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野獣と野獣

「久方ぶりですね」


 鬱蒼と茂る木々。雑草も生え放題で人の手がまったく入っていない未開拓地。

 右手には大草原、左手には大森林。

 正面には牛と犬の特徴を兼ね備えた、見たこともない魔物。

 未開拓地へ足を踏み入れて数分後に、手荒な歓迎を受けていた。

 魔物の大きさはレオンドルド二人分ぐらいか。猟犬の顔に牛のような角が三本生え、身体は犬に近いが足に蹄がある。


「おー、見たことがねえ魔物だな!」


 レオンドルドは相手を指差すと笑顔で浮かれている。

 歯をむき出しにして唸り声を上げている魔物を前にして楽しそうだ。


「ふむ、まさに未知なる体験! 小説家も連れてくるべきであったか」


 未開拓地を散策するのにはどう考えても相応しくない、タキシードにマント姿の魔王団長が顎に手を当てながら魔物の周囲をぐるぐると回り観察している。


「犬も牛も嫌いではないが、組み合わせると不細工だ」


 クヨリ好みの見た目ではないらしく、少し不満げだ。


「異様な魔物を目の当たりにしてその反応。アリアリアはドン引きです」


 と口にして呆れているが、声の抑揚もなく表情も変わらないので感情が伝わってこない。

 俺は以前に訪れたときも遭遇したことのある魔物なので驚くことなく、懐かしい気持ちで眺めている。


「皆様がそんな対応だから、魔物が困っているではないですか」


 確かに、犬牛魔物が困惑の表情を浮かべているようにも見える。

 一見、凶暴な魔物にしか見えないが頭は悪くないのだろうか。


「で、襲ってこねえのか? せっかくだ、腕試しさせてくれよ」


 レオンドルドが一歩前に踏み出し、盛り上がった力こぶを見せつけて魔物を挑発する。

 その仕草を見て我に返ったのか、魔物は姿勢を低くして身構えた。

 示し合わせたわけでもないのに、俺たちはそっとレオンドルドの側から離れて見物に回っている。

 未開拓地の魔物は獰猛で強い、というのが一般的な認識で間違いない。

 実際、昔に俺が以前探索した際は痛い目を見た。が、レオンドルドが負ける……ことはないだろう。

 唸り声を上げて飛びかかる魔物。


 大きく開かれた顎。涎に濡れた鋭い牙が無数に見える。

 それがレオンドルドの頭にかじりつく直前、魔物の姿が消えた。

 鈍い音が響くと同時に、本来曲がっては行けない方向へと身体が折れ曲がった魔物が左に吹き飛ばされた。

 重力を無視して地面と平行に滑空している魔物は大森林入り口の大木に激突。数本をへし折りながらようやく動きを止めたようだ。


 生死の確認は……するまでもない。

 一瞬で懐に潜り込んだレオンドルドが、魔物の胴体側面に右回し蹴りを叩き込んだ結果がこれだ。

 言葉にすれば単純な攻撃だが、動きの洗練具合は達人のそれ。

 俺ですら踏み込む際の動きが辛うじて見えた程度。


「中々、良い動きするじゃねえか。蹴った感触も固かったぜ」


 レオンドルドは相手を称賛しているが、圧倒的な実力差がある上での態度。

 未開拓地の魔物を要しても傷一つ負わないのか。


「アリアリアさん、今の魔物が何かわかりますか?」


 以前訊いた話によると、この未開拓地は古代人の実験場があった場所らしい。それも軍事目的で新たな魔物やスキルを開発していた部署らしい。


「今のは合成獣の一つですね」

「「「「合成獣?」」」」


 アリアリアを除いた全員の声が被さった。

 聞いたことのない魔物の種類だ。


「色んな動物や魔物を組み合わせて、人工的に生み出された魔物の総称ですよ」

「あ、以前、そのような話をされていましたね」


 セラピーと一緒の時に、そんな話を聞いた覚えがある。


「はい。有名なのはグリフォンです。鷹と獅子を組み合わせた魔物の成功例があれですね。他にもコカトリスとかも」


 コカトリスは鶏の身体に蛇の尻尾が生えた魔物だ。


「古代人が研究して生み出した魔物が、野に放たれて繁殖して今に至ります」

「じゃあ、ここら辺にいる魔物は全部、あれみたいな合成獣とやらなのか?」


 レオンドルドが吹き飛ばした魔物を指差して質問を口にする。


「いえ、合成獣だけではありません。身体を強化した個体。強制的にスキルを付与された魔物。様々な実験の結果生み出された化け物、等が存在しますよ」

「そんな昔に古代人が生み出した魔物ですら、相手にならねえのか。自分自身の強さが怖いぜ」


 両腕を掲げて力こぶを見せつけるポーズを取りながら、うぬぼれている。

 そんなレオンドルドを見て、少し眉をひそめるアリアリア。


「まさに魔境であるな」


 団長が腕組みをして何度も頷いている。


「まだ序の口です。奥地へ行けば行くほど強力な魔物がわんさか出てきますよ」


 なんでアリアリアは挑発するような口調なんだ。

 もしかして、古代の研究を馬鹿にされて怒っているのか?

