09.推しグッズを作りましょう!後
お母様の隠された才能を目の当たりにして、それまでの自分に対する考えが一つ変わった。
(……私、自分がグッズを作れて器用なのは前世の知識のおかげだとばかり思ってたけど、これはもしかしなくても遺伝の可能性高いわ。知識はあくまでも知識だから)
私が考えてる間にも、お母様は手を動かして刺繍を完成させた。
「たくさん作りましたね……」
「えぇ。……凄く楽しかったわ」
その言葉を待ってましたと言わんばかりに、私は推しグッズを作る意味について語る。
「お母様。今日作られたものを、是非お部屋に飾られてください」
「飾る……」
「今より更に多くのグッズを作って、お部屋を推しで埋めるんです」
「推しで埋める……」
「そんなことして何の意味があるの? そう思いますよね。これが意味があるんですよ」
「……どんな意味があるの?」
その言葉を待っていたといわんばかりに私は笑顔になった。真剣かつ力強い、でも優しい声色で答えた。
「ご説明させていただきます」
自分の作業を止めて、私は再び黒板に向かって図式を書き始めた。
「部屋が推しで埋まる。それはすなわち、私がそれだけ推しを愛していることの証明になります!」
「証明……」
「誰に対しての証明か? もちろん推しへの証明になる場合もありますが、今回はそこに焦点は当てません。誰にか。それはお母様ご自身にです。自分自身への証明にもなるのです」
自分の胸に両手を重ねて、穏やかな声色で続けた。
「私が一体どれだけ推しを愛しているのか、愛せるのか。その証明をすることで、気持ちが迷子になることはないでしょう。そして、推しを部屋で満たせたら、それだけ染まれていると言う証明にもなるのです。……誰に何と言われようと」
「!!」
好きの証明。
お母様は今まで何度となくお父様に愛を伝えてきただろう。それは言葉であったり、贈り物であったり……とにかく多種多様な方法で。
けれども、それに答えが返ってくることはなかった。恐らく一度も。
それならば最初から求めなくて良い。一方通行でいい。自分だけわかっていれば良いのだ。自分に好きの証明ができれば、愛する意味が生まれる。
「そんなの自己満足だ、そう考えてしまうかもしれません。……ですが! 自己満足でいいじゃないですか。自己満足最高ですよ。だってそれで満たされるんですから」
「イヴちゃん……」
答えを求めない愛の形もあるのだと、どうかお母様に気が付いてほしい。その一心で語り続けた。
「推すにあたって、推しからの答えなんていりませんし求めてもいけません。万が一にでも拒否をされてしまえば、その時点で推す気が、愛する気が失せてしまうのですから」
「…………」
「ですが、なにも言われていない内が花です。好きなだけ
「……好きなだけ」
お母様が食いついているのがわかった。
「その想いをグッズに募らせて、いっぱいにするんです。迷惑をかけずに、でも愛をひたすら追求する。これぞ推し活ですね」
(そのグッズを色々活用してこそ意味がある場合もあるけど、それはまぁまた別の話ということで……)
こうして語り終えると、お母様の方をそっと見つめた。お母様は、自分の作った狼の刺繍をゆっくりと撫でていた。
「……素敵ね、推すって。相手のことを想いそれを形にするのも、立派な愛よね」
「私はそう思います」
大切に、一つずつ募らせたその先に。
もしかしたらお母様の願う未来が来るかもしれないから。
少しの沈黙のあと、お母様は私の名前を呼んでくれた。
「………………イヴちゃん。私、刺繍だけじゃなくて色々なものを作りたいわ」
「是非ともやりましょう!」
「えぇ!」
その笑顔は今までに見たことのないほど爽やかで、何か吹っ切れたようなものだった。
「何からやりましょうか」
「全部教えてほしいわ」
「!! ……お任せくださいっ」
二人揃って胸の前に両手の拳を掲げながら頷き合った。そして私は自分が知る上で実現可能なグッズについて、全て教えたのであった。
◆◆◆
それから二ヶ月が経過した。
あれからというもの、お母様は着々とグッズ製作を続けて部屋を推し色で染めていた。その上意外なことに、寄付も欠かさず行い続けており、最近では自分でも理解できるようにと図書室から本を持ってきて勉強をしている。
これだけでも十分驚愕する案件なのだが、中でも一番驚いたのはこの二ヶ月の間、一度もドレスを新調しなかったことである。
元々お父様命だったお母様は、社交界のパーティーには必要最低限しか顔を出さなかった。お茶会などのご友人との交流に関しては、以前は頻繁に行っていたのに、今はまるで音沙汰がない。
(本人にそれとなく確認してみたら、今はお茶会よりもグッズを作る方が楽しいみたいなのよね……)
これを良い傾向とみるべきか、心配するべきかはわからなかった。ただ、お母様本人が凄く楽しそうにしているので、下手に口出すことはしないでおくことにした。
「見て見てイヴちゃん! ユーグリット様への想いを込めた狼のぬいぐるみを作ってみたの」
「これまたクオリティの高い……」
数をこなす内に、お母様の創作力も完成度も高まるばかりだった。その上センスもあるので、とてもおしゃれなグッズが並んでいる光景だった。
「次は何を作ろうかしら……!」
二ヶ月作り続けて、取り敢えず今のところは飽きてない様子なので見守ろうと思った。
「……はっ!!」
「!!」
穏やかな眼差しで眺めていた瞬間、お母様がぬいぐるみをポトリと落として固まった。突然の声に私も固まる。
「あ……ど、どうしましょうイヴちゃん」
「ど、どうされましたか」
慌てているか、酷く深刻そうな面持ちでこちらを見つめた。思わず唾をのみ込んでしまう。
「もう少しで……ユーグリット様のお誕生日だわ!!」
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