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フリーダの洗礼式

 わたしが起きた時には、部屋の外がとてもにぎわっていた。

 ユッテではない別の下働きの女性がドアのすぐそばの椅子に座って、わたしが起きるのを待っていた。かなり年若い20歳になっていないくらいで、人懐っこい雰囲気の人だ。

 ベッドから降りて、意外と重い天蓋のカーテンをよいしょっと退けて部屋に出たわたしに、彼女はニコリと笑った。


「おはようございます。体調はいかがですか?」

「一応熱はないみたいだけど、絶好調とは言えないから、今日は家族が迎えに来るまでおとなしくしておきます」


 クスリと彼女が笑った。


「昨日の夕食の席は大騒ぎでしたわ。デザートに出たお菓子をお嬢様とマインさんが作ったという話になって、ご家族皆様がマインさんに会いたがっていらっしゃいましたよ。ぜひ、ウチの店で働いて欲しいっておっしゃられて、盛り上がってらっしゃいました」


 いやいや、おねえさん。笑い事じゃないよ?

 もしかして、わたし、寝てたから命拾いした?

 今日は部屋に籠っていた方が良いってこと?


 ウチの店で働けば将来安泰ですよ、なんて言い出した彼女まで、囲い込みの手先に見えてしまい、少しばかり警戒してしまう。


「あの、ずいぶん部屋の外が騒がしいけれど……」


 話題を逸らすためにドアの方へと視線を向けると、あぁ、と彼女は笑みを深めた。


「今は早目の朝食を終えたお嬢様が身支度中ですから。マインさんも着替えたら食堂へ案内いたしますね」

「あの、大変恐縮ですが、朝食をこの部屋に運んでもらうことってできませんか? 本調子じゃないから、たくさんはいらないし、初対面の人と食べるのって緊張するんです。ご飯が喉を通らなくなるので……」


 夕飯抜きなので、正直お腹は空いている。しかし、フリーダとギルド長を見ただけでも推測できるアクの強そうなご家族に囲まれて朝食なんて、考えただけで胃が痛い。

 食べられる物も食べられなくなりそうだ。


「ふふっ、わかりました。ここへ運びましょう」


 彼女はわたしにフリーダのお古の服を渡して着替えさせた後、部屋を出ていった。

 一人になると同時に、わたしは頭を抱えてうずくまる。


 まずい。何か変な展開になっている。

 ギルド長とフリーダに目を付けられているのはわかっていた。でも、家族にまで目を付けられるって何?

 カトルカールが原因?

 でも、砂糖があるんだからお菓子くらいあるよね? 前にここで薄焼きピザの上にナッツの蜂蜜かけみたいなお菓子も出してもらったもんね?

 ものすごく考えたくないことだけど、実は砂糖もまだ出回り始めたところで、お菓子文化が発達していない……なんてことないよね?


 頭を抱えて悶絶していると、朝食を持った彼女が戻ってきた足音がした。即座に立ちあがって、何事もなかったような顔で、彼女を迎える。


「では、ごゆっくりどうぞ」


 昨日の朝食で完全に好みを把握されているようで、白パンにジャムと蜂蜜が添えられ、甘い果物のジュースがついていた。スープはやや少なめだが、ベーコンエッグはしっかりと一人前乗っている。

 この観察眼では、あっという間に弱点も洗いだされそうだ。


「いただきます」


 朝御飯が終わったら、家族が迎えに来るまで体調不良を理由に部屋に引きこもっていた方が良い気がする。ギルド長とフリーダだけでも十分脅威なのに、その家族なんて、とても一人で相手できない。切実にベンノとルッツを召喚したい。


