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第2話 リップクリームとシャボン玉

 アースクイーン会議が行われていた頃、レアの部屋にレアとアニマ、トルリの3人が集まっている。トルリがため息をついてから話す。


「はぁ、ねえ、私たち3人の、魔法の実力は他の5人に比べて劣るわよね」


レアとアニマがコクコクして同意する。そして、アニマが口を開く。


「他の5人に比べて保有魔力量が少ないから仕方がないけど、……」

「でも、それなりに何か工夫すればレベルアップできるかもしれないわ。プレヤとヴェーヌみたいに協力して魔法を放つとか。もちろん個人個人のレベルアップも必要だけど」


レアの提案にアニマとトルリもコクコクと同意する。


「たしかにプレヤとヴェーヌの2人が協力して放つ魔法は凄いし、カッコイイ。でも具体的に、私たちが協力するってどうするの?」


トルリの疑問に腕を組んで、ウンウン考え込む3人。しばらくして、レアが話し出した。


「私、土魔法は上達して四阿を建てて、その中にテーブルとイスを置けるようになったわ。でも土魔法って攻撃に使うには見栄えが悪いのよ。星魔法もまだまだだし。土星の環を飛ばせるけどノロノロゆっくりしか飛ばないの。ビューンと飛ばしてスパンと魔獣を切れるとカッコイイのだけど。アニマ、風魔法で土星の環を飛ばせないかな?」


レアに続いてトルリも言う。


「私も水魔法で槍は出せるようになったけど、全然飛ばせないの。神話や伝説にはカッコイイ槍があるわ。ケルトハルのルーンやハーデースの槍、クー・フーリンの、ゲイ・ボルグ、ロンギヌスの槍、ポセイドンのトリアイナとか。私の好きな槍はオーディンのグングニルよ。この形の槍を水魔法で出して飛ばしたいの」


トルリは文字の読み書きを習ってから、いろいろな神話や伝説を読むのが好きになったのだ。その中でも登場する剣や槍、弓矢に強い興味を持つようになっている。それを聞いたレアは本棚から1冊の本を取り出して、パラパラとページをめくって1つの絵を指さして言う。


「この槍ね。たしかにカッコイイ槍だわ。え~と、ノルデンランド王国の神話で神々と巨人が戦った時に、主神オーディンが使った槍って書いてあるわ。あっ、話が逸れた。今はアニマの風魔法よ。アニマ、風魔法はどれくらい使えるのかしら?」

「全然ダメ。そよ風を吹かせるくらいよ。風のイメージがはっきりわからないの。私は剣が使えなくて弓矢しか使えないから、強力な風魔法が使いたいのに。矢を風に乗せて、飛ばしたいのよ」


それを聞いて、レアとトルリはガックリと肩を落とす。しかし、レアはハッとして顔を上げて言う。


「以前、イスリさんが話していたけど、風魔法を使う時は空気の小さな粒をイメージするって。アニマ、空気の小さな粒をイメージしている?」

「ううん、全然イメージしていないわ。空気の小さな粒ってなあに?」


アニマの言葉にレアは思った。アニマが空気の小さな粒をイメージできれば、土星の環や槍を飛ばせるかもしれないと。問題は空気の小さな粒をイメージしてもらう方法だ。レアは考えた。ウンウン唸って考えた。そして口を開く。