 オートマタは古代人の技術の粋を集めて作られた存在らしい。彼女にはオートマタとしての誇りがあるのかもしれないな。

 あの程度の魔物なら俺たちでも軽くあしらえるが、あれ以上に強力な魔物か。

 考え込んでいると、視界が左右にぶれている。

 原因である右側に視線を向けると、俺の服を掴んで左右に揺さぶるクヨリの姿があった。


「回収屋、空腹だ」


 じっと上目遣いで俺を見つめ、お腹をさすりながら空腹をアピールしている。

 こんな状況でも緊張の一つもせず、マイペースなようで何よりだよ。

 空を見上げると太陽が頂点に達しようとしている。昼前か、ちょうどいい時間帯か。


「では、昼食にしてから本格的な散策を開始しましょうか」






 平原の雑草を魔法で吹き飛ばしてから、クヨリが砕いた岩の破片を組み合わせて簡易のかまどを組み立てる。

 スキルの一つを『料理』に入れ替えて、全員が満足する食事を完成させた。


「野外でこれほどの味を堪能できるとは。流石である」

「これってさっきの魔物の肉だろ? 牛っぽいがちょい違うな」

「魔物肉……悪くない」

「確かに美味しそうですね。無駄乳お化けなら、歓喜の涙を流しながら食いついたはずです。アリアリアも食事機能を追加できればよかったのですが」


 全員が料理を褒めてくれている。アリアリアはオートマタなので俺たちのような食事はせずに、電力とやらで生きていけるそうだ。

 感想を聞いた後に俺も口を付ける。

 うん、確かに悪くないどころか肉の質が良い。魔物肉は基本肉質が固く、お世辞にも旨いとはいえない食材なのだが、調理方法でどうにでもなるのは経験済み。

 だが、この肉は下処理なしでもいけるぐらい上質の肉だ。


「合成獣の中でも食用として育成された個体もいます。牛や豚を配合すると人間好みの味になるそうです」

「なるほど、だからか。あの豚みたいな顔した猿がこっちを見ているのは」


 骨付き肉の骨ごと噛み砕き、咀嚼しながら立ち上がったレオンドルド。

 彼の見つめる先には手足が長い毛むくじゃらの豚が二足歩行していた。その数は二十を超える。


「少し多いようですが、手伝いましょうか?」

「おいおい、冗談だろ。こんな面白そうな敵を譲る気はねえよ。運動したらまた腹が減るから、なんかデザートでも用意しておいてくれ」

「わかりました」

「万が一もねえが、もし俺が負けたら俺の分のデザート食っていいぞ」


 助力のために上げた腰を下ろし、調理道具と食材をバックパックから取り出す。

 途中で見つけた巨大な卵と牛乳を混ぜて、更に砂糖を投入する。

 打撃音をバックにかき混ぜながら、大きな鍋を取り出した。


「団長、ここに水をお願いします」

「魔法で出せばよいのだな。構わぬが、回収屋も魔法は使えるであろうに」


 文句を言いながらも魔法で生み出した水を鍋一杯に注いでくれた。

 団長はレオンドルドに負けない鍛え上げられた身体をして戦闘力も高いのだが、実は格闘能力よりも魔法の方が得意だったりする。

 伊達に魔王は名乗っていない。


「ところで何を作っているのだ」


 クヨリは俺がかき混ぜている液体に興味があるようで、じっと覗き込んでいる。


「蒸し料理の一つですよ。卵と砂糖と牛乳だけで作れるとても美味しいデザートです」


 以前酪農が盛んな村で教えてもらったのだが作り方も意外と簡単で、特に女性と子供から評価が高い。きっとクヨリも喜んでくれるはず。


