第五話
さて、妹のために風潮ひっくり返す決意をした俺だが、そんな俺は早速壁にぶつかった。
というのも、今の俺には何もかもが足りない。まず技術が足りない、道具も足りない、資金も足りない。なんなら発言力も足りない。無い無い尽くしのガキだ。あ、知識も足りなかった。
「……と、なれば」
最終目的から逆算して、今必要なものを突き止める。まず、最終目的は『世界の風潮をひっくり返すこと』。そしてその『世界の風潮』は、『基盤属性』や『原種系統』が蔑まれているというもの。そのためには何故蔑まれているのかを知る必要があり、そのためには資金と技術、道具、知識が必要だ。となると……目標は『スポンサー確保』か。前世でも、新しい発見や発明をした人は少なくない。でも、それが商品・道具として世間に広く行き届くにはどうしても発言力と資金が必要だ。そのために必要なのがスポンサーになる。研究内容を知ってもらい、その上で投資する価値があると知ってもらって融資してもらう。その分リターンの分け前は多めに譲る必要があるが……ま、俺の目的は儲けじゃないからな。そこは俺としてはどうでもいい範囲だ。
「だが、スポンサーだって暇じゃない」
逆に言えば、投資する価値があると知って貰えなければ意味が無い。そのためには知ってもらうために、面通しと説明の段階である程度の成果が必要だ。前世で言う投資家に相当する人に知ってもらうためのアピールが出来て、尚且つ研究のための環境が揃えられそうな場所。……それは、この世界には一つしかなかった。
「……魔法学術学院」
日本式で言えば中等部、高等部、大学部が合わさったエスカレーター式の、『人間公国』有数の名門校。正確には国土の広さの問題で、魔法学術学院と呼ばれている学校は国内に六つあるのだが……まあそこは誤差だ。
魔法学術学院の生徒の大半は人間だが、残りが人間と他種族のハーフ、そして更に少数の完全異種族で構成されている。となれば多種多様な系統保有者に出会えるだろうし、僅かだろうがセレナと同じ多属性保有者に出会えるかもしれない。俺としてはこの上ない環境だ。
そこで成果を出し、財力を持つ者の目に留まる。幸い魔法学術学院は学院同士の交流としての試合があったりするし、その際は外部からの観戦もある。実力が高ければ、魔法を利用する軍隊からのお声掛けがあったり……そうでなくても、貴族の護衛としてのスカウトもあったりする。要は有望株の青田買いだな。
……だが、それでも消えない問題はあった。
「……問題は、タイムリミットか」
俺とセレナの年齢差は、僅か三歳。
本来研究には長い年月をかける必要がある。それはあらゆる分野でも共通だ。前世で流行した某ウイルスも、蔓延によるパンデミックからワクチンの開発まで二年かかった。……これでも割と短い方だ。培養などで検体を増やせる菌やウイルスであれば研究がしやすいが、個体増加の周期が長い種の研究になることが多い生物学となると五年でも短い方になる。とてもじゃないが、三年でどうにか出来る範囲ではない。
……いや、マジでどうしよう。
「……あ、そうか。日本基準で考えすぎていた」
飛び級すりゃいいのか。日本の教育法においての『飛び級制度』は『修得主義』と『年齢主義』の二つに分かれている。例えば、十七歳の子供が大学に入学すればそれは『修得主義』の飛び級だ。逆に『年齢主義』の飛び級は、病気などで入学が出来ずに7歳で小学校に入学した子供が、一年生の学習をせずにいきなり二年生になるものだ。要は『この学年で教える分の知識は全部身についてると判断しから本人の年齢関係なく次の学年に進級します』というのが『修得主義』で、『例えどれだけ賢くてもどれだけ頭が悪くても関係なく、六歳には六歳の、七歳には七歳の学年での勉強をさせます』というのが『年齢主義』だ。
そして、日本では『年齢主義』での飛び級こそ認められているが高等学校以下の教育施設では『生徒は平等に扱わなければならない』という理念・観点の問題で、『修得主義』による飛び級は絶対に有り得ない。だが、海外では別だ。かの量子宇宙論を提唱した理論物理学者は十七歳でイギリスの超名門大学に入学したし、数学の未解決問題の中でも最も難しいということで有名なABC予想の証明として宇宙際タイヒミュラー理論を発表した数学者もアメリカの大学に十六歳で入学している。