「そうだ! アニマ、シャボン玉をイメージするのよ」


アニマとトルリの頭に「?」が浮かぶ。そして、2人首を傾げて質問する。


「「シャボン玉ってなあに?」」


アニマとトルリはシャボン玉を知らなかったのである。2人とも貧しい家庭で育ったので、身体や髪を洗うセッケンやポーションで遊ぶなどとんでもなかったのである。


「セッケン水で作る虹色に輝く玉よ」

「えっ、何それ。全然見たことないわ」


アニマが言うと、トルリもコクコクする。レアは再び考え込む。そして、結論を出す。言葉で説明するより実物を見てもらった方がいいと。


「じゃあ、シャボン玉を作りに外に出ましょう。セッケンとストローはパシファさんにお願いすれば用意できるかしら?」


3人は一緒にレアの部屋から廊下に出ると、ちょうどアースクイーン会議から帰って来たプレヤとフェネがやって来た。


「3人揃ってどこへ行くの?」


プレヤに問われて、アニマとトルリは下を向く。シャボン玉を知らないことが恥ずかしいのだろう。そこでレアが答える。


「3人でシャボン玉を作って遊ぼうと思って。セッケンとストローをもらうためにパシファさんの所へ行くの」

「じゃあ、一般工房長のミマさんの研究室に一緒に行かない? 僕もリップクリームという物についてミマさんに訊きたいことがあるし、ミマさんもセッケンやストローを持っていると思うから」


「リップクリームってなあに?」

「何でも唇に塗るものらしいよ」

「わぁ、面白そうね。一緒に行きましょう」


フェネも一緒に行くというので、5人でミマの研究室に行くことになった。女の子の直観がリップクリームは是非とも知っておくべきものと教えてくれたらしい。



一般工房に入りミマを訪ねて研究室に行くと、ミマは実験をしていた。ドアをノックすると許可が出たので、部屋に入るとミマは実験中だったらしく、顔だけをプレヤたちの方へ向け口を開く。


「あらあらお嬢さんたちがここにいらっしゃるなんて珍しいですわね。どのような御用でしょうか?」

「お願いしたいことが2つあってきました。今大丈夫でしょうか?」


プレヤが尋ねると、ミマは少し困った顔をして答える。


「少し待ってもらえるかしら? 今実験の途中なの。そうね、5分くらいかな」

「わかりました。僕たちのことはお気になさらず」


プレヤの言葉にミマは顔を戻す。その視線の先にあるのは、実験台に取り付けられた万力の垂直に立てられた厚い鉄板2枚に挟まれた麻袋だ。ミマがハンドルを回すと、2枚の鉄板の間隔が狭くなり麻袋をギューギュー押す。そして、麻袋の下から液体が下に置かれたビーカーにポトポト落ちる。


「ふう、もうこれ以上は絞れないわ。さて、ご用件は何かしら?」


アニマが訊かずにはいられないという感じで、ミマに尋ねる。


「何をしているのですか? 麻袋にはいっているのは何ですか?」

「麻袋の中身はローズヒップ、バラの果実よ。今やっているのは、リップクリームや口紅を作るための予備実験なの」


ミマの説明がよくわからなかったアニマがお願いする。


「もっと詳しく教えてください」


少し長くなるけどと前置きをしてミマが説明を始める。


「リップクリームや口紅などの化粧品に添加するローズオイルの製法を研究しているの。普通はバラの女王と言われるダマスクローズの花びらからローズオイルを採取するの。まず、ダマスクローズはバラの香りを逃がさないために朝早い内に一つずつ丁寧に収穫されるわ。


その後、水蒸気蒸留という面倒な方法、蒸留釜に1kgの花びらと4kgの水を入れて、50℃くらいで長時間加熱を続ける方法、でローズオイルを得るの。1gのローズオイルを得るには、3000本のダマスクローズの花びらが必要なのよ。


また、花びらは口紅用のバラの色素を得るためにも必要。そうなると、とんでもない量のバラが必要になるから、この方法で得られるローズオイルは超高級品用とする予定よ。


そして、安価で販売するリップクリームや化粧品用のローズオイルを得る方法として、バラの果実であるローズヒップからローズオイルを得る方法を研究している。それが今やっていることよ。まあ、工場では別の方法でやるのだけど。わかったかしら?」


ミマの説明に全員がコクコクする。それを見て、ミマが言う。


「そう、それは良かったわ。みんな賢いのね。それでお願いしたいことって何なの?」


フェネが恥ずかしそうに口を開く。


「リップクリームについて教えてください。私、何も知らないので、できるだけわかりやすくお願いします」

「そう、フェネさんは横笛を演奏するのでしたね。管楽器奏者は普通の人より唇が乾燥しやすくて、乾燥した唇は演奏に支障が出るから気になるのかしら? 若いうちから唇のケアに気を付けるなんて、しっかりしているのね」


