噂話と真実
スキルは人間だけのものではない。魔物にもスキルは存在する。
恐れられている魔物であればあるほど、強力なスキルを有している可能性が高い。
実は何度か魔物と買い取りの交渉をしたことがある。言葉が通じる知能が高い魔物なら可能だったが、本能だけで生きている魔物には成立しなかった。
そこで、魔物と意思の疎通ができる女性がいるという噂を聞きつけ、拠点としている街からかなり西方にある、海に面した村にやってきたのだが。
「磯の香りがしますね。ここが噂に名高い漁村ミゲラシビですか」
魚が豊富に取れる漁村として有名で、魚介類目当てにやって来る観光客も多い。
そういった客を目当てにした食堂も多く「ミゲラシビの料理を心ゆくまで堪能したければ、一か月は滞在すべき」という劇中での有名な台詞があるぐらいだ。
この村の家は全て石造りで木製の民家が存在しない。四角く切り出した石を組み立てているものもあれば、大岩をくり抜いただけの豪快な家も存在する。
まずは海鮮料理を味わいたいところだが、先に噂の女性の情報収集をするとしようか。
……いや、情報収集も兼ねて食堂で話を聞こう。
辺りに漂う焼けた魚の匂いに負けた俺は、近くの食堂らしき建物へと入っていく。
大きくも小さくもない適度な大きさの店内で、客の入りは少ない。昼食にはまだ早すぎる時間だからか。
店員に話しかけるには都合のいい状況だな。
「すみません、やってますか?」
「はい、うちは朝からやってますよー」
とことこと歩み寄ってきた十代前半の少女に席へ案内され、腰掛ける。
日差しの強い海近くの村だけあり、露出度が高いな。
手足がむき出しで健康的に日焼けしている。愛嬌のある顔をしているので、大人から子供にまで親しまれていそうだ。
「では、お勧めの料理を三品ほどいただけますか?」
「結構値が張るのもあるけど、大丈夫?」
「こう見えても結構お金持ってますので」
「そうなんだ。じゃあ、高いのガンガン食べてね!」
ノリも愛想もよく、明るくあっけらかんとした性格。話を聞き出すには向いている。
まずは気前よく料理を頼んでから、客がいない間に必要な情報を得るとしますか。
「あー、あのお姉ちゃんでしょ。知ってる知ってる。村はずれに住んでいる人で、魔物博士とか言われているよ。魔物を愛し、魔物と心を通わせれば、自ずと声が聞こえる……だったかな。変な人だけど面白いよ」
どうやら、変わり者として有名らしい。
店員の少女は元々おしゃべり好きらしく、聞いてもないことまで色々と教えてくれた。
噂の人の名はセラピー。三十手前の女性らしい。
村の外れに住んでいて、巨大な塀で取り囲まれた庭があるので近くまで行けばすぐわかる、とのことだ。
料理をいただいてから、お礼を言って店を出る。
大海原を眺めながら、海沿いの崖に作られた地面を均しただけの粗末な道を上っていくと、一軒家? が見えたのだが、家かあれ?