 この後の対処法について考えながら、一人でゆっくりと朝食を食べているとユッテが部屋に飛び込んできた。


「おはようございます、マインさん。体調はいかがですか?」


 体調うかがいにしてはずいぶん慌ただしい。必要なこと以外にはあまり口を聞かないイメージがあったので、パンを落としそうになりながら馬鹿正直に答えた。


「熱はないよ?」

「お嬢様の準備を手伝っていただいてよろしいですか? 髪飾りのつけ方を教えていただきたいのです」

「……いいですけど、朝御飯の後でいいですか?」


 髪飾りのつけ方はわたしが作った物なので、アフターサービスの範囲内だろう。やりすぎだったり、変な目を付けられたりするようなことにはならないはずだ。


 比較的急ぎ目に朝食を終えて、わたしはユッテの案内でフリーダの部屋へと向かう。

フリーダの部屋は3階にあった。ユッテの話によると2階はギルド長の世代の家で3階が息子&孫世代の家になっているらしい。

 中の階段で繋がっているし、食事は一緒に取っているので、特に別世帯という感覚ではないようだ。


「お嬢様、マインさんをお連れしました」

「入ってちょうだい」


 フリーダの部屋はドアに近いところに衝立があった。その衝立をくるりと回れば客間と同じような作りで、部屋の一角に天蓋の付いたベッドがあり、ベッドの反対側にライティングデスクと思われる棚があった。

 部屋の中央には小さな机があり、椅子が数脚ある。カーテンやベッドの天蓋は赤やピンクのような色で女の子らしいけれど、人形や小物がないとてもシンプルな部屋だ。


 今日はテーブルの上に髪飾りや櫛などがいくつも並べられていて、フリーダは椅子に座って、髪を梳かれていた。

 ふんわりとした桜色の髪が下ろされて、丁寧に髪を梳かれているフリーダの姿が等身大のお人形のようだ。


「おはよう、マイン。体調はよくなった?」

「おはよう、フリーダ。熱は出てないけど、絶好調ではないと思う」


 無茶振りをされないよう、正直に自分の体調を申告しておく。

 フリーダは少し顔を曇らせて、目を伏せた。


「そう。呼びつけてごめんなさいね。お姉様の飾りを作ったのがマインだから、もしかしたら、お姉様の髪を結ったのもマインではないかと思ったの」

「そうだけど?」

「わたくしも同じ髪型にしていただいてもよろしくて?」


 トゥーリの髪型は両サイドから中央に向かって編み込みをしたハーフアップの髪型だった。フリーダに似合わないわけではないが、せっかく2つ髪飾りを作ったのだし、ツインテールが可愛いので、わたしとしてはツインテールにしてほしい。


「うーん、飾りを2つ作ったんだから、全く同じ髪型じゃなくて、2つにしようよ。編み込みはしてあげるから、ね?」

「マインにお任せしますわ」

「ぜひ、教えてくださいませ」


 目をぎらつかせるユッテに櫛でフリーダの髪を半分に分けてもらって、右側の耳の上くらいまで編み込みの仕方を説明しながら編んでいった。


「ここからすくって、これと併せて、こう捻って編む」

「ここからすくって、こちらと併せて、こうですか?」


 左側はユッテがわたしのやり方を見ながら、編み始めた。やはり手慣れた人は上手だ。

 わたしの手は小さくて、決して器用ではないので、どうしても髪がぼろぼろと手から零れてしまうのだ。

 トゥーリの髪はうねうねの天パだったお陰で、多少ガタガタしても、ところどころ緩くても、それなりに豪華な雰囲気になったけれど、フリーダの髪質では粗が目立って仕方ない。


「やり方さえ覚えたら、両側ともユッテが結った方が良いと思う。わたしの手、小さいから髪をまとめにくいの」

「確かに、マインさんほど手が小さいと大変そうですね。では、わたしが編みこんでしまいますね」


 一度指が覚えてしまうと、ユッテはすいすいと編んでいく。触り慣れている髪だからだろう、変なボコボコもない。櫛で綺麗に分けられているので、わたしが結ったトゥーリの時と違って、分け目もスッキリしている。


 ……うぅ、自分の不器用さを見せつけられるようで辛い。


「これで、もう少し練習時間があればよかったのですけれど……」


 編み上がったフリーダの頭を見て、心底悔しそうにユッテが呟いた。

 感情の発露が激しいユッテにわたしが目を丸くしていると、フリーダが困ったような表情で苦笑した。


「ユッテはね、本当は昨日の夜のうちにマインに相談して、一晩中練習するつもりだったんですって」

「あぁ、わたしが疲れて早々に寝ちゃったから……ごめんね」


 虚弱なせいで迷惑をかけてしまったか、とわたしが謝ると、ユッテはぶるぶると首を振った。


「とんでもございません。それは体調ですから仕方ありませんわ。ただ、もっと早く知っていれば、お嬢様をさらに飾り立てることができたのに、と」


 なるほど。ユッテの趣味はフリーダを飾り立てることか。等身大のお人形みたいに可愛いもんね。わかるわ。わたしもつい髪飾りに熱を込めちゃったし。


 そして、耳の上で編み終えて、ユッテがくくった紐の上から、力作の髪飾りを挿しこんで、落ちないようにする。

 深い赤のミニバラが4つ配置されているので、前から見ても、横から見ても、後ろから見ても、バラの花が1つは見える。淡いピンクの髪の上に白いかすみ草をイメージした小花が白いレースのように見え、バラの赤を際立たせている。ところどころから見える葉っぱの緑がイイ感じのアクセントになっていた。


