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望んでいない力

「ここが傭兵の国……熱苦しい」


 傭兵の国ビタレの首都に足を踏み入れたクヨリの一言目がこれだった。

 しかめ面で街中を見渡しては、行き交う人々を見つめ眉をひそめている。


「なんで、この町の住民は……男女問わず筋骨隆々なのだ?」


 彼女が指摘するとおり、この住民の大半が鍛え上げられた体つきをしていて、見せつけるように露出の多い格好をしている。

 男性は袖のない肩がむき出しの格好。女性は割れた腹筋を見せつけるようなヘソ出しの服が流行っているようだ。

 それも少し小さいサイズの衣類を好んで着ているので、服の上からでも体のラインが見て取れる。

 見事なまでの肉体美を惜しむことなく晒す。それがこの国の名物とも言える特徴的な光景だ。


「露出狂の多い地域なのでしょうか。理解不能です」


 失礼なことを口にしたのは無表情メイドことオートマタのアリアリア。


「いい雰囲気だよな。ここに来ると筋肉が漲るぜ」


 クヨリ、アリアリアとは対照的に瞳を輝かせているのはチャンピオンことレオンドルド。

 自分と同等の存在を目にして血が騒ぐようで、わざと筋肉を隆起させてアピールをしている。

 そんなチャンピオンの姿を見て、住民たちの反応は感嘆の声を漏らして見惚れるか、悔しそうに負けを認めて嫉妬の視線を注ぐかの二択だ。


「何人か劇団員として雇いたいほどの見事な肉体美だ。無駄なく鍛えられた肉体は、さぞ演劇でも映えることであろう」


 劇団虚実の団長兼、魔王が顎に手を当てて称賛の声を漏らしている。

 そう言う団長もチャンピオンと同等の肉体をしているのに。


「我は肩身が狭いのだが……」

「同じく」


 チャンピオンと団長は違和感なく溶け込んでいるが、小柄で線の細いクヨリと平均より少し細めの体型をしているアリアリアは、この町では異物のように目立っている。

 傭兵の国に訪れたのは本来の目的のついでで、食料の確保と情報収集のために立ち寄っただけなのだが、町の雰囲気にクヨリは呑まれてしまった。

 現に今も怯えた目をして、俺の手をぎゅっと握ったまま離そうとしない。


「この国の政策は少し特殊ですからね。クヨリさん、国民の義務とはなんでしょうか?」


 緊張をほぐすためにあえて軽い口調で問いかけてみる。

 予想もしなかった質問を受けて、クヨリが困惑した表情になるが直ぐさま目を閉じて「うーん」と考え込む。


「ケヌケシブでは納税、労働、教育だったか」


 指折り数えながら答えるクヨリ。


「そうですね。ですが、傭兵の国ビタレは少し違うのですよ。まず、納税の義務はもちろんあります」


 税を納めなければ国が成り立たない。これは一部の資源が豊かな国を除けば常識だ。ほとんどの国でやっている政策の一つ。


「しかし、労働と教育の義務はないのですよ。この国では」

「そうなのか? それでは国家として成り立たないのではないか?」


 話に割り込んできたのは魔王団長か。近くで聞き耳を立てていて、口を挟むタイミングを見計らっていたようだ。


「普通ならそうなのですが、ビタレには二大義務がありまして、一つがさっきも言ったとおり納税。もう一つが……鍛錬なのですよ」


 俺の答えを聞いてクヨリと団長が同時に首を傾げた。

 アリアリアは無表情に見えるが、よく見ると眉間にわずかだがしわが寄っている。

 どうやら納得がいかないようだ。


「この国では肉体の鍛錬が推奨されています。十歳になるとスキルを調べるのは他の国でも共通しているのですが、ビタレだとそれに加え運動能力測定も実施されるのですよ」

「スキルを調べた後に、運動能力を調べるのか?」


 おっと、話にレオンドルドも乱入してきた。

 この国の特殊な事情に興味津々のようだ。


「ええ、そうです。この国では一定の運動能力以上の成績を収めると、国から毎月お金が支給されるのですよ。金額は一ヶ月を優に暮らせるぐらいの」


 その説明を聞いて四人が驚愕の表情を浮かべる。

 流石にアリアリアも驚いているようだ。

 この話を知らない人にすると、大概同じような反応をするので面白い。


「それも毎年検査がありますので、一定の水準を超える運動能力を示せば支給は続きます」

「ちょっと待て。なら、体さえ鍛えておけば働かなくとも生きていけるのか?」

「そうですよ」


 食い気味に質問してきたレオンドルドに笑顔で肯定する。


「マジか……。だから、この町の連中は老いも若きも男女問わず、こんだけ鍛えてるのかよ」


 驚きはしたが同時に納得もしたようで、レオンドルドが大きく頷いている。

 ここの住民に負けていない体つきの彼は、完全にこの町へ溶け込んでいた。


「貴方なら間違いなく支給対象ですよ」

「しかし、回収屋よ。それでは国が成り立たないのではないか? 払うばかりで収入がない」


 団長の疑問はもっともだ。それに対しての答えはある。


「そうですね。体を鍛えていれば安定した収入は得られるのですが、その肉体を利用して働くと高収入が保証されるのですよ。この国は賃金が他の国と比べてかなり高いですからね」