「あとはこの器に流し込んで、お湯を張った鍋に並べて蓋をして待つだけです」

「ソレナンダ! クイモノカ!」

「ははっ、まだ全然火が通って……」


 耳元で急かす声に思わず返事をしてしまったが、一瞬にして緩んだ気がピンと引っ張られた。

 今の声は誰だ――

 気配はまったく感じなかったどころか、現在も気配が読み取れない。

 だが肌が触れあいそうなぐらい側にいるので、その熱は伝わってくる。


 確実に俺の隣に誰かがいる。


 動揺を殺し、平静を装いながら正面に座る団長とアリアリアに視線を向けた。

 大きく目を見開いている団長と、無表情のまま口を開いているアリアリア。

 二人とも俺と同じく今気づいたようで驚きを隠せていない。隣に座るクヨリは俺の影になっているので、相手の存在にすら気づいていないようだ。

 小さく息を吐くと、そのままクヨリの反対側へ頭を巡らせる。


 そこには土で汚れた女性の顔が合った。

 腰付近まで伸びた髪はボサボサで毛量が多い。顔は中性的だが女性のように見える。年の頃は十代半ばのようだが。

 身体には魔物の毛皮を巻いているだけの服を着て、靴は履いておらず腕も脚もむき出し。

 ただの人間のように見えるがよく観察すると違いがある。

 涎を垂らしている口から見える歯が肉食動物のような牙。青い瞳が猫のように縦に長い。

 更に指先から伸びた爪が槍の穂先のように鋭く尖っている。


「ところで貴方はどなたですか?」


 笑顔を顔に貼り付けて動揺は『演技』で覆い隠す。


「ウチ、ガルガン」


 俺の問いに対し満面の笑みで返してきた。

 共通語ではあるがたどたどしい話し方だ。異国の人がこの国の言葉を覚えたばかりのような発音。

 敵意はないようだが、この乱入者への警戒を解くわけにはいかない。

 ようやく彼女の存在に気づいたクヨリと正面の二人が立ち上がろうとしたのを手で制す。

 会話が通じる相手ならば穏便にことを運ぶべきだ。


「ガルガンさんですか。私は回収屋と言います」

「カイシュウヤ……ヘンナナマエ」

「ガルガンさんはここで暮らしているのですか?」

「ウン! ココ、ガルガンノニワ。コマッタニンゲン、イタラ、タスケル」


 予想外の言葉が出てきた。

 庭ということはここら辺に住処があるのか。それに困った人間を助ける、という発言。

 話し方や雰囲気からして嘘は言ってないように感じるし、敵意もない。実際『心理学』も同様の答えを導き出している。

 『鑑定』を発動させてガルガンのスキルを調べてみた。


『不老』『合成』『体力』『跳躍』『夜目』『気配操作』『怪力』『瞬歩』『回復』『再生』――


「なっ⁉」


 思わず声が漏れる。

 なんだ、この、スキルレベルの高さと多さは……。スキルが百近くあるぞ!

 俺も長年の成果として百以上のスキルを所有している。だが、同時に発動できる数には限りがある。スキルスロットがなければ取り付けることが出来ないから。

 だが、目の前の彼女には百ものスキルスロットが存在していた。つまり、彼女はすべてのスキルを入れ替えることなく発動可能ということだ。

 その事実に全身から冷や汗が噴き出し、背中に服が張り付く。

 ガルガン……見た目に反してとんでもない力を所有する危険人物だ。いや、人物かどうかすら怪しい。

 ただ、一つ言えるのは決して敵に回してはいけない、ということだけはハッキリしている。


「合成獣……」


 アリアリアの呟きが耳に届く。

 彼女も合成獣の一種なのか? 

