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筆頭政務官就任

 街の活気はとどまるところを知らない。

 いよいよ選挙制度の整備が整い、第一回の投票が行われるのだ。

 王都だけではない、すでにイリシュアールの町々にも女王の名のもとに公示が行われているはずだ。

 熱狂的な支持で女王の座に就いたアンナだから、国民の反発もあるかと思ったが意外とあっさりと受け入れられた。

 不安よりも選挙という新しいシステムに対する期待のほうが大きいようだった。女王アンナのお墨付きというのが人々を安心させたようだ。

 選挙の当日には指定の投票所には長い行列ができた。

 ルイニユーキを筆頭に選挙に携わった職員たちは目が回るような忙しさだった。

 投票所の設置から有権者の戸籍の確認、それに開票作業まですべてが慣れない作業の連続。

 倒れる職員がいなかったのは奇跡に近かった。

 そして作業は進み――。





「なあアンナ、大丈夫か?」

「なに?」


 大広間の玉座に座るアンナは浮かない顔だ。

 絨毯(じゅうたん)を歩いてきた俺に笑顔を向けてくるが、どこか弱々しい。

 そろそろキツくなってきてるな。

 元々俺のためだけに我慢して女王になったようなアンナだ。

 慣れない女王としての生活が、そろそろ限界に来ているのだ。

 しかし今日俺はアンナの憂鬱(ゆううつ)顔を一発で晴らすニュースを持ってきている。


「選挙の結果が出た」

「ほんと!?」

「ああ、これでようやくお前も女王職から解放されるってわけだ」

「やったーーーーー!!」


 がばっと立ち上がってばんざいをするアンナ。

 俺やアンナの振る舞いを注意する者はいない。大広間に詰める衛兵たちはもうこんなやりとりは慣れっこになっている。

 俺は立ち上がったアンナを抱え上げ、くるくる回った。


「それでそれで? どんな人が選ばれたの?」

「ああ。まずは市民選挙で選ばれる政務官(せいむかん)だな。イリアにロミオにルイニユーキにウェルニーリに……」


 リストの書かれた紙を見ながら言う。

 そこに書かれている名前は解放軍を構成していた主だった面々だった。あとは解放軍派の貴族たちもかなり名を連ねている。圧政に加担していたキリリュエード派の貴族の名前はなかった。

 気になるのは平民の出身者が少ないことだが、これは後々増えていってくれることを期待したい。


「みんな知ってる人ばかりだね。あ……クリスの名前もある」

「まあ、そんなところだろうな」


 あとは政務官たちが国王に代る元首として筆頭政務官を選出する仕組み。筆頭政務官は軍務政務の両方の長を務める極めて高い権力を有する役職だ。任期は最長二年。

 この辺のシステムはルイニユーキたちと何度も話し合って決めた。

 イリアやロミオは軍務官も兼任することになるだろうからきっと大変なはずだが、がんばってもらうしかない。

 正直イリシュアール人でもない俺が国政に携わるのはどうかとも思ったのだが、ここまで関わってしまったのだから責任は果たしたいという気持ちもあった。

 まあ政務官の末席に座るくらいなら、と正直甘い考えがあったことは否めない。

 予想外の事態はその後にやってきた。





 翌日。王宮内にある講堂。キリリュエード政権以前から会議の場として使われていたらしい。

 中央壇上(だんじょう)に上がるのは議長役のルイニユーキ。そしてその演壇をぐるりと囲む座席は後列に行くにしたがって高くなり三列あった。その座席には今四十人の政務官が座っていた。


「というわけで、初代筆頭政務官はクリストファー・アルキメウス殿に決定いたしました」


 座席からは政務官たちのパチパチという拍手が上がる。


「ちょっと待ってください」


 俺は慌てて手を上げる。


「なんですか、筆頭政務官殿」

「いやその呼び方やめてくださいよ。なんで俺が……国王に代わる国の最高権力者ですよ。それをよその国から来た部外者の俺に――」

「だからこそですよ。どこの派閥にも属していないイリシュアール人でもないあなただからこそ、公平な政治が行えると私たちは判断しました。それにあなたはすでに部外者ではない。このイリシュアールの未来のために多大なる貢献をしていらっしゃいます。女王の信頼も厚い。そのことについて、誰か異論がある者は……」


 ルイニユーキは他の政務官たちを見回す。手を上げたのはイリアだ。


「私もクリスが最も適任だと思う。クリスはこの国を救った英雄。彼以上の適任者は存在しないと思う」

「実際に解放軍の総大将を務めてたのはイリアじゃなかったっけ?」

 俺のぼやきは黙殺された。

「私も彼以外にありえないと思いますな。この場にいる全員にとって、おそらく当たり前のことだと思いますが……」


 若干呆れたように言うのはロミオだ。

 他の面々もうんうんとうなずく。

 おずおずと手を挙げるのはミリエ。最初から解放軍側だったわけではないが、彼女も政務官に選ばれていた。


「あの……クリスさんは自分がどれだけの偉業を成し遂げたのか、もう少しちゃんと理解するべきだと思います」

「うぐっ」


 ミリエにまでそんなことを言われては、もはや言葉は出なかった。


「なに、心配いりませんよ。あなたなら必ずこの大任をこなせると信じています。この場の全員が信じているのです」


 ルイニユーキは彼にしては珍しくやわらかく笑った。

 そうだ。

 彼らの信頼を裏切るわけにはいかない。

 俺が今ここにいるのは自分の力だけではない、みんなの支えあってこそなのだ。


「よろしく、お願いします」


 俺はみんなに向かって深く頭を下げた。

 会議は拍手で締めくくられた。

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