「うん、予想以上! フリーダにピッタリだね」

「お可愛らしいですわ、お嬢様」


 身支度を手伝っていた下働きの女性が褒めていると、ユッテはフリーダの前に今日の衣装を持ってきた。

 フリーダが立ち上がると、下働きの女性によって椅子がさっと退けられる。即座にみんなが着替えをさせるための態勢に変化し、わたしは慌ててその場を飛びのいた。

 フリーダが腕を上げれば、ざっと開かれた衣装が通され、反対側の腕を上げれば、同じように通される。数人がかりでボタンが止められ、紐が締められ、フリーダは立っているだけで衣装が整っていく。

 映画や本で描かれているお嬢様の着替えを間近に見て、わたしはハァと溜息を吐いた。


 長年の経験がないと、これ、うまくいかないわ。着替えをさせる方はもちろん、させられる方にも経験がなければ、スムーズにいかないって。わたしだったら、腕の上げ下ろしで見えない位置にいる誰かを叩きそうだもん。


 着替えさせられているフリーダがわたしを見て、ニッコリと笑った。


「マイン、よかったら、この部屋から洗礼式の行進を見てみない? わたくしが外を眺められるように、ここの窓は外がよく見えるようになっているの」


 わたしに宛がわれた客室のガラスは波打っていたが、フリーダの部屋の窓は外の景色がよく見える真っ直ぐなガラスだった。

 洗礼式の行列が神殿に入っていく様子がよく見えるこの部屋の窓は特等席だと言っても過言ではない。


「いいの?」


 わたしが窓とフリーダに視線を往復させると、フリーダがニッコリと笑った。


「えぇ、もちろん。一人が不安ならユッテも付けますわ」


 部屋の主が留守中に部屋にいるというのが少しばかり居心地悪いと思っていたので、フリーダの提案は渡りに船だった。


「それは助かるかも」

「ぜひ、ご一緒させてください」


 パァッと顔を輝かせたユッテは、多分この窓からでもいいから、お嬢様であるフリーダの晴れ姿が見たくて仕方ないのだろう。フリーダがわたしに付けておくと宣言すれば、堂々とここから見ることができる。


「ありがとう、フリーダ。ここから見てるね」


 そんな話をしているうちに、ブーツを履く作業まで終わっていたようだ。フリーダの足元に屈んでいた女性達がザッと立ち上がって一歩後ろに引いた。


「お嬢様、できました」

「おかしなところはないかしら?」


 完璧に仕上がったフリーダが、その場でくるりと回った。

 ふわもこの温かそうなファーに首元を囲まれた白い衣装。ところどころの刺繍は赤やピンクの明るい色。これが髪の色や髪飾りにもよく合っている。


「まぁ、可愛らしい」

「すごい、すごい。フリーダ、とっても似合ってるよ」

「お嬢様、ご家族の皆様をお連れしました」


 褒めちぎっていると、フリーダの準備が終わったことを知らされた家族がここに集うらしい。衝立の向こうから一番に入ってきたのは、ギルド長だった。


「おぉ、フリーダ! これは素晴らしい。この冬の洗礼式にこれほど見事な花をまとうとは、まるで天の使いか、春をもたらす芽吹きの女神のようだ。実に可愛らしい。さすがわしの孫!」

「おじい様に頂いた髪飾りも似合うでしょう?」


 そっと髪飾りに指を添えてフリーダが笑うと、ギルド長も相好を崩した。


「あぁ、とてもいい。お前の嬉しそうな笑顔には何よりの価値がある」


 ギルド長がある程度褒めちぎるのを待っていたように、フリーダの家族が次々と部屋に入ってきた。


「わぁ、フリーダ。よく似合ってるよ」

「僕が知っている女の子の中で一番可愛い」


 少し年が離れているのだろう、10代前半くらいの少年二人がフリーダを褒めちぎる。


 ……あれ? 前にフリーダは褒められ慣れていないと思ったんだけど、おにいちゃん達は普通に褒めてるよね?