 獣と獣ではなく、人と獣までも合成したと。古代人の研究者はどれだけ業が深いのだ……。


「ガルガンさんはずっとここで暮らしているのですか?」

「ウン! ジイチャン、ココニキタ、ニンゲンマモレ、ッテイッタカラ」

「言いつけを守っていらっしゃるのですね」


 どうやら敵に回る恐れはないようだが、さてどうするべきか。

 仲間たちは空気を読んで一切手も口も出さずに、ことの成り行きを見守ってくれている。

 商人として磨き上げた話術と誘導尋問で情報を聞き出し、手なずけてみるか。


「そうだ。よろしければ、私が作った料理を一緒にどうですか?」


 まずは胃袋を掴むとしよう。このデザートなら万人受けするはずだ。


「イイノカ! クレクレッ!」

「はい、ちょっと待ってくださいね。このままでも食べられますが少し冷やした方が美味しいので」


 蓋を開けて中から容器を取りだし、石を削っただけのテーブルに置く。

 目配せをすると団長が『氷魔法』で冷風を吹き付け、一気に冷やしてくれた。

 充分に冷えたのを確認してから、容器と匙を手渡す。


「これですくって食べ……」


 俺が説明するより早く、容器に顔を突っ込んだ。

 一気に食べ終わると気に入ったのか、容器をペロペロとなめて欠片の一つも残していない。


「アマイ! ダケド、クダモノトチガウ! フシギ!」


 目を輝かせてじっと空になった容器を見つめている。


「よかったらこれもどうぞ」


 一人に二個は行き渡るように多めに作っておいて正解だったな。

 全員一つずつになるけど、そこは我慢してもらうしかない。


「イイノカ!」


 満面の笑みを浮かべて新たなデザートを貪るガルガン。

 追加で四つ平らげて満足したのか、デザートの付いた指を舐めている。

 これで相手の警戒心も解けて、かなり懐いてくれたようだが。ここからが本番。出来るだけ多くの情報を引き出し、出来ることならこの未開拓地の道案内を頼みたい。

 言葉を慎重に選び、予め話の筋道を頭で組み立て決めておく必要がある。

 考えがまとまったので口を開こうとした寸前。


「おっ、なんだこの毛むくじゃらなガキは」


 ぶっきらぼうな物言いで胡散臭そうにガルガンを見下ろしているレオンドルドがそこにいた。

 一人で魔物退治をしていたのをすっかり忘れていた。また面倒なタイミングで戻ってきたものだ。

 不躾な物言いに対し、ガルガンは猫のような目を細め、じっとレオンドルドを睨みつける。


「おっ、いっちょ前に怒ったのか?」

「コノオス、キライ。クサイ」


 ガルガンは鼻を摘まんで、あっちに行けとばかりに手を払う。

 その言葉と態度に顔をしかめるレオンドルド。


「初対面の大人に失礼なガキだ」

「レオンドルド、少し黙って――」


 俺が止めに入ろうとしたが、素早く肩を押さえられて立ち上がることができない。


「ガキ、躾けてやるからかかってこいや」

「ジイチャンイッテタ。ランボウモノハ、ナグッテオトナシクサセロ、ッテ」


 挑発するレオンドルドに応え、ガルガンはその場から跳ぶと、後方へと距離を取った。


「わりぃな回収屋。あんな強いヤツを見たら血が滾ってよ」


 やはり、相手の実力を理解した上で挑発していたのか。

 子供や弱者には優しく接するレオンドルドにしては変だと思っていたよ。

 ガルガンに殺意はない。なら、気の済むまでやらしてみるか。実力を測るには絶好の相手であるのは間違いない。

 念のために敵意がないことだけは伝えておかないと。


「ガルガンさん。その大男ボコボコにしていいですけど、殺さないでくださいね」

「華麗な立ち回りを期待しておるぞ、ガルガンとやら」

「ふむ、無茶はせぬようにな」

「ガルガンさん、けちょんけちゃんにしてやってください」


 俺の言葉を聞いて察した仲間たちがガルガンに声援を送った。

 特にアリアリアは熱心に応援している。

 応援されたガルガンは嬉しそうに顔をほころばせると、両手を振って応えてくれた。


「お前らなぁ……。けっ、悪役上等。女子供であろうが、容赦なくボコボコにしてやんよ」