この村は石造りの家ばかりなので岩肌むき出しの四角い外観はまあいい。だが、女性が一人で住むにしては迫力がありすぎだろ。
百人規模で住めそうな大きさだ。家と言うより、堅牢な要塞と表現した方がいい佇まいをしている。
そして、更に気になるのが高さ五メートル近くある塀に囲まれた一帯。それもかなりの規模だ。遠くから見ると巨大な岩にしか見えなかったが、ここまで近寄ると人工的に作られたものだということが分かる。
塀に近づき軽く叩いてみると、ゴンゴンと鈍くて硬い音が響く。
鉄製かこれ。それもかなり分厚い。
塀に耳をくっつけ『聞き耳』を発動させる。
「ゴシュゥゥゥゥ」
「キュワッケキュワッケ」
「ウゲラゲエエエエェ」
魔物の鳴き声が混ざり合っているな。
初級クラスの魔物ばかりのようだが、それでも村近くにこんなものがいると分かったら、かなりの騒ぎになるはずだ。
『気配察知』で辺りを探ってみると、要塞のような家の中に人間の気配が一つ。
塀の中からは辛うじて魔物の気配を感じる。音漏れも少なく気配も誤魔化されているということは、この壁はただの鉄製ではないのか。
もう一度手を触れて『鑑定』を発動させる。
本来『鑑定』が最も活躍するのは人のスキルを調べる方ではなく、物の鑑定だ。
「鉄のようだが違和感が……。魔法付与がされているのか。魔法の効果は『消音』『隠蔽』『消臭』、そして年代はかなり古い……〈大いなる遺物〉か」
大いなる遺物とは――時折、魔物の住む山中やダンジョンで発見されることがある、古代文明の粋を集めた、現代では生み出せない物の数々。
使い道が分からない物もあれば、現代の武具では太刀打ちできない高威力な武器、便利な魔道具もある。
何百年前なのかは未だに諸説あるらしいが、数百年前、この世界はもっと魔法が発展していたらしい。それが突如、なんの前触れもなく世界は滅んだらしく、なんとか生き延びた人は退化したそうだ。
魔王が降臨して滅ぼしただの、邪神が復活して聖なる神と争いその余波だとか、好き勝手に考察している歴史学者が後を絶たない。
その頃に何があったのか、それを知る術は各地に残された〈大いなる遺物〉のみ。
『鑑定』のレベルが高ければこうやって、ある程度は読み取ることができる。『鑑定』持ちが重宝される理由の一つだ。
この塀が大いなる遺物としたら、相当価値のある物だが……。
あまり期待せずにやってきたのだが、これは当たりかもしれないな。
塀を見上げてみたが、この程度ならいけるな。『跳躍』を発動させて、全力で地面を蹴りつける。
軽々と塀を超える高さに到達すると、眼下を覗き込む。
天井がある訳でもないのに、塀の向こう側が見えない。
これも〈大いなる遺物〉の影響か。塀以外にもいくつか仕込んでいそうだな。
着地してから、今後の方針を思案する。
さて、どうするか。魔道具を使い込んでいるとなると、相当厄介な相手だ。軽い気持ちでやってきたのだが、もう少し念入りに村で情報収集をした方がいいか。
「帰りますか」
〈大いなる遺物〉って、過去の遺物とバカにできない性能なんだよな。何度か所有者とやり合ったことがあるが、巨大ゴーレムのようなものと戦った時は苦労させられた。
少しでも危険を感じたら引く。それが長生きの秘訣だ。
「あのぅ、何かご用でしょうか?」
あっさりと帰る決断をしたというのに、タイミングが悪いな。
直ぐ近くから聞こえてきた声に反応して振り返る。――『気配察知』で感じ取ることができなかった相手を警戒しながら。
丸い黒縁の眼鏡をかけた、すっぴんの女性。
髪はぼさぼさで酷い寝ぐせだ。服装はシンプルなワンピースなのだが、地味な色合いでぶかぶかなので寝間着にしか見えない。……いや、これ、寝間着では?
