失敗作
不自然なぐらい何もない。
ガルガンを説得……もとい食事で懐柔して未開拓地の道案内を頼んで三日目。
大森林の中にポッカリと空いた一帯へと連れてこられた。
俺たちを囲むようにぐるっと巨木が立ち並んでいるが、この場所には木はおろか雑草の一本すら生えていない。土がむき出しの地面。
それも不自然なぐらい綺麗な円形状になっている。範囲としては歩幅で百歩ほどだろうか。
さっきは何もない、と表現したがそれは正しくない。実際はこの空白地のど真ん中には巨大な岩が突き刺さっている。
表面に俺の姿が映るぐらいつるつるで細長い岩。地面に少し斜めになった状態で刺さっているのだ。
「なんだこの石。俺の倍ぐらいか。ぴっかぴっかに磨かれてんな」
レオンドルドが岩に映る自分の顔を見つめるように覗き込んでいる。
「ふむ、かなり硬質な石であるが、それをこれほどまでに磨き上げるとは。どれ程の労力を必要とするのか」
団長は岩に触れ、軽く撫でたり小突いたりして材質を確かめている。
「ぴーがががが。この土地でしか取れない魔力を含んだ石のようです。並の人間では削ることすらできません」
妙な音を口から発して、更に目から謎の光を放出していたアリアリアが分析結果を口にしている。
「そこまで固いのか。試しに殴ってもいいだろうか?」
クヨリが力比べをしてみたいようで、腕をまくって珍しくやる気だ。
彼女の『怪力』なら大抵のものは容易く破壊できる。個人的にも興味があるので止めないで見守ることにしよう。
腕をぐるぐる回しながらクヨリが岩の前に立つ。
そして、大きく振りかぶった拳を叩き付ける直前。
「ダメーーーッ!」
とガルガンが叫んだ。
岩に激突する寸前で止まる拳。
全員が叫んだ彼女へ注目すると、四つん這いで腰を上げ髪の毛を逆立てていた。
「フウウウウッ! ソレ、ジイチャンノハカ!」
知らなかったとはいえ祖父の墓石を破壊される寸前だったのだ、怒って当然。
その言葉を聞いて申し訳なさそうに腕を下ろすクヨリ。そして、深々と頭を下げた。
「すまぬ、知らぬとはいえ失礼なことをした。死者を蔑ろにする行為は最低の行いだ」
心から謝罪の言葉を口にしている。
オンリースキルである『不死』を所有するクヨリだからこそ、自らの安易な行動が許せないようだ。
「謝罪の証としてこの首を落とそう」
クヨリが手刀を振り上げて自分の首へ叩き付けようとしたので、俺とレオンドルドが素早く腕にしがみ付いて阻止する。
「死なないからといって、それはやりすぎです」
「朝からぐろいもん見せんな! ほら、ドン引きしてるだろ」
レオンドルドの言葉に促されて顔を上げたクヨリ。視線の先にいるのは頬を引きつらせて、少しずつ後退るガルガンの姿があった。
「クヨリ、コワイ」
逆立っていた髪の毛がしな垂れ、目を逸らしている。
本当に怯えているなあれは。
「不死身の自害というのは滑稽でしかない。それに墓石を血で汚す気であるか?」
腕を組んだ団長が少し厳しめに言い放つと、クヨリの腕から力が抜けた。
「すまない。暴走してしまった」
「ウ、ウン、イイヨ」
謝罪を受け入れたガルガンだったが、団長の後ろに隠れた状態で顔だけ出している。
この妙な空気を吹き飛ばすためにも、ここは話題を提供するべきか。
「ところでガルガンさん。祖父の墓だそうですが、墓石は何処から持ってきたのですか?」
「コレ、イワヤマクダイテ、イチバンキレイナノ、モッテキタ。マイニチナデテタラ、ピッカピッカニナッタ」
これを自力で砕いて運び、表面が輝くまで素手で磨き上げたと。
破壊して運ぶ力があるのはスキルを知っているので驚きは少ない。それよりも、こんな状態になるまでなで続けたという事実の方が驚愕だ。
ガルガンはどれだけの時間をここで過ごしてきたのだろうか。
……考えて悩むよりも訊いた方が手っ取り早い。そう判断して質問を口にする。