 首を傾げるわたしの前で、フリーダは褒められているとは思えないような困った顔で兄達を見上げた。


「……お兄様方、どうしてここに?」

「どうしてって、今日は土の日なんだから、仕事はお休み。みんなでお祝いするって言ったじゃないか」

「聞きましたけれど、今までその言葉が実現したことがなかったので、本当にいると思っていませんでした」


 うわぁ、兄弟に約束を守ってもらえたことがなかったんだ。そりゃ、不安にもなるし、褒め言葉も上っ面だと思いこむよ。


 兄達もフリーダの不信感に気付いたのか、顔を真っ青にして色々と言い訳を始める。そんな子供達を見下ろしながら、実にマイペースな夫婦がフリーダの髪飾りに注目する。


「すごいな。この髪飾り」

「えぇ、わたくしも欲しいですわ。なんて見事なんでしょう」


 カオスな家族関係を見ていると、わたしの目の前にずずいっと屈みこんだギルド長の顔が近付いてきた。


「おぉ、マイン!」


 しまった! わたし、今日はこの家族と顔を合わせないように、部屋に引きこもる予定だった!


 ぅひっとわたしが後ずさるのも構わず、ギルド長がガシッとわたしの手を握って、感動に目を潤ませ始めた。


「よくやってくれた。礼を言うぞ、マイン。わしが贈った物を身につけて、あそこまで嬉しそうなフリーダは初めてだ。お前の言った通り、驚く顔より喜ぶ顔の方が何倍も価値がある」

「わ、わたしも頑張りましたから、喜んでもらえて嬉しいです」


 ひいいぃぃぃっ! 助けて、ベンノさーん!


「この感動を分かち合える相手にはなかなか巡り合えない。今度からフリーダに贈り物をする時はマインに相談することにしよう。時にマイン、聞きたいことがあるのだが……うぐっ!?」


 ぐいっとギルド長が退けられて、助かったと一瞬喜んだが、それはほんの束の間のことだった。ギルド長の代わりにたくさんの顔が一斉に寄ってきた。


「君がマインちゃんか。フリーダや父から話は聞いていたよ」

「はい、あの……」


 フリーダの父にきちんと挨拶をしようと思ったら、くるりと別方向に身体を向けられて、瞬きしている間に正面にはフリーダの母がいた。


「フリーダと仲良くしてくれてありがとう。ここ数日、とても楽しそうで、笑顔が増えたの。母としてお礼を言いたいわ」

「こ、こちらこそ……」


 お礼を言おうと思ったら、兄達二人がグイッと顔を寄せてくる。


 お願い! 返事する隙間くらい与えてください! って、顔近い! 顔近い!


 声に出せないくらいのパニック状態で、目を白黒させながら固まっているわたしを兄達は遠慮なく突いたり、頭を撫でまわしたりする。


「へぇ、これがマインか。話ばかりは聞いていたけど、本当にいたのか。作り話じゃなかったんだな」

「もう何日もいたはずなのに、初めてみるんだもんな? マイン、口がパクパクしてるぞ?」


 本当にいたのかって、わたしは遭遇率の低いレアモンスターか!? 珍獣か!?


「お兄様方、そろそろ時間でしょう? 下に行きましょう。マインを離してあげて」


 もみくちゃにされるわたしに救いの手を差し伸べてくれたのは、フリーダだった。今日は本当に女神に見える。


「そうそう。遅れちゃ大変だし、早く行った方が良いですよ?」


 わたしがじりじりと後退していると、兄の一人が右腕をガシッとつかむ。もう一人が即座に左手をつかんだ。


「マインも一緒に行こうよ。フリーダの洗礼式を祝ってやって」

「いえ、わたしはここで……」

「我が家の客だし、一緒に行っても問題ないよ」

「そうそう、お祝いは人数がいた方が楽しいからな」


 捕獲されたわたしは、両脇を抱えられながら、ぶるぶると首を振ったが、強引な家族は断り文句を聞いていない。


 これは血!? ギルド長の一族は人の話を聞かない遺伝子でも持ってるの!?