口元には涎の跡があり、眠たそうに眼を擦っている。
寝起きだこれ。顔を洗って薄っすらと化粧をしたらかなりの美人だろうに。
あと、どうでもいいことだが胸部の膨らみが尋常じゃない。
「すみません、ここに魔物と心を通わすことができる博士がいると聞きまして」
対象の人物が目の前にいるのに、動揺はおくびにも出さない。
さっきまで感じていた気配が消えて、目の前に女性がいるということは、この人が気配を消した、としか考えられない。
いや、違うな……彼女が胸からぶら下げている、ネックレスのような魔道具がスキルを無効化しているのか。三角錐を三つ融合させて、鎖を巻き付けたデザイン。あれから、妙な波動を感じる。
なぜ、アレが原因だと分かるのか。それは以前、似たような物を所有していた敵を相手にしたことがあるからだ。
間の抜けた姿も相手の油断を誘う芝居かもしれない。スキルが見破れないのはかなり厄介だぞ。
「あなた……魔物に興味があるのですかっ! 何系が一番好きですか⁉ 私は今、野獣系が熱いです! 魚系の海では敵なし感も捨てがたいのですが、やはり野性味あふれる鍛えあげられた四肢に、鋭く尖った牙にはそそられますよね! あっ、可愛い系も好きなんですよ? 植物系の中には空ろな瞳をして、深夜になると森を徘徊する個体がいまして――」
これはダメなパターンだ。
一度捕まったら解放してくれないタイプの人だ。
自分の興味があることになると饒舌になって、人の話を全く聞かなくなる人だ。
「巨人族も興味があるのですが、大きすぎるので飼育することもできませんし。見た目が人間っぽいというのはマイナス点ですよね」
五分近く適当に聞き流していたのだが、聞き逃せない発言があったぞ。
自ら飼育と口にした。これは油断してうっかり口にしてしまったのか? それとも――。
「育ててみたら、可愛いんですよ魔物って。皆さん理解してくれないのですが、目があったら殺してやるぞ! って威嚇する姿がもう健気でいいんですよ。隙あらば私を食べようとするんですよ!」
そこで目を輝かす意味が分からない。
この人は魔物の育成を隠す気が微塵もないぞ。
でも、どういうことだ……。魔物を育てているとなると、いくらなんでも村人が騒がないはずがない。国から討伐隊が向けられてもおかしくない事案だ。
だというのに村は平和そのもので危機感など存在していなかった。この女性に対する認識も魔物好きの変な人。
おかしい。あまりにも不自然すぎる。この人の一方的な会話をもっと真剣に聞くか。
それから三十分経過したが、俺はあれから一言も発していない。
ヤバいな、聞き逃さないように『記憶力』を発動させていたのだが、このままでは魔物に対しての無駄な雑学が溜まっていく一方だ。
ゴブリンが実は痩せ型よりぽっちゃりが好みとか、どうでもいい。
俺に危害を与えるつもりがないなら、ここは切り上げて一度引くか。
「あのっ! 珍しいお話をありがとうございました。今日はこれぐらいで」
「そうなんですか、残念です。はぁー、こうやってお話を聞いてくださる人が貴重でして」
そうだろうな。こっちの目論見が無ければ、早々に切り上げていたよ。
心底がっかりしているようで、頬に手を当てて大きくため息を吐いている。
悪い人には見えないのだが……。『鑑定』のレベルを最大まで上げてみたがスキルが見えない。さすがだな〈大いなる遺物〉は。
「こんなにも真剣に聞いてもらえたのに、言っちゃいけないことまで話してしまったので、忘れてもらわなければなりません。本当にごめんなさい」
深々と頭を下げた彼女が何を言いたいのか、一瞬理解できないで硬直してしまった。
その隙を狙っていたかのようなタイミングで、さっきまで彼女の頭があった場所から赤い光が見え――。
考えるよりも早く『直感』が危険を告げると同時に『結界』を発動させていた。
赤い光線が俺の額を貫く直前に『結界』が光を弾く。
今のはヤバかった。数年ぶりに本気で焦った……ギリギリだったぞ。
この位置は危険なので、『跳躍』で後方へ大きく跳び、彼女の背後にいる何かから距離を取る。
彼女が出てきた扉の奥、室内からの攻撃だった。『気配察知』に引っかからなかったということは、彼女以外にもスキルを封じる魔道具を手にしている者がいるのか。
