第八話
ヴァルプルギス魔法学術学院への入学試験の前日。俺は──────。
「セレナと離れたくない」
シスコンを発症していた。しかも一際酷く。えー、ステージⅣ、末期ですね。そんなー。
「あそこ全寮制ですよね?セレナの成長見逃すの嫌なんですけど」
「行くって言い出したのお兄様でしょ」
それはそうだけどさぁ。あの、セレナと一緒に入学とか出来ない?無理?そっかー。
「……お兄様」
生気の抜けた顔でゲシュタルト崩壊するレベルで「やだ」の二文字を口から垂れ流す俺に、セレナがそっと近付いてくる。
「……頑張って、お兄様」
そして、そう囁かれた。……あー、うん。頑張るしかなくなっちゃったよ。我が妹ながら狡いな。
……ぶっちゃけ嫌がってたのも振りだけだ。とっくに俺はセレナのために世界をひっくり返すって決めてるからな。曰く、この世界の『原作』に相当する流れではセレナはその身に宿っている森精霊種などの魔力量に秀でた種すらも凌ぐ膨大な魔力による圧倒的なゴリ押しで復讐を成していたらしい。……まあそれはそうとして妹が後ろ指指されること自体がムカつくので変わらず改革は進めるが。
「……八年か」
正直なことを言うと、俺はある意味セレナに救われたんだと思っている。
もしセレナがいなければ、俺はきっと闇雲に知識欲を満たそうとしているだけだっただろう。その末に、凡そ現時点で判明している学問全ては修められても……新たな見地を拓くことは出来なかったと思う。
でも、セレナのお陰で変わった。
セレナを守る、助けたいという行動原理によって明確な目的意識を得た。物覚えに限れば、やる気のない賢いやつよりもやる気のあるバカの方が優秀なんだからな。
「──────セレナ」
覚悟は決めた。やること、やりたいこと、やらなきゃいけないこと。それら全ても見えている。だったら、後は。
「行ってくる」
行動するだけだ。
その日の夜に父と共に馬車で家を出た俺は、途中で馬を休ませる時間込みで七時間ほどかけて『ケントルム』へと到着。……舗装されてない道だから全然寝れなかったし何よりケツが痛ぇ。車輪も金属製、サスペンションとかないから衝撃や振動が緩和されず直で来るんだよな。父は澄ました顔をしてるが……実際どうなんだろうか。
「臀が痛い」
「分かるぞレクス。もう慣れたがそれはそうとして痛い」
あ、痛いんだ。そりゃそうか。さっき尾骶骨を強かに打ち付ける音してたもんな。
「せめて揺れが酷くならない程度に舗装した方がいいと思いますよ」
「前向きに検討しておこう。切実に」
それまでは……こう、クッションとか毛布巻いたやつを尻に敷くことでどうにかしよう。いや、仕組みは知ってるしいっそのことサスペンション、その中でもシンプルな車軸懸架式のサスペンションを発明して発表するか?そうすればリターンによって開発資金もかなり都合出来そうだ。ま、やるにしてもまた今度だ。取れなかった睡眠を補うように一眠りした後、俺は遂にヴァルプルギス魔法学術学院正門前へとやってきた。
「レクス、私がついてやれるのはここまでだ。……健闘を祈るぞ」
父がそう言って馬車に引っ込んでいくのに対し俺は軽く手を振り……学院の敷地内へと足を踏み入れた。
「坊や、迷子かい?親御さんは?」
誰が迷子だコラ。……いかんいかん、脳死でキレそうになった。一応相手は善意によるものだ。悪意で言ったならまあ骨何本か折るくらいの対応はするが、今回ばかりは善意で言ってきてる。
「いえ、受験生です。あ、これ書類です」
そう言って、受験票に相当する書類を渡す。この世界では飛び級制度が適用される場合、試験の際に『○歳相当の学力を持っている』という証明書類を提出する必要がある。というのも、この世界には日本みたいに義務教育もなければ、貧富の格差によって教育施設に行きたくても行けない人間が結構出る。だから賢い奴は公的機関で学力証明をしてもらうことが出来る。んでもって学力の証明が出来れば上の学年……なんなら高校でも大学でも入学試験は受けられるようになってるから、優秀な奴にはどんどん上の学年に行ってもらって早く卒業してもらい、世の中に貢献してもらうという仕組みが成立している。まあ周囲の同年代と学力で格差が生じることはそう多くはないからな。たまに出てくるめちゃくちゃ賢い奴に適用されて、一つ上の学年で授業を受ける程度が精々だ。
