ミリエの好きな、ちょっとエッチな〇〇
ということで俺とミリエはお互い向かい合って席に座って本を読み始めた。
「……ん?」
視線に気づいて顔を前に向ければ、ミリエは俺と一瞬目が合って慌てて自分の本に目を落した。
俺はまた魔術書を読み始める。
おっ、この詠唱方法は面白い。そうか俺が使っている詠唱補助精霊。あれは複数の人間で詠唱を分担できる可能性も秘めていたのだ。だが人間同士ではお互いの連携が完璧でなくてはならず、あまり現実的とは思えない。結果は失敗に終わったようだが古代の魔術師たちはそうやって大魔法の詠唱に挑んだ過去があったのだ。
と、またしても視線を感じる。
顔を上げてみれば、ミリエが大慌てで下を向く。
「えっと……」
もしかして、俺、見られてる?
ミリエは本にしか興味がありませんよという真剣さで自分の本の文章に目を走らせていたが、さすがに偶然とは思えなかった。
おや?
ミリエの周りに積み上げられている本のうち、何冊かが背表紙を俺のほうに向けていないことに気付いた。
たしか最初この図書館に入ったときは全部同じ方向を向いて積まれていたはずだが……。
気になってその本に手を伸ばした。
「ああっ!?」
ミリエの悲鳴。
「えっ……」
背表紙の見えない本をすっと引き抜いて見てみれば、それはなんと恋愛小説のようだった。
「その本……その本は……」
ミリエは顔を真っ赤にしてプルプル震えていた。
まずい!
どうやらこれは俺に見られたくない本だったらしい。
俺は必死に言い訳を探す。
「別に女の子なんだからこういう本だって読むだろ。なにもおかしくないよ。むしろかわいいなって思うし、俺だって興味がないわけじゃ――」
そう言いながら何気なく本を開く。
ちょうど挟まれていたしおりに指が当たって、そのページが開かれる。
「こ、これは……」
そこには挿絵が描かれていたが、その絵は男女の恋愛の……とある場面を描いているもので。まあいわゆるベッドシーンというやつだった。
「いやああああああああっ!!」
ミリエの絶叫が図書館の部屋中に響き渡った。
俺はイスから転げ落ちて気を失ったミリエをなんとか抱き起こして、頭を打ったりしていないか確認した。
よかった。どうやら外傷はないらしい。
たんこぶのひとつでも出来てたら医師の下へ連れて行かなきゃいけなかった。
こうして待っていればじきに目を覚ますだろう。
俺は床に座り込んでミリエをひざまくらして、しばらく待っていた。
「ん……あれ……」
やがてぼんやりと目を覚ましたミリエは目をごしごしとこすって俺をまっすぐに見つめる。
「なんでクリスさん……夢?」
「夢じゃないぞ」
「ひゃあっ!?」
がばっと跳ね起きるミリエ。
「大丈夫そうだな。よかった。いきなり倒れたから心配したんだ」
「私なんで……えっと、クリスさんがあの本を……あの本!! あああっ!?」
ミリエは俺がまだ左手に例の本――恋愛小説を持っているのを発見。ものすごい勢いで奪い取った。
ミリエは両腕に恋愛小説を隠すように抱え込んだ。床の上に女の子座りにひざを曲げて、上目遣いに見つめてくる。ちょっぴり涙目だ。
「中身……見ました?」
「その……しおりが挟まってたから……すまん」
ミリエはふっと上体を反らせると、またしても倒れそうになる。
俺は慌ててミリエの体を支えた。
ミリエはうつろな目でぶつぶつとつぶやく。
「見られた……見られちゃった……」
「えーと……」
どうしよう……。
めちゃくちゃ気まずいぞ。
転生前なら規制が入るレベルでもない性表現。コンビニにすらもっとエグいエロが氾濫していた世界を知っている身としては、気にするほどのことでもないと思うけど。
支えたミリエの背中は軽くて、服の布越しでも華奢な体つきだとわかる。
このまま抱き寄せてキスでもできそうな体勢。
どんな言葉をかければいいのか悩む俺に、ミリエは熱っぽい眼差しを向けてきた。
「あ、あの……覚えていますか?」
「ん?」
「戦いの後、野営のテントで……私、クリスさんに……あなたに……」
なんのことだろう?
「す、すべてを捧げ……うぅ」
そこまで言うのが限界だったようだ。
ミリエは真っ赤になってうつむいてしまった。俺の胸に顔を埋めるような格好になる。
俺も思い出した。
捕虜として連れてこられたミリエとガナケウスに面会したときのことだ。三軍の兵たちを助けると約束した俺に、ミリエは自分の全てを捧げると言っていた。
「あれって……そういう意味だったのか!?」
ミリエははっとして顔を上げた。
「ち、違います! いえ、違いませんけど……もしクリスさんが望むのならどんなことでもする覚悟はありましたけど、そういうことを想定して言ったわけでは……」
「そういうことってどんなことだ?」
「ええっ!? じゃあ、そういう意味ってどういう意味ですか?」
どちらからともなく体を離す。
お互い背中を合わせるように床にへたり込んだ。
「……」
「……」
沈黙。
ああああああっ!
きっ、気まずい!
そもそもなんでミリエはいきなりあのときのことを口にしたのか。
エッチな小説を見つけたばかりで、ついおかしな方向へ想像が行ってしまった。
わかった。きっとミリエは気が動転していたんだ。そうに違いない。
そうでなければ今この瞬間にわざわざこんなことを言い出すわけがない。本人も違うって言っているしな。
「ま、まあ……その。今日はそろそろ行くかな。そういえばルイニユーキに選挙法のことで意見が欲しいと言われていたんだった」
「待ってください」
立ち上がった俺にミリエの声。
「本当ですから。私の言ったこと……」
「ああ、わかってる。でもな、たったあれだけの
「そんなことありません。敵だった私をすぐに許したばかりか兵まで付けてくれて。それに第三軍の万を超える命を助けてくれたんです。私一人なんかじゃそれこそ釣り合いません。それに……それに私の気持ちだって……」
「じゃあこうしてたまに、いっしょに本でも読もう。それが俺のお願いだ。どうかな?」
ミリエは今日一番の笑顔になった。
「はい! こちらこそ」