油断大敵とはこのことだ。自惚れがあったことは認めないとな。
「あれっ? いつの間にそんなに後ろに?」
頭を上げた彼女がキョトンとしている。
この人は一切悪びれていない。自分が何をしたのかも理解していないかのような反応だ。
『演技』スキルが高いのか、それとも人を殺めること自体に罪悪感がないのか。
どちらにしろ、最悪な相手なのだが。
「いきなり殺そうとしておいて、暢気なものですね」
「ええっ、そんなことしませんよ! って、あれ? もしかして、私との魔物談議を覚えていらっしゃいます?」
「いらっしゃいます」
俺の返答に首を傾げたまま硬直している。眼球だけが動揺を表して落ち着きなく暴れているが。
惚けているようには見えないが、だったらさっきの攻撃はなんなのかという話になる。
「ど、どうして? あれが当たったら私との会話を忘れるはずなのですが」
「直前で弾かれたみたいですよ。その目は飾りですか」
仕掛けてきた相手のお出ましか。
彼女の背後から抑揚のない声が聞こえたかと思うと、ソレが現れた。
人のように見えたのだが、それは体型だけの話で、人間は金属質でつるっとした皮膚をしていない。目はあるが瞳がなく黄色い光を宿している。口もあるが唇が動かないのでただの飾りかもしれないな。
人の形を模した等身大のゴーレム。それが第一印象。胸部と臀部に膨らみがあるので女性型のようだが、滑らかな動きで自我のあるアイアンゴーレムか。
この流れから考えると、こいつも〈大いなる遺物〉だと考えるべきだよな。
昔の嫌な思い出が蘇りそうだ。
「それは〈大いなる遺物〉ですよね」
「あら、ご存じなのですね! アリアリア、知っている人がいたわよ」
興奮してアイアンゴーレムをバンバン叩くと、かなり痛かったのか手を押さえて「うぉぉぉぉ」と声を漏らし、うずくまっている。
この人、天然っぽいな。……もう二度と会えなくなった、ある人の若い頃を彷彿とさせる女性だ。
このアイアンゴーレムは警戒すべきだが、女性の方は放っておいても大丈夫のような気がする。
「セラピーは無能なのですから、黙って大人しくしていてください」
この女性がセラピーなのか。
感情の起伏が感じられない淡々とした話し方だというのに、毒舌なのか。
「ねえねえ、私ってあなたのご主人様よね? 動けないアリアリアを私が見つけて、あなたが契約して欲しいって頼んだよね?」
「そんなの、復活するのに契約が必要だったから、人の良さそうなあなたを利用しただけに決まっているじゃないですか」
「酷いっ! 何でもするって言ったのに、毎日寝ているだけで偉そうに命令してくるから、最近ちょっとおかしいなって思っていたのよ!」
「なんで直ぐに気づかないのですか。脳の代わりに綿でも詰まっているのですか」
「ねえ、酷くない⁉ もうちょっと、言い方があるよね! この、ええと、うんと、鉄女!」
「残念でしたぁ。この体は鉄ではなく魔法金属ですぅ」
涙目で訴えている彼女に対し、アイアンゴーレムは無表情なまま顔の横に両手を当てて、指をわしゃわしゃ動かして挑発している。
この漫才は放置しておいた方がいいのだろうか。
これが俺を油断させるための芝居なら、もう負けでいいかもしれない。
少なくとも、天然っぽい女性の方は危険視しなくても大丈夫だと、思う。油断はしないけど。
「あの、盛り上がっているところ申し訳ないのですが。私は帰ってもいいのでしょうか」
「忘れてました! アリアリアどうしよう?」
「ここの秘密を、三十にもなって恋愛経験無しの魔物マニア処女が、バラしてしまったので、記憶を消さなければなりません」
「ちょっ、ちょっとおおおっ! それは、今は関係ないよね⁉ なんで、知らない人に話しちゃうの!」
泣きながら相手の胸をボコスカ殴り、痛めた手を擦りながら、うずくまっているセラピー。
このアイアンゴーレムは、壊した方がいいのではないだろうか。
「どうせ記憶を消すのですから、いいではないですか……。と言いたいところですが、記憶消滅ビームを防がれてしまいましたからね」
妙な技名だが、それがさっきの赤い光線のことか。
問題なのはアイアンゴーレムだけで、セラピーは放置していても無害っぽい。
