


「お母様……それはもう推しに対する感情としては大正解ですよ」

「そ、そうなの?」

「はい。神々しさを感じるほど推しは素晴らしい訳です。美しすぎるほど最高な訳です!」

「そうね、そうだわ……!」

「この盛り付けのチョコレート美味しい」


 女性二人で盛り上がる中、ジョシュアは聞くことさえ諦めてケーキを食べていた。


「凄く嬉しかったわ。久しぶりにユーグリット様と話せて。……ほんの一瞬でも、幸せだったの。イヴちゃんありがとう」

「お母様……」


 こうしてお母様はまた、推し活のレベルが上がったのであった。そして立派なオタク化している点を見ると、精神的な面での心配は薄れていったのだった。


(でも………これでよいのかしら。推しという感情が芽生え花咲き始めたけど、そもそもを辿ればお母様とお父様は夫婦なのよね)


 お母様の“ユーグリット様を振り向かせたい”という願いは、まだ達成されていない。次なる目標を見つけると、達成すべくその方法を考え始めるのだった。




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