前へ次へ
90/99

品種改良

 晴天の中、俺は芋掘りをしている。

 ここはスーミレの母が所持している畑の一角。

 以前、訪れたときよりも畑の規模が大きくなっている。農作物の売り上げが好調らしく、思い切って畑を増やしたそうだ。


 貧民街の片隅なので土地の値段は驚くほど安いが、代わりにお世辞にも良質とは言えない土質をしている。不毛とまではいかないが作物は育ちにくい。

 しかし、スーミレの母には『栽培』のスキルがある。そのおかげでこのような土地でも豊かに作物が実り、収穫の時を迎えられた。

 スーミレ一家の住む戸建ての家は補修跡があちらこちらにある古民家だが、汚れが少なく壁のペンキも塗り立てだ。大切に住んでいるのが一目で伝わってくる。


「すみません、手伝ってもらって」


 スーミレが申し訳なさそうに頭を下げる。

 いつもの宿屋の制服と違い農作業に適した、汚れてもいい半袖半ズボンの格好なのが新鮮だ。


「いえいえ。こうして、お天道様の下で土と戯れるのも気分転換になりますから」


 実際、清々しい気持ちで芋掘りを楽しんでいる。

 なんというか、健康的な生活をしている爽快感とでも表現すればいいのか。日頃と違い、駆け引きの必要がない仕事というのは正直悪くない。


「今年はいつもより豊作で、芋がいーっぱい出来過ぎちゃって。あとで好きなだけ持って帰ってくださいね。売るほどありますから」

「あはははは。それは楽しみですよ」


 この芋はそのまま煮ても焼いても蒸しても美味しく、もちろん料理やデザートにも適している万能食材。干ばつにも強く繁殖力もあるので、購入者にも農家にも人気の野菜。


「弟は焼いたのが好きで、妹は他の果物と煮込んだのが好きなのですよ」

「パージ君とカースミちゃんですね。今日、お二人は?」


 スーミレは少し内気な弟と元気一杯の妹との三人姉弟。

 家族想いで働き者の二人なら、喜んで芋掘りに参加するはずなのだがその姿はない。


「今日は学び舎の日なので。二人とも休んで手伝うと言ってくれたのですが、前々から楽しみにしていた職業見学の日だから、そっちを優先させました」

「そのようなこともしているのですね」

「はい。園長先生が新しいことを取り入れるのが好きらしくて、色々と面白い行事があるそうですよ」


 まるで自分のことのように嬉しそうに話すスーミレ。

 収入が安定してきたとはいえ、まだまだ裕福にはほど遠い環境で二人も働き手を失い、自分は毎日、毎日、汗水を垂らして働く。

 そんな現状だというのに、スーミレは思わず目を細めてしまいそうになるほど……屈託のない眩しい笑顔で魅了する。

 家族を心から愛していることが俺にも伝わってくる。――我が家とは大違いだ。


「回収屋、回収屋」


 その笑顔に見惚れそうになっていると、服の袖を強く引っ張られた。

 視線を隣に向けると、俺よりも土まみれの格好で芋を握りしめているクヨリと目が合う。

 スーミレと対比するような無表情なのだが、少し機嫌が悪いようだ。

 長い長い付き合いなので、目の開き方と口元のわずかなゆがみ具合から、心の機微が読み取れるようになった。

 さっきまで上機嫌で農作業をしていたというのに、どうしたというのか。


 実は彼女、花や植物を育てることが大好きで家の庭には色取り取りの花が咲き、その世話をすべて自分でやっていた。

 基本自給自足の生活をしていたので、庭の片隅には自分用の畑も所有している。

 人里離れたところにポツンと立つ屋敷に住んでいるのだが、今は宿屋に移り住み、あの家は空き家状態になっている。こうやって農作物に触れるのも久しぶりなのだろう。

 いつもはボロボロの古ぼけたドレスを愛用しているのだが、農作業には相応しくないので俺が用意した運動着を着て、頭には麦わら帽子を被っている。


「どうしました?」

「おっきな芋が採れた」


 そう言って、右手に掴んでいた芋を俺の頬にぐりぐりと押しつけてくる。

 濃い紫の皮が特徴的な芋。形は楕円形で両手でも収まりきれないほどの大きさ。

 この芋は味と同じぐらい有名な特徴がもう一つある。春になると目も覚めるような真っ赤な花を咲かせるのだ。

 一斉に赤い花を開く時期の畑は目を奪われるぐらい魅力的な光景で、開花時期になると見物に訪れる人がいるほど美しい。


「これは立派な芋ですね」

「どうだ」


 鼻を鳴らしドヤ顔で俺を見ている。

 思わず頭を撫でたくなるぐらいの愛らしさに、無意識で手が伸びそうになったが自重しておく。

 見た目は十代後半から二十代前半に見える若々しさだが、気の遠くなるぐらい長い年月を生きていて、実年齢は……俺より上だ。

 この芋は長い蔓に無数の実が連なっていて、一つ掘り起こすのにも結構な重労働なのだが『怪力』のスキルを持つクヨリには最適。

 今も俺や慣れているスーミレの何倍もの速度で芋を掘っている。


「凄いですね、クヨリさん。力もそうですけど、手慣れているような」


 次々と芋を引き抜く姿に圧倒されたスーミレが感嘆の声を上げる。


「手慣れているも何も……この芋をここまで立派に品種改良をしたのは彼女ですから」

「えっ、えええええええっ⁉ も、もしかして名前が同じなのも……」


 スーミレは心の底から驚いたようで、目を限界まで見開き芋とクヨリを交互に凝視している。