「失礼ですが、ガルガンさんは今お幾つなのでしょうか?」
「女性に年齢を聞くなんて無粋」
クヨリが少し頬を膨らまして上目遣いで睨んでくる。
そういえば、昔に年齢を尋ねたら答えの代わりに拳が飛んできたのを覚えている。懐かしい。
なのでクヨリの正確な年齢は知らないが、日頃の言動からして千年は超えているはずだ。
「ガルガン、エット、エット、イッパイ! スッゴクナガイキ!」
両手の指を折って数えていたが、途中で仰向けになって足の指でも数え始めた。それでも全然足りないようで、途中で諦めて手足を伸ばして地面に寝転んでいる。
「まあ、いいじゃねえか。でよ、ガルガンはなんで爺さんの墓に俺たちを連れてきたんだ?」
レオンドルドに言われるまですっかり忘れていたが、確かに道案内は頼んだがそれは「何か研究施設……大きな建物があるところを知りませんか?」という内容だった。
「ココ、オッキナ、イエ」
寝転んだまま両手足を振り回して、ここが目的地だと伝えている。が、墓石と地肌がむき出しの大地しかない。
「謎掛けであろうか?」
「どうなんでしょうね?」
団長と揃って首を傾げていると、今まで無言を貫いていたアリアリアが墓石に歩み寄り、大きく息を吐いた。
「そのままの意味ですよ。ここが目的地のようです」
周囲を見渡していた視線を墓石の下へと向けて、確信めいたことを口にしている。
「どういう意味ですか。我々にはわかりかねます」
クヨリ、レオンドルド、団長、俺。わかってない組を代表して疑問をぶつける。
「施設はここの……地下にあるのですよ」
アリアリアは無表情な顔を崩して微笑むと、ゆっくりと地面を指差した。
「マジで地下にあるのかよ」
レオンドルドの声に興奮が隠しきれていない。
「地下に隠された謎の巨大施設! ロマンを感じるではないか!」
団長も同じ気持ちのようで鼻息が荒い。
表面上は気のない素振りをしているが、実は俺も少し心が弾んでいた。隠された部屋や地下室という状況には惹かれるものがある。
「暗いな」
「陰気臭いです」
「アカルイ、ホウガ、イイ」
男性陣とは真逆の反応で、どうやら女性陣には不評なようだ。
あの後、墓石近くの巧妙に隠されていた丸い突起物を押すと、地面に四角く穴が空いた。
穴を覗き込むと下へと繋がる長い長い階段が見える。
「コッチクル」
なんの躊躇いもなく勢いよく降りていくガルガン。
俺たちは顔を見合わせてから、彼女の後を追う。
「おっ、なんだ?」
一歩足を踏み入れると暗闇だった地下に光が灯った。
階段に沿って壁際に備え付けられていた丸い突起物が光を放っている。
かなりの光量で一瞬にして地下が光に包まれた。
下りながら辺りを観察しているが、想像よりもかなり深い。
階段は壁沿いにあり五十段進んでから直角に曲がり、また五十段下ってから直角に曲がる、これの繰り返しだ。
右手は壁、左手は吹き抜けになっていて下を覗き込むが闇が佇んでいるだけ。
階段の下部はまだ光が灯っていないので詳細は不明。
「これはかなり深いようだが。ガルガン、下にはどれぐらいでたどり着くのだ?」
団長は階段から半身を乗り出して下を覗き込みながら、先頭を行くガルガンに問いかける。
「エトネ、モウチョイ」
「曖昧ですね」
静かにツッコミを入れるアリアリアは、さっきからずっと周囲を見回している。
いつも通り無表情なのに、何処か楽しげに見えるのは気のせいなのだろうか。
「三千二十八、三千二十九、三千三十……」
ずっと代わり映えのしない光景が続く中、クヨリが淡々と数を数えている。
どうやら下った段数をずっと数えているらしい。
永遠に続いているような錯覚に陥りそうになっていたが、ようやく最終地点にたどり着きそうだ。
下を見ると床が見えてきた。
真っ白の床は汚れ一つなく光沢がある。見た目に似合わずこまめに掃除をするきれい好きなのだろうか?