自分で魔法金属の体と明かしていたということは、生半可な攻撃は通用しないな。
以前戦ったもっと巨大なゴーレムも刃物は一切通らなかった。それならそれで、攻略法はあるのだが……。
少し膝を曲げて、いつでも飛び出せるように構える。
「あら、愚かで下劣な人間ごときが、この偉大なるアリアリアとやろうというのですか。愚かで下劣で三十路で処女で妄想癖があって魔物マニアという救いようのない人間がっ!」
「ねえっ! 途中から私の悪口になっているわよね! そんな風に思っていたのっ⁉」
侮れない相手だというのに、やる気が削られていく。
しっかし、このアイアンゴーレム口が悪いな。間の抜けた会話をしているが、油断をするわけにはいかない。相手は〈大いなる遺物〉なのだから。
〈大いなる遺物〉が大量に作られた時代は謎が多く、考古学者が今も答えを出せないでいる。遺物に触れることが多い冒険者達の間でも様々な憶測が飛び交い、結論は未だに出ていない。
詳しいことは国が秘匿しているのではないか? という噂がまことしやかに囁かれてはいるようだ。
それが真実かどうか。……まあ、知っているのだが。
ある出来事がきっかけで、人よりも深く関わったことがあり、その際にある程度の情報は得ている。それでも、ほんの一部に触れたに過ぎない。
このアイアンゴーレムから当時の情報が聞き出せれば、今までの歴史観が一変する可能性だってある。
「そろそろ、本題に入ってもらえませんか?」
この間に逃げるのもありなのだが、俺の『直感』と好奇心が関わった方が面白いと判断を下した。
「あっ、そうでした! アリアリア、お待たせしているわよ」
「男っ気もないのに無駄に胸だけデカい誰かさんのせいですよ。反省してください」
「ごめんな……なんで私が謝るの⁉」
隙あらば話が脱線するコンビだ。
ここは俺が進行役をしなくてはならないのか。……攻撃を仕掛けられた立場なのに。
「あなたは〈大いなる遺物〉ですよね。自意識を持ったアイアンゴーレム。機械人形、オートマタとも呼ばれていましたか」
おどけていたアリアリアと呼ばれているアイアンゴーレムが、俺に向き直る。
黄色く輝いていた目が赤に変色した。
あれは警戒色だったよな。怒らしてしまったか。
「商人に見えましたのに学者なのですか? スキルも見えないよう『隠蔽』されているようですし。セラピー私の後ろに下がってください」
あれだけ罵り合っていたのに、彼女を守ろうとはするのか。
一応だが主従関係は成り立っているのかもしれない。
「しがない商人ですよ。ちょっと、人より多くのスキルを所有していますが」
「ふーん、面白そうな人間ですね。ごく潰し巨乳と違って利用価値もありそう。……考えが変わりました。商人と言うのであれば取引をしませんか? あなたはここの情報を誰にも漏らさない。その代わり私は代価として……過去の情報を教える。どうでしょうか?」
この提案……俺には得しかない。魔物を飼っていることを言及しても、こちらに利益はない。
それに乗った方が何かと面白そうだ。
「その話、乗らせていただきますよ」
「商談成立ですね」
決め台詞を言われてしまった。
「これが、彼女の幼い頃の映像です。お尻にこのような痣がありまして」
部屋に招き入れられた俺はソファーに座るように促され、それからずっと壁一面に映された光景を観ている。
それはアリアリアの目から放たれた光が壁に映し出されたものなのだが、そろそろ突っ込むべきなのだろうか。
目の前の映像は、セラピーが赤ちゃんだった頃の可愛らしい姿が流れているだけだ。
まさかとは思うが彼女の過去の映像を見せることで、過去の情報を教えた。というオチじゃないだろうな。
「ねえ、なんで、私の赤ん坊だったときの映像があるの⁉ その頃、まだ出会ってもなかったよね!」
俺の隣に座っているセラピーが抗議の声を上げている。
これは本当に彼女の赤ん坊時代らしい。過去の出来事を映像として投射できるのか……。とんでもない技術と魔法だな。
「この要塞の至る所に監視カメラが設置されていまして、それでどんな時もセラピーを盗撮していましたから」
「監視カメラとか盗撮っていうのが、よく分からないけど、ろくなことじゃないよね?」
