第七話
父にヴァルプルギス魔法学術学院の入学試験受験を認めてもらってから一ヶ月。俺は内容を忘れないように定期的に復習をし、新しい魔法を組み上げながらたまにセレナと遊ぶという生活を続けていた。
「おにいさま!」
「セレナ、危ないから走るのはやめなさい」
ある日、俺たち家族は近くの街に出かけた。セレナは初のお出かけということではしゃいでいるふりをして駆け出すのに対し、俺もそれに合わせてセレナを制止するために駆け出す。軽く小走り、セレナよりもほんの少し速い程度で追いかけていく。あまり遠くには行かないようにという父の言葉に返事をし、セレナが通りの角を曲がったところで加速。
「セレナ、危ないだろ?」
「……ごめんなさい」
「うん、分かったならいい。……さて」
俺がそこで言葉を切ったのに、僅かに首を傾げるセレナ。可愛い。まあそれはそうとして──────。
「──────ちょっち話しようぜ、転生者」
「──────ちょっち話しようぜ、転生者」
……いつバレた?というか、何で分かったの?
その言葉への私の反応はそれ一色だった。いやまあ、何となくこっちも薄々気付いてはいた。だって『超魔』のレクスは普通に正規の年齢で試験受けて合格してたから。いくら何でも三年分飛び級して入るようなことはなかったから、何かしらの違いがあるんだなとは思ってた。
「ああ、そんなビビんなよ。俺も転生者ってだけの話だ」
……レクスまで、転生者なんだ。ちょっと安心した。この様子だと現代社会からの転生みたいだし、普通に倫理観は現代基準だから私を虐めるような真似はしなかったみたい。
「ちなみに前世は学者やってた」
賢い理由一発で分かっちゃったよ。そりゃ学者様からすれば魔法込みで名門とはいえ、中学の入学試験なんて余裕だよね。え、っていうか──────。
「……いつから、私が転生者だって気付いたの?」
「ん?ああ、お母様がお前産んで、俺が初めてお前と会った時」
「そんな昔!?」
ファーストコンタクトの時点で看破してたの!?私の素振りが変だったとかじゃなかったの!?
そう聞いたら、なんか赤ん坊の目の機能について説明された。まあ要は、私と目が合うこと自体がおかしかったらしい。はえー。
「……それなら、私をずっと可愛がってたのも演技ってこと?」
本音を言えば、こんなこと聞きたくない。私を純粋に可愛がって、大切にしてくれたのが嘘だったなんて。だけど、レクスは。
「いやアレは普通に可愛いお前を可愛がってただけ。俺前世弟しかいなかったから妹が欲しかったんだよね」
「転生者ってことまで看破しててなおそこに打算がないことあるんだ……」
めちゃくちゃ肩透かし。というか肩透かすどころか肩消し飛ぶ勢いだよ。
「……今回お前にこの話をしたのは、俺が来年にはここを離れてヴァルプルギス魔法学術学院に行くからだ」
レクスはそう言って、適当に目をつけた木箱の上に座ると手招きし、隣に私を座らせる。
「……全属性保有者。とんでもない苦難を背負ったもんだ」
「……うん。しかも、『基盤属性』での全属性」
私はそう言って、前世で読んだ『超魔の魔女』についてを簡単に語った。その物語の中でのセレナ・ボールドウィンは、劣るとされている『基盤属性』保有、しかもその中でも特に最悪な全属性保有という考えうる限り最低の才能を持って産まれたこと。そんなセレナを兄、レクス・ボールドウィンは虐めていたことなど、簡単に本来の世界についてを兄に伝えた。
「……そうか。どっかの世界の俺は、こんな可愛い妹を虐めてたのか。兄貴の風上にも置けねえな」
そう言って、そっと私の頭を撫でてくる。……前世では受けたことのない形の家族愛。どこか嬉しくて、どこか暖かいそれ。……その時。
「……お前ら、良い服来てンなァ」
そんな声が聞こえた。その方向を見ると、焦点の合わない目をした緑色の髪の男が立っていた。
「薬物中毒者……いや、単純にイカれてるだけか?」
レクスの呟いたその言葉の何かが琴線に触れたのか、頭を抱えて髪を振り乱す男。その様子に恐怖を覚え僅かに後ずさる妹を、兄は庇うように立つ。
「──────下がってろ、セレナ」
「テメェら攫って、親から金撒き上げて──────」
「うぜぇ」
次の瞬間、男の眼球が爆発する。前触れなく味わった高熱と激痛に悲鳴を上げ石畳を転がる男をレクスは冷たい目で見下ろし、虫けらをこき下ろすかのように呟いた。
「俺の可愛いセレナを拉致ろうとしてくれたんだ──────グーゴル回焼いてブッ殺戮す」
……私のお兄ちゃん、こんな怖かったんだ。ちなみに後に聞いたところ、『グーゴル』は十の百乗とのこと。めちゃくちゃ怖い。
さて、こいつどうやって灼き殺してやろうか。とりあえず眼球焼いて視力は奪っといたが……うん?
