前へ次へ
2/3

バウッ(第二話ですわ)

 アルルには長年片思いをしている相手がいる。


 まぁ皆さんはとっくにご存知だとは思うが、アルルの恋のお相手は動物園のゴリラ・ジョングである。


 ジョングとアルルの出会いは十年前まで遡る。


 アルルが八歳の時、ピスタ王国に世界初となる「動物園」が誕生した。


 親睦の証として他国の珍しい動物が贈られることが多かったピスタ王国は、贈られた動物の管理に頭を悩まされていた。


 相手は生き物であるので餌代などの経費はかさむし、粗末にも出来ない。


 友好の証であるため死なすわけにもいかない。


 頭を悩ませた末に考え出したのが「国民に有料で公開すること」であった。


 一般市民も通えるようにと料金は低めに、貴族から寄付が募れるように寄付金の額によってその家の家名や紋章が園内の目立つ位置に掲げ貢献度をアピール。


 その結果、今では動物園は憩いの場所、デートスポット、観光スポットとして広く愛されるようになり、家名や家紋を園内に掲げるだけではなく、土産物として園内の売店で寄付した者の領地の特産品などを優先的に販売するようになったため貴族達からも喜ばれる結果となっている。


 そんな出来たばかりの動物園にアルルは両親と共にやって来て、そこで運命的? な出会いを果たす。


 様々な動物を見て周り心をときめかせていたアルルだったが、ゴリラの檻の前にやって来た時、その目も心も一瞬にして奪われてしまったのだ、ジョングに。


 その当時のジョングは二十歳。人間に換算すると三十五歳前後であろう。


 黒い被毛に覆われた逞しい体、銀色に輝き俗に「シルバーバック」と呼ばれる背中の被毛、太い腕を地面に付いている時の綺麗な曲線を描いた背中。


「クーン……(素敵……)」


 四足歩行でゆったりと歩く様は王者の風格さえ漂わせているようにアルルには見えていた。


 腰から尻にかけての無駄のない筋肉、黒々とした顔に上向きで穴が丸見えの鼻、小さいが眼光鋭い目、真一文字に閉じられた口。


 スクッと立ち上がり片手で軽く胸を手のひらで叩く姿や、ドサッと背を向けて座った後ろ姿、何やら考え事をしているかのように顎に手を当てる仕草。


 何をしていてもアルルにはキラキラと輝いて見えていたし、胸の高鳴りは止まることを知らなかった。


 こうしてアルルの恋は始まり、出会いから十年経った今でもジョングに夢中である。


 本当ならば毎日でも動物園に通いたいのだがそういうわけにもいかないため、週に一度で我慢している。


 部屋にはジョングの肖像画が大小様々なサイズ、構図で大量に飾られているし、ある領土で作られた動物園土産のジョング人形は、一番ジョングに似ているものを厳選し毎晩抱いて寝るほどの執心ぶりである。


 毎週通い、数時間飽きもせずにゴリラの檻の前でジョングを恍惚とした顔(のような雰囲気)で眺めているため、ジョングにも見知った顔だと認識もされており、アルル本人的にはジョングとの距離が縮んでいるように感じている。


 当のジョングは正真正銘生粋のゴリラなため、アルルを仲間としてもメスとしても思ってはいないのだが。


 彼の中では飼育員の次によく見る顔程度の位置付けである。


「クーン…(今日も素敵……)」


 ゴリラに心惹かれるのは顔がチャウチャウだからなのかどうなのかは誰にも分からない。


 本日は週に一度のジョングとの「逢瀬」の日である。


 毎回王子達が邪魔をしようとするのだが、ご令嬢軍団がアルルに気取られないように阻止をしている。


「アルル様の恋路を邪魔するなど、王子の風上にもおけませんわね!」


「な、何を!? 言うに事欠いて、貴様!」


「あら? 事実を申し上げただけですのに……クスッ、図星でしたか?」


「とにかくどけ! 俺はアルルの元へ向かうんだ!」


「私達が通すとお思いで? 邪魔しないと誓約書に判を押して下さるならば考えないこともございませんわよ? もし破った際には今後一切アルル様には近付かないとの約束付きで」