「ええ、このクヨリ芋は、彼女の功績を称えて付けられた名ですよ」


 元々は名もない植物だった。

 小さく白い花を咲かせ、その根には歪な形をした芋が育つ。芋は見た目も悪く、味は苦みが強く、切り口からは不快になる匂いを漂わせ、おまけに干ばつに弱い。

 良いところなどほとんどない、誰にも興味を持たれない植物の一つ……だったのだが、クヨリはこの芋が咲かせる白く小さな花がお気に入りだった。

 庭の片隅に植えて毎日世話を続けた。そう、何年、何十年、何百年と。

 その長い期間を経て、芋は品種改良されていった。しかもそれは……クヨリが狙ってやったわけではない。


 原因は何度も与えられた――クヨリの血だ。


 彼女は『不死』『不老』を持つ身なので、老いず死なない。そして『痛覚麻痺』まで所有することで、死に対する注意が散漫になり自分の身を庇おうともしない。

 なので、彼女は頻繁に不注意で死ぬほどの大怪我を負う。窓から墜落、鍬を振り下ろそうとしてすっぽ抜けると、その切っ先が脳天に刺さる、なんてのは日常茶飯事。

 その度に彼女から飛び散った血が庭の植物に降り注ぐ。


 『不老』や『不死』成分の含まれた血。これを一度や二度浴びたところで人体や植物には何の影響もない。そう、一度や二度程度なら。

 何千、何万回も繰り返された結果、芋は驚くべき進化をしたのだ。

 その過程をこの目で見てきたのだが、あの真っ白だった花は年々赤みが差していき、気が付けば鮮血のような赤へと変貌していた。


「芋の花、昔の純白の方が綺麗だった」

「この花って昔は白かったんですか。ああ、だから稀に白い花が咲くことがあるのですね」


 クヨリの話を訊いて納得したスーミレが大きく頷き感心している。


「あと、この芋の名前、変えて欲しい」


 珍しく顔をしかめて、じっと芋を見つめるクヨリ。

 当人はクヨリ芋という名が好きではない。しかし、今更ここまで浸透した名前を変更するのは不可能なので諦めるしかない。

 ちなみに余談だが、芋の命名をしたのは……俺だったりする。

 彼女の家で提供された焼き芋があまりにも美味しかったので、許可をもらって分けてもらい、知り合いの農家に栽培を頼んだ。


 その時に「この芋の名前はなんというのですか?」と訊ねられたので「クヨリという人が育てていた芋なので、クヨリ芋とでもしておきましょうか」と答えた。

 まさか、ここまで世界中に広まり大人気になるとは思いもせずに……。


「花の名前なら嬉しいが、芋の名前はどうかと思う」

「確かに、芋に自分の名前が付くのは……微妙ですよね」

「よいではないですか。この芋のおかげで助かった農家はいくらでもありますし、それに多くの人に好かれているのですから」


 女性陣には不評のようなのでフォローしておく。

 俺が口を滑らさない限り、この秘密がバレることはあり得ないが。


「回収屋は……この芋が好きなのか?」


 伏し目がちに訊ねてくるクヨリ。

 ここは機嫌を取るためにも即答するべきか。


「ええもちろん。クヨリ芋大好きですよ。いつも美味しくいただいています」

「そっか。回収屋はクヨリ……芋好きなのか。食べられるのか……。悪くない」


 何を想像したのか追及はしないが、少し口元が緩んでいる。

 どうやら機嫌が直ったようだ。これならば、万が一口を滑らせて真実を明かすことがあっても、咎められることはないだろう。


「あっ、やっぱり羨ましいかも」


 そんなクヨリを見てスーミレが口を尖らせている。

 何が? なんて野暮な質問はしない。ここは聞こえなかった振りを貫き通すのが正解のはず。

 その後は黙々と芋掘りを続けていると、遠くから駆けてくる足音と元気な声が響いてきた。


「あーっ、回収屋さんだ!」

「もう、芋掘り終わっちゃった?」


 手を振りながら駆け寄ってくるのは、スーミレの弟妹パージとカースミ。

 以前と比べて髪の毛や肌つやがよくなっていて、着ている服も真新しい。生活が改善されて、健やかに暮らしているようで何より。


「おかえり、パージ、カースミ。もう少しで終わりだよ」

「ほとんどやってしまいました」

「「残念!」」


 二人揃って言いながらも、直ぐに顔を見合わせて笑っている。

 見ているだけで元気をもらえる弟妹だ。


「あれ、このお姉ちゃんは? 私、カースミ!」

「初めまして、ボクはパージです!」


 手を上げて挨拶する弟妹に対して、クヨリはしゃがんで視線を合わせると微かに微笑む。


「クヨリという。以後よろしく頼む」


 子供向けではない堅苦しい挨拶を返しているが、これもまた彼女らしさ。


「へえー、クヨリさんって言うんだ。お芋と同じ名前だね!」

「あっ、本当だ。お芋と一緒だ」


 悪気のない率直な感想だとわかってはいるが、クヨリのこめかみがヒクついている。


「じゃあ、あだ名はお芋姉ちゃんだね!」


 カースミに言われて仰け反るクヨリ。

 そのまま立ち上がってふらふらとよろけると、俺の前で膝を突き涙目で見上げている。


「やっぱり、芋の名前やだ」

「羨ましくないかも」


 二人の意見が百八十度転回した。

 ……命名の真実は墓まで持っていくべきだ。クヨリ芋と同じように秘密は土深く埋めてしまおう。


前へ次へ目次