「栄養を全て胸に持っていかれたセラピーにも分かるように説明しますと、あなたが産まれてから私はずっと見ていたということです。トイレもお風呂も……ポエム集の内容も、眠れぬ夜に悶々とした体を持て余して、自分の体を慰め」
「もうやめてええええっ! 泣くわよ! いい大人が本気で泣くわよ!」
泣きながら殴りかかると、殴った拳を掲げ「お、お、お、おぅぅぅ」と痛がるという定番の流れをこなしている。
……話、進まないなぁ。
「何故、この映像を見せられているのかも謎なのですが、それよりも私は本来の目的がありまして。セラピーさんは魔物と話せるというのは本当なのでしょうか?」
突拍子もないことがありすぎて、忘れかけていたが当初の目的はこれ。
今のうちに尋ねておかないと、聞き出すチャンスをことごとく逃してしまいそうだ。
「そのことに興味があったのですね! もちろんですよ。私は生まれた時から魔物が好きで、愛情を注いでいるうちに、いつの間にか、あの子たちの言っていることが理解できるようになったのです!」
勢い良く立ち上がり胸を張ったので、大きな山が二つ上下に揺れている。ご立派なことで。
つまり、生まれながらのスキルではなく後天的に覚えたということか。
「幻聴ですけどね」
――アリアリアのツッコミがなければ感心したのに。
「えっ?」
セラピーが間の抜けた顔をアリアリアに向けている。
「この砦は大昔の研究施設で、魔物を育成して強化するのが目的でした。私はそこで職員の手伝いをするのが仕事だったのです」
呆けているセラピーを無視して、アリアリアが唐突に語り始めた。
この際、話が進むなら脈略も流れもどうでもいいから、聞かせてもらうことにしよう。
「あることが起こり、人々が消え。私も役割を終えて永い眠りについていました。人の目から見えないように保護されていた施設なのですが、セラピーの両親が特殊なスキルを所有していまして、保護を解除してしまったのですよ。そして、図々しくもここに住み始めたのです」
元々この施設があったところに、セラピーの両親が移り住んだと。
岩に擬態しているとはいえ、これだけ大きな建造物が見つからないのに違和感があったが、古代の力で隠されていたということだったのか。
「施設に外部から侵入者が入ると目覚めるようにしていたので、私はその時に目が覚めたのですが、力を完全に取り戻しておらず、暫くの間は侵入者を見張るだけにしておいたのですよ。それでようやく体が動かせるようになった頃に、セラピーの両親は帰らぬ人となり、お人好しと残念さを固めたような女だけが残っていたので、騙して起動させてもらったという訳です」
アリアリアは必ずセラピーを、罵らなければならない決まりでもあるのだろうか。
「初めて知ったことばかりだから驚いたけど、それよりも……さっきの幻聴って何?」
「ですから、セラピーが魔物の声が聞こえていると思っているのは、あなたの『幻聴』スキルですよ。ずっとこんな場所に一人で男も知らずに生きてきて、妄想力だけが鍛え上げられた結果覚えたスキルです。才能があって、よかったですね」
「……嘘、よ、ね?」
「私は人のスキルが見えるのですよ? おそらく、そこの人と同じく」
「おや、見抜かれていましたか」
「視線が頭の上に向いていましたので」
気を付けているつもりだったが、まだまだ俺も未熟だな。
「そ、そんな『幻聴』スキルなんてあり得ないわよ。もう、アリアリアって冗談がお上手なんだからぁ」
「信じてませんね。予想通りです。ということで、あなたも見てください」
そう言ってアリアリアはネックレスをセラピーから素早く奪い、俺に見ろと言ってきた。
やはり、あれが『鑑定』を阻害していた魔道具だったか。
興味があったのでお言葉に甘えさせてもらうか。……確かに『幻聴』スキルがレベル3もある。
「あり……ますね。『幻聴』スキルが」
つまり、彼女は魔物と会話できると思い込んでいただけで、実際は……。
あまりに悲惨な現実に俺は口元を押さえ、そっと彼女から目を逸らした。
アリアリアも俺を真似て同じ動作をしている。
「う、そ、よね……。冗談よね? ねえ、ねえっ」
うろたえているセラピーは無視するとして、気づいたことがある。
魔物との意思の疎通はあきらめた方がいいことに――。