「そんな馬鹿な話があるか! そんな条件飲めるはずがないだろう!」


「では諦めてくださいまし! オホホホ」


 以前はラスタキに恋をしていたカイラだったが、今では顔を合わせればいがみ合うほどの犬猿の仲である。


 ラスタキは最小限の人数(せいぜい二~三人)しか連れてきていないのに対して、ご令嬢軍団は今や膨れに膨れ上がり二十人を超える大所帯。


 例え対女性といえど数の暴力には勝てない上に、女性に手を挙げたとなるといくら王子とはいえ世間的に許されることではない。


 だが、今日のラスタキは引くわけにはいかなかった。


「今日は駄目なんだ! まだ伝えられていないのだから……」


 その頃アルルはゴリラの檻の前で呆然と佇んでいた。


 檻の中にはいつもと同じように座るジョングの背中をせっせと毛繕いする見知らぬゴリラの姿が。


 傍目にはそのゴリラがオスなのかメスなのか分からないのだが、ジョング一筋のアルルには分かってしまった、あれがメスのゴリラだということが。


 表情に大した変化は見受けられないのだが、アルルの目にはいつもより蕩けた表情で毛繕いをされているジョングの姿が映っていた。


「クーン……(ジョング様……そのお方は……)」


 アルルの声が聞こえたのかチラッとアルルを見たジョングだったが、すぐにメスゴリラの方に目をやり、慈しむように(アルル目線)頭を撫で、気持ちよさそうに目を閉じた。

 

 いつかはジョングと想いを通わせ合い、愛の巣(檻の中)で甘い結婚生活を営むことを夢見ていたアルル。


 アルルの中でそんな幸せな未来が音を立ててガラガラと崩れ去っていく。


「アルル!」

「アルル様っ!」


 遅れてやってきたラスタキ達だったが、時すでに遅かった。


 フラフラと体が揺れ、倒れそうになったアルルをラスタキが抱き留めたのだが、そのまま気を失ったアルルは使用人達に連れられて家へと戻って行った。


「そういうことならばもっと早くに申してくださいまし! お可哀想なアルル様……さぞやお心を痛めていらっしゃることでしょう」


「お前が邪魔をしなければ良かっただけだろう!」


「常日頃アルル様の恋路の邪魔しかなさらないのです! 信用などあるはずがないでしょう!? 先に仰っていただければすぐにアルル様をお止めしましたのに!」


「そもそも相手はゴリラだろ! その恋を応援する方が間違いじゃないか!」


「ゴリラだろうがアルル様がお見初めになられた立派な殿方には変わりありませんわ! 種族をも超えた真実の愛が芽生えそうでしたのに!」


「なーにが真実の愛だ! アルルはレディだぞ!? ゴリラと結ばれることが真実の愛なわけがあるもんか!」


「あなたとは相容れないようですわ! 本当にあなたが婚約者にならず良かったですわ!」


「こっちこそお前みたいなのは願い下げだ!」


「「フンッ!」」


 先週、アルルが動物園を訪れた翌日、ジョングを贈呈してきた国から再びゴリラが贈られてきた。


 だが、雌雄の判別がつかなかったため一緒にしていいものかも分からず、相手国へとその問い合わせをしており、返事が来たのが今朝早くだったのだ。


 アルルの傷が少しでも小さく済むようにとラスタキはその事を事前にアルルに伝えるつもりだったのだが、日頃の行いのせいかご令嬢軍団の妨害にあい、何とか事情を伝えアルルの元へと向かった時はもうアルルは深く傷付いた直後だった。


 その後アルルは三日間寝込み、ようやく起き上がれるようになったもののすっかり塞ぎ込み、部屋から一歩も出ない日々が続いた。


 ラスタキやカイラが訪ねてきても気分が優れないと顔すら見せない日々。


 食欲もすっかり落ちており、侍女の報告を聞くことしか出来ない家族も心労を重ねていた。


「クーン……(ジョング様……)」


 ジョングの肖像画や人形を見るのも辛いのに、いざ部屋から出そうと思うとどうしても手放せないという葛藤の中泣き続ける日々。


 部屋からは「クーン」という悲壮感漂う鳴き声だけが時折聞こえるばかり。


 ジョングの人形はすっかり涙を吸いこみ湿って膨れ上がっている(木製)。


 その悲しみを乗り越えるのに実に一ヶ月の時を有していた。

前へ次へ目次