そして、俺が今回提出したのは『十二歳相当の学力の証明書類』。あ、受付の職員が三度見した。ぶっちゃけアピールのしやすさから中等部で行くことにしただけで、高等部からの入学試験も問題なく解けたからやろうと思えば『十五歳相当』でも行けるぞ。多分肉体年齢の問題で実技で落ちるからやらないけど。
「え、あ、はい!……えっと、レクス・ボールドウィンさんですね」
「はい」
その後、職員さんに案内してもらって試験会場の教室に。番号と照らし合わせ、俺に割り当てられた番号の席につく。……試験開始まではまだ時間があるし、今のうちに復習でもしておくか。
そうして三十分ほど復習をしていると、担当の試験教官が教室に入ってくる。そろそろ片付けて試験の準備をしとこう。
「……これより、ヴァルプルギス魔法学術学院入学筆記試験を始める」
試験官のその言葉と共に、無詠唱魔法が行使され問題用紙、解答用紙、計算用紙が配られる。……無詠唱の風魔法か。しかも無数の紙を的確に一人分ずつ風に乗せて運んでるあたり、今の俺では話にならん実力だろうな。精密操作の技能が段違いすぎる。
「では……試験、始め!」
おっと、試験が始まった。名前を書いてと……えっと、問題の内容は……小学六年生相当の算数で解ける問題、誤字・誤文訂正や選択肢、心情読解を含んだ物語文の国語問題、幾つかの普遍的な魔法動物やモンスターの生態・体質・特性に関する理科問題、『人間公国』の主要都市の名産、人口推移や他国の特徴に関しての社会問題。ここまでは普通だな。さて、最後の魔法に関する問題……うわ、自由筆記系問題か。前世の試験でもあったなぁ。んー……自分で選んだ特定の題材に関する自らの意見・分析を書け、か。点数配分を推測するに、この問題以外を全問正解しときゃとりあえず満点は取れる。あくまでコレは満点オーバーで出来るだけ高い点を目指すための番外問題ってとこか。……折角だし、前に考えた『同一系統多重連結術式』についてでも書いとくか。
『同一系統多重連結術式』……俺は『累積魔法』と呼んでる魔法だが、まあ名前の通り『同じ系統の魔法』を『何個も繋げる』代物だ。俺が前に理論を構築して『焼却』で試……そうとして、威力が洒落にならなさそうな気がしてならなかったので周囲に被害が出にくい『躍動』で試してみた。結果としては凡そ大成功で、個別で発動し重ね掛けするよりも高い強化率になった。恐らく重ね掛けする場合は『再発動』という形になるのに対し、こちらは一つの魔法の中に同一の系統が複数『繋がって』発動するために内包されている魔法そのものが共鳴、親和性を示すために出力が一段階上昇するのだろう。恐らくは『連結』そのものが触媒のような働きをしているんだろうな。触媒は過酸化水素水に二酸化マンガンをぶち込んだ時みたいに、『反応を促進させる』代物だ。普通の重ね掛けが
魔法Aの倍率×魔法Bの倍率+同一系統魔法による親和性・共鳴による増幅
となっているのが、『累積魔法』の場合は
魔法Aの倍率×魔法Bの倍率+同一系統魔法による親和性・共鳴による増幅+連結作用による上昇^(組み込んだ同一系統魔法の数-一)
という計算式で成立している。っつーかこれ電車みたいに縦列接続してるけど、共鳴と連結を多くさせるように組めばもっと威力が上がるか。今度理論組んでみよ。
正直縦列接続に限れば複数系統持ってたらそれ組み合わせた方が手段が増えて強いんだが……ま、この手法なら魔力さえ充分にあれば相当威力が出せるからな。っつーか俺今まで単一系統の単一工程魔法しか使われてるの見たことないんだけど。前に父が魔法使ってんの見たけど闇属性の弾丸を数撃って押し潰す脳筋戦法だったぞ。流行りなの?
そんなことを考えながらも書き終わり、念の為俺の認識の限り間違いが無いかの見直しを三度ほど行いミスのないことを確認してペンを置いた。そして二十分ほど経過して試験官が試験終了を告げて再び風魔法で解答用紙を回収。俺たち受験生に実技試験の案内があるまで待機するように告げて、解答用紙の束を持って教室を出ていった。
……にしても、視線が良く向けられるな。明らかに年齢がおかしい奴がいればそうなるか。ちょっと居心地が悪い。仕方ないので机に肘をつき、寝入った振りをして案内を待つことにしよう。
そして十分ほどして、ようやく案内の教員が来た。さて、実技はどんな内容かなっと。
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