 吹っ切れたのか、邪悪な笑みを浮かべて指を鳴らしている。


「見事な悪役ぶりだ」


 団長が感心するぐらい似合っている。


「コロサナイカラ、アンシンシロ」

「それはお優しいことで。はっ」


 鼻で笑い、悪役の芝居を続行するレオンドルド。……いや、半分は素でやっているな。

 ガルガンは四つん這いになり、上半身を低くして腰を少し上げている。まるで獣が獲物を前に飛びかかるときの仕草だ。

 対して、レオンドルドは両腕をだらりと下げたまま、ゆっくりと歩み寄っていく。

 距離が徐々に縮まっていき、あと二歩も進めば互いの拳が届く間合いになる。


 そのタイミングでまずレオンドルドが仕掛けた。

 大地を蹴りつけ、一気に距離を詰める。ガルガンの目の前まで瞬間的に移動すると、そのまま拳を突き出す。

 しかし、当たる直前に大きく後方へ飛び退き、なんとか拳を回避するガルガン。


「身体能力だけで躱すか、あれを」


 感嘆のため息を吐くレオンドルドだが、その顔は嬉しそうだ。


「オマエツヨイ。スコシ、ミナオス」


 眼球がこぼれ落ちそうなぐらい目を見開いているガルガンは、レオンドルドへの認識を改めたようだ。

 そして、牙が見えるように大きく口を開き喜んでいる。


「似たもの同士ですか」


 見た目は違えど本質は似ているのだろう。


「戦うことでわかり合う。青春劇では稀にある流れではあるな」


 団長は大きく頷き、どこか満足げだ。


「昔、少年漫画で見たことがあります」


 アリアリアも思うところがあるのか、団長と同じように納得している。


「我にはわからぬノリなのだが」

「奇遇ですね、私もです」


 楽しそうに殴り合っている二人を眺めながら、俺たちはデザートを楽しむことにした。






 俺たちが食べ終わり、各自がくつろぎ始めると二人が揃って戻ってきた。

 互いに土にまみれ、いくつのも痣が見えるがその顔は満足げだ。

 見たところ大怪我はなく、打撲程度で済んでいる。


「いやー、やるじゃねえかガルガン! 俺をあそこまで追い詰めるとは見直したぜ!」

「ドルド、キニイッタ!」


 互いを称え合う、十年来の親友のような親しげな態度。

 本当に似たもの同士だったか。

 結局、勝敗は決しなかったようだが、両者ともに満足したのなら円満解決といっていいだろう。

 レオンドルドが負けて落ち込む姿を見たかった気もするが、それは黙って心に秘めておこう。


「また戦おうぜ」

「ヨルモタタカウ! ドルド、ツガイニナレ!」


 再戦の申し込みに対し、即座に返事をするガルガン。

 だが、その内容を聞いてレオンドルドの頬が引きつっている。


「今、なんて言った?」

「ドルド、ウチト、ゴウセイ。ツガイニナル!」


 そう言って胸元に飛びつきしがみ付いている。

 突然の事態に困り顔を向けてくるが、俺と仲間たちは一斉に視線を逸らした。


「魔物の中には戦って勝った相手と結ばれる、そういう種族もいるらしいです」


 アリアリアはそっぽを向いた状態でぼそっとこぼす。


「ふむ、野獣と野獣というタイトルでどうだ」


 団長は二人を題材にした演劇の項目が既に頭に浮かんでいるのか。


「っておい! 俺のデザートがねえぞ。誰だ食ったのは!」


 都合が悪くなった状況を誤魔化すためなのか、少し大げさに怒ってみせているレオンドルド。

 全員の前に置かれた空になった容器の数を確認して、一人だけ二個並んでいるクヨリを睨みつけた。

 当の本人は何処吹く風で、しらっと言い放つ。


「負けたらデザート食べていいって言った」

「こいつとは引き分けだ! 負けちゃいねえぞ」

「このことをリゼスに話してよいのか?」


 元暗殺者で婚約者のリゼスの名を口にすると、レオンドルドの顔面が蒼白になった。

 怖いもの知らずに見える彼だが、彼女には頭が上がらない。


「……俺の負けでいい」


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