 労働に対する対価が割高なので、豊かな生活を望む者は自ら進んで働くような仕組みになっている。


「それに未開拓地に面しているので凶悪な魔物が多いのですが、魔物の討伐依頼はひっきりなしで、素材も高く買い取ってもらえるのですよ」


 肉体を鍛えていると、その体を生かしたいという発想になる人が少なくないようで、必然的に冒険者や傭兵を目指す者が多くなるようだ。


「まあ、あとは単純に鍛えられた肉体にもランク付けがあるようで、見た目の肌の張りや筋肉の隆起よりも、実績を伴った肉体の方が称賛されるのですよ」

「つまり、冒険者や傭兵で活躍した者の方が、筋肉も評価されると」

「そうですね。体の欠損や傷もこの国では称賛の対象ですよ」


 なので全身に無数の傷が刻まれた、見た目だけではなく実用性のある身体をしているレオンドルドなんて崇拝の対象になってもおかしくない。


「はい、そこ。上着を脱ごうとしない」


 話を訊いたレオンドルドが服の裾に手を掛けたので注意しておく。

 ただでさえ注目を浴びているのに、ここで半裸を晒したら男女問わず殺到してしまう。


「取りあえず、飲食店にでも移動しましょうか」


 この国の人に勝るとも劣らない肉体を晒している二人と、逆の意味で目立つ姿のクヨリとアリアリア。

 人の目を避けるためにも移動した方が無難なようだ。






「結局三人は行ってしまったな」

「そうですね」


 飲食店で対面に座るクヨリと一緒に飲み物を口にする。

 この国で流行っている飲み物を試しに頼んでみたのだが、独特な風味とのど越しをしていた。

 確か豆の皮を粉にして果物の果汁に混ぜ込んだ、筋肉の育成に効果のある代物らしい。正直、結構悪くない味だ。


「一泊する予定に変更しましたので、明日の朝までは自由行動です。クヨリさんも好きにすごしてもらって構いませんよ」


 レオンドルドと団長は好奇心を抑えきれずに、この町の散策へと繰り出した。

 アリアリアは情報収集に出かけたようだ。


「我は特にしたいことはない。回収屋はどうするのだ?」


 無表情でじっと見つめてくるクヨリ。

 何か言いたげなので『心理学』で考えを読もうとしたが、クヨリに使ったのがバレると後で怒られるので止めておくか。


「私は……そうですね、お仕事をしようかと」

「そうか。なら同行しても構わないか」

「ええ、もちろん」






「スキルの買い取りをおこなっております。鑑定だけでも受け付けておりますので、お気軽にお声がけください」


 噴水のある広場の片隅に陣取り、人々へ声がけをする。

 スキル関連の厄介事に遭遇することは多いのだが、最近は本業であるスキル買い取りがおろそかになっていた。戦闘系スキルを充実させるためにも、ここで大量にスキルを手に入れたい。