 わたしの心中などお構いなしで微笑ましげに周りが見守る中、フリーダだけが溜息を吐いて、兄達を諫めてくれた。


「お兄様方、構いすぎたら体調を崩すと、わたくしの時も叱られたのでしょう? 同じ身食いのマインにも構いすぎないで。ご家族が午後には迎えに来るのに、熱を出したり、倒れたりしたら困るもの」

「でも、せっかくだから、仲良くなりたいじゃないか」

「マインはまだ体調が良くはないから、この部屋の窓から洗礼式を見ることになっているの。外には出られないのよ。本当はマインだって外に出たいのに……」


 身食いのせいで、いつ倒れるかわからなくて外に出ることができず、窓から羨ましそうに外を見ていた昔のフリーダを思い出したらしい。兄達は急にしんみりとした雰囲気になって、つかんでいた腕を離してくれた。


「さぁ、みなさま。そろそろ鐘が鳴りますわ。外でお嬢様のお披露目をしなければ」


 ユッテの言葉にフリーダを取り囲むようにして、わらわらと外に出ていく家族をわたしは台風が去っていくのを見つめる気分で見送った。

 やはり一緒に食事しなくて正解だったようだ。あんな勢いで次々に質問されたり、構い倒されたりすれば、数日間は確実に寝込む。


「マインさん、大丈夫ですか? 悪い方達ではないのですが、少し押しが強いところがありますから」


 少しじゃないよ。


 ユッテへのツッコミは心の中に納めておいて、わたしは窓辺へと近付いた。

 暖炉に火をくべて温められていても、窓辺は冷える。ユッテが出してくれたショールをまとって、眼下を見下ろした。


 よく晴れているが、時折チラチラと雪が舞うという天気で、わたしの吐息で曇るガラスを見れば、外がものすごく寒いことがよくわかる。


 窓の向こうでは、外に出たフリーダがご近所さんに絶賛されていて、女王様のように目立っていた。家族に周りを囲まれて、今までで一番嬉しそうな顔をしている。

 こうして上から見ていると、飾りを付けている子が少ない中、わたしが作った髪飾りは非常に目立って見えた。

 窓から見つけたというフリーダの言葉にも納得だ。


 トゥーリも目立って見えたんだろうな。トゥーリは可愛いからきっとみんなが噂したんだろうな。


 フリーダの洗礼式を見下ろしながら、頭に浮かぶのは何故かトゥーリの洗礼式のことばかりだった。

 父が会議に行きたがらなかったことや一張羅を着て笑っていた母のことが次々と浮かぶ。何だかすごく家族に会いたくなってきた。


「マインさん、顔色が優れませんが、どうしました?」

「家族と一緒で嬉しそうなフリーダを見てると、わたしも家族に会いたくなっちゃったみたい。午後には迎えに来てくれるのにね」



 お昼の鐘が鳴るのを待ち構えていたように、家族が迎えに来てくれた。いつもはちょっと暑苦しい父の愛情が心に染み入ってくる。


「マイン、寂しかっただろう? 父さんは寂しかったぞ」

「ちょっとね。ちょっとだけ、寂しかった」


 フリーダの家族に昼食を一緒にどうかと誘われたが、「これ以上お世話になるわけにはいかない」と母が固辞し、「久し振りに母さんが作ったご飯が食べたい」とわたしがねだったことが決定打となって、強く引きとめられることもなく家に帰ることができた。


「わたしもご馳走が食べたかったのにぃ……」


 ぷくぅと頬を膨らませるトゥーリにわたしは小さく笑う。


「ごめんね、トゥーリ。わたしはフリーダの家の豪華なご飯より、母さんのご飯が食べたいの」

「エーファのご飯はうまいからな」


 ご機嫌の父に肩車されて、家族みんなで家に帰った。

 たった数日間、留守にしただけのボロくて貧しいウチだけれど、緊張感が皆無の家に心底ホッとする。


 フリーダの家には贅沢なご飯に、豪華なお風呂、ふかふかのお布団と素敵な物がぎゅぎゅっと詰まっていた。一つ一つは魅力的でとても心惹かれるけれど、緊張して疲れてしまう。

 綺麗で便利なはずなのに、何故か、ずっと暮らしたいとは思えない。


 あぁ、いつの間にか、わたしのウチってここになっていたんだなぁ。


 そんな自分の中の変化に驚いたフリーダの家での滞在だった。



 家族に囲まれたフリーダを見て、ちょっとホームシックになったマイン。

 自分の心境の変化に驚きです。


 次回は冬の生活。本格的な冬の到来です。

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