12.お母様という人
私達は、お母様の部屋へ到着した。
日が変わるような時刻であったため、部屋の中にも外にも人はおらず、さすがの侍女も寝静まっているようだった。
お母様が事前に用意した部屋の装飾を台無しにしないように、考えながら飲み物を配置していた。
「お母様ってさ、姉様のこと大好きだよね」
「えっ」
「そう思わない?」
「……仲は凄く良いと思うわ」
その問いかけには、自信を持って頷ける内容ではなかった。なぜなら、お母様の最愛はお父様だから。
(それに……私はお母様から一度も言われたことないからな)
聞く勇気もなかった。関心がないわけではないが、決まった答えが返ってきそうで。それなら曖昧なままが良いと思っている自分がいた。
そんな私の内心はさておき。
尋ねてきたジョシュアに疑問を投げた。
「どうしてそう思ったの?」
「いや……だってさ、姉様がお母様に提案していることってあまりにもその……普通じゃないでしょ」
「うっ……」
「でも、お母様を受け入れて楽しんでる。もちろんお母様自身が興味を持っていた、という考察もできるけど、こんだけ変わっていることは、姉様への情がないとできないと思ったんだ」
「…………」
ジョシュアの話を聞いて、お母様に対して抱いた違和感が膨れ上がっていくのがわかった。そしてそれは、知らぬ間に口に出していた。
「……お母様って、あんな人だったんだって思うことがあるの」
「それは僕も思う」
「お父様の背中を追いかけて、愛情表現を絶やさなかった」
「うん」
「……でもそれって、お母様なのかしらって」
「……というと」
私の提案を馬鹿にせずに乗ってくれたのは、ジョシュアの言う通り私への愛があって付き合ってくれているのかもしれない。興味を持ってくれたのかもしれない。けれどそれでも、腑に落ちないことが一つだけあるのだ。
「お母様って、私の言うことを聞く云々にとても乗りやすい人……騙されやすい人でしょう? でも突き詰めるとお母様は、あまり自分で考えて動いている人には見えないの」
「……確かに」
決して、お母様の人格を否定するわけでも性格に問題があるのだと言いたいわけではない。
「……私にはとても、今までの異常な行動をお母様が自分で行ったとは思えなくて」
「……誰かに吹き込まれた?」
自分の意思があまり見えないお母様。流されて、乗らされて、騙されやすい人。そんな人が、お父様への愛情が異常に芽生えたところで、多種多様な行動、それも嫌われるような行動のみを限定的に行うだろうか。
ずっと腑に落ちなかったこと。だけど、接してみてわかったこと。お母様は私と推し活を楽しむ今も、お父様に執着していた昔も、根本は変わらないのではないかということ。
その考えから、私の答えはかなり強固なものだった。
「私はその可能性があると思ってる。……というよりも、ほぼそれで間違いないかと」
「なるほどね……でもそれで納得できるね。誰かに教えてもらったからこそ……吹き込まれたからこそ、あんな強行手段を取れたんだと」
「……えぇ。お母様は良く言えば箱入り娘、悪く言えば世間知らずだと思うから」
それが良い悪い、というよりも利用されてしまった原因だという感想だ。
世間知らずだったからこそ、あることないこと吹き込まれて、普通なら善悪の区別がつくものができなかったのかもしれない。
(……お母様が優しいことは、私はよくわかってるから)
好意の押し付けは、もちろん度が過ぎると喜ばれない。お父様がお母様のことをどう思ってるかはわからないが、お母様にもしまだ奇跡的にチャンスがあるのなら。私はそれを一緒につかみたいと思ってしまうのだ。
「……過去の行いを消すことはできないわ。それでも、未来を変えることはできる。私はそのお手伝いがしたいの」
元々は、自分の死を回避するために始めたかなりぶっとんだ提案だった。けれども今は、その推し活のおかげで、お母様が心の底から笑ってくれている気がするのだ。
「……凄く良いと思うよ」
「ありがとう。……まぁ、私は何があっても結局お母様の子どもだからね。お母様の笑顔が見たいと思ってしまうのよ」
「その気持ちはわからなくない」
「でしょう?」
箱入りの、世間知らずなお母様。そんな母でも、私にとっては唯一無二の人だから。
「もちろんジョシュアのことも大好きよ」
「……ありがとう」
(長く過ごしている感覚が麻痺してきているけど、ジョシュアは私の推しなのよね……)
まじまじとジョシュアを見つめると、彼は目をそらしてしまった。
「きゅ、急に何。恥ずかしいからあまり見ないで」
「あっ、ごめんなさいね」
(そうか、ジョシュアもそんなお年頃よね)
微妙な空気が流れるかと思いきや、ジョシュアは一度深呼吸をしてこちらを向いた。
「実は姉様に伝えたいことがあって」
「うん。……あっ、この前頼んだこと?」
「それはあと少しだけ待って。別件なんだけど、ついこの前まで来ていたドレス専門店の話」
「あのお店ね」
頷きながら聞けば、どうやらジョシュアは私の疑問を拾って行動してくれていたのだとか。調査結果としては黒で、問題のあるお店だと教えてもらった。
「トーマスが二度とルイス家には来ないようにしたって教えてくれた」
「だから最近見なかったのね……」
お母様が呼ばなかったということもあるが、それでもあの販売員なら押しかけてきそうな勢いだった。
「……ありがとう、ジョシュア」
「ううん。当然のことをしたまでだよ」
そう謙遜しながらも微笑む姿は、まだ幼さが残っているように感じるのだった。
ここまで読んでいただきありがとうございます。
下の星の評価やブックマークをいただけると、励みになります!よろしくお願いいたします。