それを聞いて、フェネは固まった。そんなことは知らなかったのだろう。横にいるアニマが同情して言う。


「管楽器の奏者は唇を使うから大変だね」

「あら、弦楽器奏者やピアノ奏者は指先や爪のケアをしっかりしないといけないわよ。指先は唇ほど乾燥しやすくないけど、乾燥すると弦を押さえたり、鍵盤を叩く時に支障がでるわ。だから、ハンドクリームやハンドオイルを使うの」


ミマに言われて、自分たちには関係がないと思っていた、弦楽部族のアニマと打楽部族のトルリはビックリして口を開け、ポカーンとしてしまう。


ミマはニッコリして、リップクリームの説明を始める。


「まずね、水は人間の身体にとってとても大切、だから身体の半分以上は水なの。皮膚の働きの1つは身体から水を逃がさないようにすることなのよ。でも、唇はその働きが他の部分より弱いから、冬に空気が乾燥すると、水が逃げてしまってカサカサになるの。それを防ぐために唇に塗るのがリップクリームよ」


「なぜリップクリームを塗ると水を逃がさないようになるのですか?」

「いい質問ね。ちょうどいいわ」


そう言うとミマは万力の下からビーカーを取り出してフェネに見せる。


「ほら2層に分かれているでしょう。上の部分がローズオイルで下の部分は水よ。混ざり合っていないでしょう。リップクリームのベースになる蜜蝋も水と混ざり合わないの。だから、リップクリームを塗ると唇から水が逃げられなくなるのよ。それから、リップクリームは唇の皺の中にも塗り込むためにタテ方向に塗るの」


ミマの説明に全員がコクコクする。そして、プレヤが何か思いついたように呟く。


「リップクリームは唇を守る結界みたいなものなんだ」

「そうね。いい例えだわ。それでもう1つのお願いは何かしら?」


レアが一歩前に出てお願いする。


「シャボン玉を作る道具を貸してもらえませんか?」

「いいわよ。ちょっと待ってね」


そう言うと、ミマは奥に行き水の入ったビーカーを持ってくる。そして、その上でセッケンをヤスリで削るとセッケンが小さい粉になって水に落ちていく。次に砂糖を少し加え、最後にグリセリンを少量加えてスプーンでかき混ぜながら説明する。


「砂糖とグリセリンを加えるとシャボン玉が丈夫になるの。さあ、特製シャボン液の出来上がりよ」


特製シャボン液と大きいストローと小さいストローを受け取って全員で外に出て、プレヤとレアがシャボン玉を飛ばす。すると、トルリとアニマが歓声を上げる。


「わあー、虹色に輝いてとってもきれい」

「真珠よりもきれいかもしれないわ。私にもやらせて」


プレヤとレアがトルリとアニマにストローを渡すと、アニマは大きいストローで大きいシャボン玉を、トルリは小さいストローで小さいシャボン玉を飛ばす。2人は夢中でシャボン玉を飛ばす。その様子をしばらく眺めていたフェネがレアに尋ねる。


「ねえ、なぜ2人にシャボン玉を見せたかったの?」

「アニマが風魔法を上手に使えるようによ。アニマが小さな空気の粒をイメージできないって言うから、シャボン玉を見ればイメージできるようになるかなと思って」

「そう、じゃあ、あのシャボン玉は大きいわ。もっともっと小さいシャボン玉を見た方が小さい空気の粒をイメージしやすいと思うわ」


そして、フェネは横笛を準備して詠唱する。


「音楽魔法 シャボン玉」


横笛の演奏が始まると、シャボン液が入ったビーカーからとても小さいシャボン玉がたくさん飛び出して、風に乗って飛んでいく。それを見たレアとプレヤが歌い出す。


♪シャボン玉飛んだ 屋根まで飛んだ 屋根まで飛んで こわれて消えた


アニマは口を開けて、ポカーンとそれを眺めていたが、ハッと我に返り嬉しそうに言った。


「これが小さい空気の粒の流れね。私、イメージできるわ」



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参考

「シャボン玉」 作曲 中山晋平 作詞 野口雨情

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