思わずガルガンの後ろ姿を見てしまうが、服は土で汚れているし、髪に櫛を通してもいない。自分の身だしなみに無頓着でありながら、きれい好き。……ないな。
そんなことを考えていると階段を下りきり、最下部の床へ到着した。
「ココ、ガルガンノ、ネドコ」
両腕を振り回して説明をしてくれているが、殺風景でだだっ広い空間のど真ん中にベッドが一つ置いてあるだけ。
「こんな場所に一人で寝る。寂しくはないのだろうか」
クヨリはじっとベッドを見つめながら小さく呟く。
彼女も人里離れた場所にずっと一人暮らしだったので思うところがあるのだろう。
「ガルガン様。身の回りの世話をする者がいるのではありませんか?」
唐突にそんな質問を口にしたアリアリア。
「イルヨ! モリモリモ!」
口に両手を当てて大声で呼ぶガルガン。
すると、継ぎ目一つなかった壁に四角い穴が空き、そこから人型でつるっとした金属製の皮膚をした、目が黄色のゴーレム――いや、オートマタが現れた。
仲間の中で俺と彼女だけがその姿に見覚えがある。
今はメイド風の姿をした人間にしか見えないが、アリアリアの本来の姿にそっくりだった。
「モリモリモ。現存でしたか」
アリアリアが話しかけると、モリモリモと呼ばれたオートマタが彼女の前まで歩み寄る。
そして鼻先が触れあいそうなぐらいまで近づくと、ピタリと動きを止めた。
「大丈夫なのか?」
「既知の仲みたいですね」
身構えていたレオンドルドに警戒を解くように声をかける。
名前からして彼女の姉妹なのだろう。以前訊いた話によると「私が長女みたいなもので、下に四十六体の妹が存在します」らしい。
「アリアリアですか。まさか再会できるとは思ってもいませんでしたわ。お久しゅうございます」
一歩下がると恭しく頭を下げるモリモリモ。
アリアリアと違って丁寧で優しさを感じる口調だ。
「あちらの方がメイドとして相応しい振る舞いをしておる」
「だな。見た目を交換したらしっくりくるぜ」
「あれなら、身の回りの世話をして欲しい」
仲間からの評価が耳に届いたのか、無表情のまま頭だけ振り返ってじっと見つめてくるアリアリア。
人間の首の可動域を超えた動きと表情に、クヨリが怯えて俺の後ろに隠れた。
「モリモリモ、トモダチカ?」
関係性に驚いたガルガンがはしゃぎながら、二人の周りを走っている。
「落ち着いてください、ガルガン様。アリアリア、詳しい話を訊かせてもらっても構いませんか?」
「ええ。アリアリアも話を訊きたいので」
この様子だと、穏やかに情報交換ができそうだ。
「なるほど、アリアリアたちはこの施設に怪しげな人間が入り込んでいないか調べに来たのですね。そしてこの施設の研究内容に興味があると」
互いに説明を終えたところで要約した内容を口にするモリモリモ。
今、俺たちは床の同じ材質らしい白く丸い机を囲んで話し合っている。
ちなみにこの机も座っている椅子も、床からすっと浮き上がってきた。どういう仕組みなのか見当も付かない。
「簡潔に答えを言いますと、半年ほど前に侵入者はありました。それも、そちらの回収屋様にどことなく似ている女性が」
その言葉に思わず腰が浮く。
「まさか、本当に姉がここに?」
ずっと懸念していて心構えはできていた筈なのに、それなのに姉のことを知ると動揺と心のざわつきが抑えられない。
「先程見せてもらった絵の人物で間違いないかと。照合した結果99%以上の確率で同一人物だと答えが出ています」
話し合いの最中に見せた姉が自ら描いた、俺と姉の自画像。
以前会った時は自画像の姿よりも若干年を取ってはいたが、面影どころか同一人物なのは誰の目から見てもわかる姿をしていた。
「ちなみにガルガン様は周辺を散歩中で、その場にはいませんでした」
彼女が姉について一切触れなかったのは、そもそも遭遇していなかったからか。
当の本人ははしゃぎ疲れたのかベッドの上で熟睡している。
「その女は何をしたのですか?」
「この施設の情報をよこせと、仰って。本来であれば抵抗するべきだったのですが、モリモリモの優先順位はガルガンの世話。勝てないと判断して従うしかなく」
「モリモリモのマスターがガルガンなのですか?」
「いえ、マスターはガルガン様の祖父です。彼の命令に従っています」
古代の人の作ったオートマタにはマスターと呼ぶ、契約者が一人存在していて、その人の命令は絶対。刃向かうどころか抵抗することすらできない、という話だった。
「そうですか。それで、伝えた内容と回収屋様の姉がどうしたのか教えてください」
「わかりました。ここは古代人が合成獣とスキルを研究していた軍事施設。隠し扉の先に研究施設があります」
モリモリモが指を差す場所は壁にしか見えないが、彼女が現れたときのように穴が空いて行き来が可能になる仕組みなのだろう。
「そこで、スキルの仕込まれた合成獣からあるスキルを大量に『強奪』すると満足して帰られました」