「ア゛ぁ……っ、ン゛のクソガキがぁっ!『風知』ッ!」
……魔法か。ただ、何も起こらんが……警戒は必要だな。となれば、牽制一発行くか。
「『炎網』」
『燃焼』の炎で形作った網を前方に広げるように放つ。拘束、継続ダメージ、完全燃焼による強制酸欠の悪辣三連コンボだ。さて、どう出るか。
「散らせ、『風爪』ッ!」
突如、不可視の何かによって『炎網』が切り裂かれる。……熱感知?いや、蛇のピット器官やサーモグラフィーみたいなのなら避けた方が早い。となると……なるほどな。
「風向を感知してんのか。んで、お前の適性は『風』属性の系統。『炎網』は風で作った刃……鎌鼬みてぇなもんだな」
わざわざ全体を引き裂く形で使ったのは、俺の炎による空気の膨張によって発生する気流で知覚が乱されたから正確な範囲が読めなかったからだろうな。どう繰り出してきたのかが分からない以上、下手に回避すれば無防備直撃コースだ。となれば迎撃した方が確実ってわけだ。妙に賢いなこいつ。
「バレたところでェッ!」
その叫びと共に、巨体に見合わぬ速度で突っ込んでくる男。……詠唱なしで使える範囲の簡易風魔法を追い風として加速したか。なら、意趣返しとしてこちらも迎え撃つとしよう。
「『万象を焼き貫け 深紅の眷獣よ』──────『炎針鼠』」
空中に無数の細長い小さな針のような形をした炎を作り出し、射出。奴は構わずぶち抜こうとしてくるが……甘いな。
「生憎それは、二段構えなんだよ」
命中した瞬間、針が爆発する。接触をトリガーとして起爆するシステムだ。針そのものを小さくして威力が低いと誤認させ……いや、実際針自体の威力は低いんだが。その代わりに命中時の爆発の出力に振ってるから、迂闊に触れれば火傷どころじゃないぜ。
「あ゛あ゛あ゛あ゛ぁぁぁぁぁっっ!!!」
「──────うっそだろ」
力任せにそのまま突っ切ってきやがった。クソ脳筋め。ああもう、仕方ねぇ!
「セレナ!」
「う、うん!」
セレナを抱え、『躍動』系統の魔法で身体能力を強化。壁の凹凸などに足を引っ掛け、近くの建物の屋根へと登り疾駆する。普通にタフな相手だと仕留め切る前に耐久力任せで詰められて落とされるから、マジで火力に関しては課題点だな……まあ一先ずあのデカブツだ!
「さすがに市街地で『神罰』は被害がデカい……なら、アレで行くか」
俺はある程度距離を取ると、セレナを降ろして男へと向き直る。
「……諦めたかァ?だったら、大人しく捕まってろッ!」
男が加速し、一気に肉薄してくる。正直死ぬほど怖ぇ。だが、引きつけろ。可能な限り、限界まで。俺そのものを罠にするんだ。──────今だ!
「『爆囮』!」
断続的な爆発を引き起こし、風を掻き乱し奴の探知を崩す!そして──────
「『聳え立て 輝光の尖塔』……『陽光槍突』!」
その叫びと共に、男の足元から、炎の槍が突き出す。……詰みだ。
「──────が、あっ!?」
「……膝の皿ァぶち抜いた。今のお前は立つことすらままならねーよ」
俺はそう言い捨てると、セレナを抱えて再び身体強化を行い屋根から飛び地面に降り立つ。
「……あ、そうだ」
「どうしたの?」
「有言実行しとかねーと。確か……グーゴル回焼いてブッ殺戮すだっけか。温情で百回にしといてやるよ、面倒だし」
俺はそう言って、再び魔法を行使する。目標は当然さっきの男。そうだな……こんな感じか。
「『晴れ時々火炎弾』ってな。『炎弾』『百連弾雨』」
次の瞬間、先程まで俺たちがいた建物の屋根に無数の『炎弾』が降り注いだ。
「さて、帰るか」
「そうだね。……降ろして?」
「もうちょい可愛い妹を抱き上げていたいんだが」
「嫌いって言うよ」
「降ろします」
そんなことがありながらも、時は過ぎていき──────遂に、受験の日が来た。
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