 定番のセリフを繰り返していると、俺より頭一つ大きく筋肉の鎧をまとった大男が眼前に立った。


 これは見事な体躯だ。見た目の筋肉量ならレオンドルドより一回り上。

 大男は太陽を背にしているので、俺は影の中にすっぽりと入っている。

 髪はボサボサで身だしなみには無頓着のようだ。顔は垂れ目で大人しそうに見えるが。


「あのぅ、スキルの買い取りというのは本当ですか?」


 少し高めの声で身体に反比例して声が小さい。


「はい、無用なスキル、必要のないスキルも買い取っています」

「回収屋の噂は本当だったのか……」


 顎に手を当てて考え込むと、大きく一度頷いた。

 この国にはたまにしか訪れないのだが、来る度にこの場所で買い取りを実施しているので、知っている者がいても不思議ではない。


「あ、あのぅ、買い取ってくれませんか?」

「はい、喜んで。どのようなスキルをお売りになりたいのでしょうか?」


 と言いながらも既にスキルの鑑定は終わらせている。

 彼の所有するスキルは『怪力』『頑強』『回復』『瞬発』『痛覚耐性』『体力』となっていて、すべてレベル20前後。

 かなり恵まれた能力の持ち主だ。肉体と併せてこのスキルがあれば、この国では大金を稼ぐ方法なんていくらでもある。冒険者や傭兵をやれば英雄扱いされることだろう。

 実際、袖のない上着と短パンから見える手足には無数の傷が刻まれているので、冒険者か傭兵経験者であることは間違いない……と思う。

 断言できない理由は――あるスキルの存在だ。


「そ、それなら、『頑強』と『痛覚耐性』を買い取ってもらえないでしょうか」

「その二つですか……」


 『頑強』は文字通りからだが頑丈になる能力で珍しくもない。肉体労働や戦いを主とする者に多く存在する。

 『痛覚耐性』は痛みに対して強くなるので、冒険者の前衛や兵士や傭兵が欲しがるスキルだ。クヨリはその上位スキルである『痛覚麻痺』を持つ希有な存在。

 どちらも有益で普通なら手放そうとはしない。……普通なら。


「買い取りは可能ですが、その二つを失うと痛みに対して抵抗するのが難しくなると思いますよ」

「つまり、凄く痛くなる、ということですよねっ!」


 さっきまでの態度とは打って変わって、興奮状態で鼻息が荒く迫り声も大きい。

 ああ、やっぱり、あのスキルの影響か。


「はい、そうなりますが」

「望むところです! 是非に!」


 一切迷うことなく断言する大男。

 彼はこのスキルを失っても後々後悔することはないだろう。それどころか、直ぐに同じスキルに目覚めるはずだ。

 だって彼には――『被虐性欲』があるから。

 『被虐性欲』とは。肉体、精神的苦痛を与えられることで快感を得る特殊な性癖。このレベルが30を超えている人を見たのは初めてだ。

 売りを希望している『頑強』『痛覚耐性』も性癖を満たすための無謀な鍛錬や戦いの結果手に入って……しまったのだろう。本人は望まないのに。


「最近は切られても殴られても、ほとんど感じなくなってしまって……楽しくないのです! 痛みに鈍くなってしまったことで、切られる際の快感や恐怖心すら薄れてしまって……」


 だと思った。

 隠す気もないようで、べらべらと性癖を大声で公開している。


「まあ、殴っても切っても笑っている僕を見て「気持ち悪いぞこいつ!」「なんなんだ、この化け物は!」という罵倒がぶつけられるのは漲るものがあるのですが、肉体の痛みによるスパイスがないと快感も激減なのですよ」


 身振り手振りを交え、時折恍惚の表情を浮かべながら熱く語っている。

 彼の話す内容のせいで周囲にいた人々が離れていく。

 さっきまで隣にいたクヨリなんて、今は小さな点にしか見えないぐらい遠くまで退避していた。

 そこまで怯えなくても。

 買い取ることは簡単なのだが『被虐性欲』のレベルが高すぎる。二つのスキルを失うと快楽を求めた末に身体が耐えきれず、死亡する未来が容易に見えてしまう。


「一つ提案があるのですが」

「えっ、買い取ってはくれないのですか⁉」


 泣きそうな顔で唾をまき散らしながら、距離を詰めるのはやめて欲しい。


「貴方はスキルをなくしたいのではなく、新たな快感を求めているのですよね?」


 本来なら高レベルのスキルを買い取れるチャンスなので逃したくはないのだが、スキルを失ったことで不幸になるのは……違う。それは回収屋としての流儀に反する。


「そ、そうですが。この能力だと何をしても物足りなくて」

「そんな貴方に最高の提案があります」






「満足げな顔をしていたが、買い取ってやったのか?」


 大男がいなくなると、すっとクヨリが近づいてきて質問を口にした。


「いえ、買い取りはしていませんよ。その代わりにある方を二人紹介しました」


 以前経験した、お化け屋敷を勧めようかとも思いはしたが彼の求める被虐とは違うので、もっと相応しい相手を教えることにした。

 一人目は『毒舌』のスキルを持つ少女。ちょうど、不平不満をぶつける話し相手が欲しいと前にこぼしていた。

 もう一人は『どんな困難も理不尽な暴力も、大きな愛で全て受け止めよ』という教義を掲げる新興宗教の女教祖。未だに信者がいないので、喜んで受け入れてくれるはずだ。

 彼の望む精神的苦痛も肉体的苦痛も満たされることだろう。


 これで少女のストレス発散というなの罵倒混じりの愚痴に付き合う必要もなくなり、彼女から熱心な勧誘を受けることもない。


 そのことを説明するとクヨリの眉間のしわが深まった。


「あの大男の欲望は満たされるだろうが、教祖と意気投合して信者になってしまい、そのなんだ、子供が産まれるようなことになれば……とんでもないスキルを受け継ぐことにならないか?」

「あっ」


 両親のスキルを子供が受け継ぐ確率は高い。だが、それは確実ではなく、ましてや両親のスキルをすべて引き継ぐなんてことは、あり得ない。……はず。

 最悪の組み合わせは『被虐性欲』と身体が頑丈になるスキルの盛り合わせか。……想像するのはやめよう。


「欲望を抑える方法を学ぶために、神父様に頼んだ方がよかったですかね」


 『理性』でおなじみの神父なら、近くにいるだけでスキルの影響を受けることができるので欲望を抑えつつ『理性』に目覚めるかも知れない。


「神父にこれ以上、厄介事を押しつけるのはやめるのだ」

「はい」


 真剣な顔でクヨリに叱られてしまった。

 あれから懇々(こんこん)と説教されている。日頃、感情をあまり露わにしない彼女が本気で怒る様は……どこか愛らしい。

 なるほど、責められることで喜ぶ彼の気持ちが、少しだけ、ほんの少しだけ理解できそうだ。


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