……嫌な予感しかしない。
姉が何を奪ったのか。それを知らなければならない、が。同時に知りたくないという気持ちが胸中で渦巻いている。
――最悪な未来が容易に想像できてしまうから。
「どのようなスキルを奪ったのですか?」
「ここでは魔物に『自爆』スキルを植え付け特攻させる、生物兵器を製作していました。つまり、『自爆』スキルが取られました」
『自爆』スキル。以前、とある村はずれに住んでいた女性が所有していた。
古代人が戦奴隷などに強制的に付与させ、敵陣で爆発させるという非人道的な目的で作られたスキルだという話は知っている。
威力も目の当たりにした。レベルによっては爆心地が数十年後に湖になるほどの破壊力を有している。
それを姉が大量に奪っていったと。……最低最悪の事態だ。
姉がそれを平和目的のために使うなんてことはあり得ない。だとしたら……。
「どれ程の数の『自爆』スキルを?」
「百十二体に付与していたものを……すべてです」
百を越える『自爆』スキルが姉の手に渡ってしまった、と。
つまり、姉が発動する前に倒さなければならない。
倒せるかどうかさえ怪しい相手に厄介な能力が追加されてしまった。前途多難という表現すら生ぬるい現状だ。
「まだ負けと決まったわけじゃない」
俯いてしまっていた俺の手にそっと触れたのは、クヨリか。
「おいおい、らしくねえぞ。絶望的な状況でも澄まし顔でなんとかするのが、お前だろ」
レオンドルドも励ましてくれている。
肩を豪快にバンバンと強く叩くのはやめて欲しいが。
「ちなみに、そのまとめた『自爆』スキルを発動させた場合、どれ程の威力になるのだ?」
団長があえて訊かなかった疑問を口にした。
どう考えてもろくな答えが返ってこないのがわかっていたから。
モリモリモは黄色い目を数回点滅させてから、口を開いた。
「ざっと計算した結果……13、65キロメートルの範囲が吹き飛びます」
「なんじゃそれ。そんな訳のわからん数字を言われてもピンとこねえぞ」
レオンドルドが頭を掻きながらぼやく。
確かに古代人の使っていた単位で言われても理解できない。
「では、アリアリアが補足します。ケヌケシブで例えるなら、城を爆心地と仮定して考えるならば、城や首都どころか近隣の町や村も完全消滅します」
アリアリアの答えを聞いて絶句してしまう。
それは俺だけではなく仲間全員が言葉を失い茫然自失だ。
現実は最悪の想像を楽々と越え、更に上をいった。
誰も口を開かない重い沈黙が続く。
この状況を打ち破ったのは誰でもない、俺だった。
「ふうううぅぅ。むしろ、吹っ切れましたよ。ここまで悲惨な状況なら、もう開き直るしかありませんからね。全力を尽くして踏ん張るのみです」
立ち上がり爽やかな笑みを浮かべ、拳を振り上げながら仲間を鼓舞する。
そんな俺への対応は……注がれる冷めた視線。
「なんか、キモいな」
「目も当てられぬ演技力だ」
「回収屋様、具合でも悪いのですか?」
「無理がある」
らしくないことをした自覚はあるが、それにしても酷い反応だ。
しかし、張り詰めていた空気が緩んだので良しとしよう。
「とはいえ、楽観的なことも言えませんので、本腰を入れて今後の計画を練らなければなりませんね」
「そのことなのですが。モリモリモ、研究内容は『自爆』だけなのですか?」
「いえ、他にもあります」
話を振られたモリモリモはあっさりと否定した。
「あの女性は『自爆』を得て満足して帰られましたが、他にも様々な人工的に作られたスキルがありますよ。ただ、俗に言う失敗作ばかりですが」
モリモリモが肩をすくめて、ため息を吐くような仕草をしている。
「失敗作ですか。例えばどのようなスキルが?」
回収屋として興味をそそられたので質問してみた。
「ええと、少しだけ辛味に強くなるスキルや、脚がしびれなくなる、体臭がなくなる、髪の毛が伸びやすくなる、等、エトセトラ。それもすべて1レベルなので、どうしようもないです。参考資料として保管しているだけなので」
姉が興味を示さなかったのにも納得だ。
どれも使い勝手が微妙で、尚且つレベル1だと使い道がない。
「そのスキルはどれくらい保存しているのですか?」
「一万と、五百九十九です」
「なっ⁉」
これも想像の遙か上を越えてきた。予想よりも二桁は上だ。
だが、これだけあれば、いくつかは何か使いようがあるかもしれない。
「そのスキルを売ってもらうのは可能でしょうか?」
「構いませんよ。使い道もありませんので。でも、失敗作ですよ?」
「それは承知しています。いいじゃないですか失敗作。私も生まれ育った村で散々馬鹿にされていましたからね。姉は優秀なのに弟は失敗作だって」
あの頃はずっと姉の足手まとい扱いで、誰からも期待されない存在だった。
だからこそ、親近感が湧く。このスキルたちに。
「ならば、姉に見捨てられたもの同士で手を組んで、見返してやりますよ」