今調べてみたところ、この世界の学習課程は『修得主義』だ。一部の国では『年齢主義』が主流なところもあるらしいが、そこは飛び級のハードルが他国より高いだけで『修得主義』が採用されていない国はほとんどない。事実、このヒューミリアも『修得主義』の国家だ。
であれば、最初にやることは『猛勉強』。
手始めに、魔法学術学院の中でも最大規模……ヒューミリアの首都『ケントルム』に座する、『人間公国』最高学府『ヴァルプルギス魔法学術学院』への飛び級入学と行こうか。
……兄の様子が、変だ。転生してもうすぐ一年が経つんだけど、思ったより私への害意とか、危害を加えようという素振りがない。……というか。
「セレナ、どうした?」
なんなら優しい。この兄なら妹殴らないし殴るくらいなら自分の腕へし砕くって感じ。今も勉強してるのを中断してまで声を掛けてくるし。『超魔の魔女』の兄は、自身が才能に恵まれたのを傘に着て取り巻きを引き連れてセレナを虐めていたのに対してこちらの兄は──────。
「テメェ今俺の可愛いセレナに何つったァ!?」
過保護だった。まだ一歳にもならない私の髪を見て才能なしと陰口を叩くメイドにそんなことを叫んでは魔法で攻撃して髪を焼いたり顔に大きなケロイドを作って蹴り倒していた。ちなみにそのメイドはクビにされていた。
……そんな、私を大切にしてくれる兄に。私は生涯隠し事をしなきゃならない。転生者であることなんて誰にも話せないけど、それはそうとして隠し通さなきゃいけない恐怖と苦痛がそこにはある。
……それが自分のためでも、誰かのためでも。人に隠し事をして、黙り込んでいなきゃならないのは辛くて怖くて、悲しいことだ。この世界の誰にも打ち明けることの赦されないもの。打算なく、下心なく、悪意なく。純粋に妹を愛し、大事にしてくれる兄に──────。
私は、真っ当に向き合えるのだろうか。
……俺がセレナのために世界をひっくり返すことを決意してから、四年が経った。試験範囲は過去十年分遡って対策を練ったし、筆記面は……ま、問題ないだろう。
「……お父様」
俺は家族で摂る夕食の際に、話を切り出す。
「……どうした、レクス。そんなに改まって……何か高い本でも欲しくなったのか?」
「いえ……一つお願いがありまして」
俺のその言葉に、談笑する雰囲気が僅かに消える。……食後に父の部屋行って話した方が良かったかも。
「『ヴァルプルギス魔法学術学院』への飛び級入学をお願いします」
「……その意味を、分かってて言っているのか。レクスよ」
「はい。筆記に関しては範囲を学び、過去十年分の試験問題をこなしています。後は実技だけなので……『入学試験を受けても構わない』と判断頂けたなら、試験を受けに行きたいのです」
「正規の入学年齢は十二歳。今のレクスは七歳だろう。五年待つことも出来ないのか?」
「……やりたいことが、あるので」
「ふむ……」
そう言って、黙り込む父。耳を刺すほどの静寂が数秒続き……口を開いた。
「……一つ、条件がある」
「……何でしょうか」
「近隣の森に、モンスター……『カエデス・ウルス』が出現した。畑などを荒らし、現時点で死者こそ出していないものの怪我人も多く出ている厄介者だ。……護衛こそつけるが、その護衛の助け無しに『カエデス・ウルス』を討伐してみろ。……それが出来なければ、入学は正規の年齢になるまで待つことだ」
「ウィル!」
父のその言葉に、母が悲痛な叫びをあげる。『カエデス・ウルス』……体調五メートル近くの巨大な熊のような形をした危険モンスターだ。巨木をも薙ぎ倒す腕力と、身体強化魔法を使用した魔導師にすら追いつく身体能力を併せ持つ怪物。……こりゃあ、俺をハナから行かせないつもりか。
「……承知しました。証明は……護衛の証言と、適当に『カエデス・ウルス』の眼球か牙あたりでよろしいでしょうか?」
俺の顔色一つ変えない返答に、目を見開く父。
「……ああ」
「では、三日後にでも」
俺はそう言って、改めて夕食に手をつけるのだった。……マジで食後に話した方が良かったな。ちょっと冷めちまった。
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